現在位置:
  1. asahi.com
  2. 社説

社説

アサヒ・コム プレミアムなら過去の朝日新聞社説が最大3か月分ご覧になれます。(詳しくはこちら)

捜査の可視化―全面実施へ議論を急げ

 足利事件で再審開始が決まった菅家利和さんに対し、別の2件の幼女殺害事件を検事が取り調べた際の録音テープが残っていることが、わかった。

 菅家さんがいったん2件の殺害を「自白」した後、否認に転じる様子が記録されている。検事が起訴の判断の参考にするため録音したらしい。2件は最終的に不起訴処分となった。

 足利事件で菅家さんは、任意同行された警察署で長時間取り調べられ、DNA鑑定の結果を突きつけられた末、幼女殺害を認めた。その後、犯行状況を詳しく供述した、とされていた。

 密室での取り調べの中で、この「虚偽の自白」がどんな風に引き出されたのか。不起訴になった別件とはいえ、録音テープは貴重な検証の手がかりになるはずだ。足利事件の再審裁判で、証拠として開示すべきだろう。

 相次ぐ冤罪の発覚で、捜査のあり方への信頼が大きく揺らいでいる。

 教訓を生かすには、取り調べの全過程を録画し、自白の強要や誘導の有無をチェックできるようにするしかないだろう。民主党は全面可視化を総選挙のマニフェストに盛り込んだ。実現を迫る圧力を強めていくに違いない。

 この際、警察と検察は、ともに思い切って議論を進めるべきだ。足利事件の徹底的な検証を、その土台としなければならない。

 検察は06年から、警察は昨秋から、取り調べのごく一部に限った可視化の試行を始めている。調べがかなり進んだ段階で、核心部分についての供述調書を容疑者に読み聞かせ、間違いないか確かめる場面をDVDに録画する。

 しかしこの方法では、捜査側に都合のよい場面だけ記録しているという批判は避けられない。

 警察では捜査以外の部門出身の監督官を置き、不当な取り調べをしていないか抜き打ちで調べることも始めた。だが身内による監視には限界もある。

 日本の捜査の特徴は、密室で被疑者と信頼関係を築きながら供述を引き出す方法だ。全面可視化をすると、情に訴える取り調べが難しくなり、立ち入った動機や共犯者の供述も得にくくなる。そのため真相解明が困難になると、捜査側は主張する。

 だが、今月始まった裁判員裁判は、捜査手法にも大変革を迫っている。全面可視化をすれば、これまでのような供述の任意性をめぐる法廷論争は減るだろう。

 まず可視化を前提とした尋問技術の研究が必要になる。暴力団犯罪の共犯をめぐる調べでは録画の例外を認めたり、公判での使用を制限したりするなど、制度を工夫する余地もある。

 客観的証拠を集める手法の強化も課題となる。そのために欧米にはおとり捜査や司法取引の制度もある。日本でも様々な工夫の検討を始めるべきだ。

夏の体育―雷の恐ろしさを侮るな

 野球、サッカー、水泳――。あちこちで夏休みを楽しむ子どもたちの歓声が聞こえる。

 だが8月は、落雷が多発する時期でもある。近年増加しているゲリラ豪雨が雷を伴うこともある。野外での活動には、雷への注意が欠かせない。

 海辺や河川敷には身を守る建物が少ない。広い校庭での部活動も、避難のタイミングを誤れば危険につながる。大勢の子どもたちを率いる指導者や教師が正しい知識を持って対処しないと、重大な事態を招くことになる。

 「ゴロゴロと音がするけど、まだ雷は遠い」と思ってはいけない。雷鳴が聞こえたら、頭上の雲の中で雷の放電が始まっている。すぐ避難すべきだ。「木の下は安全」というのも正確ではない。木から人体に雷が飛び移る「側撃」もある。木の真下ではなく3メートルほど離れた場所でしゃがむのがよい。

 認識の甘さによる事故が意外な結末を招いた。大阪府の高槻市体育協会が6月、自己破産を申し立てたのだ。

 サッカー大会中の落雷で重い障害を負った高知の男性が、在学した私立高校と主催者の体協を相手取って提訴した。高松高裁の差し戻し控訴審は昨年9月、「落雷の危険は予見可能だった」として、被告に約3億円を支払うよう命じた。体協は賠償のために自己破産を申請するに至った。

 判決は学校・スポーツ関係者にとって衝撃で、雷の怖さを再認識し、周知しようという動きが広がった。

 例えば、全国高等学校体育連盟は夏の高校総体予選の前に、全競技の専門部に会長名で通知し、生徒の安全確保や雷の知識習得などを求めた。

 日本ラグビーフットボール協会は、夏合宿の時期を控えた先月上旬に、関係者に雷に関する注意を促した。

 問題は現場の指導者が、実際にどれだけ正しい知識と判断基準を持っているかだ。特に試合の中断・中止にはガイドラインを設けておかないと、「まだ小雨だから」などと異議が出て判断が鈍ることがある。普段の練習の段階から「雷鳴が聞こえたら即中止」などの基準を持っていたい。

 全国高校野球選手権が真っ盛りの甲子園球場では、気象情報会社の予報士が大会本部に常駐し、持ち込んだ機器で気象状況を監視している。本部は雷が20キロ圏に近づいたら試合を中断する、といった基準を設けている。

 簡易な方法でも予測はできる。電力会社の多くが雷の情報をホームページなどで提供している。学校には、屋外スポーツの指導者に携帯式の雷警報器を常に持たせてもらいたい。

 豪雨や竜巻の猛威を思い知らせる災害も続く。部活に熱心な指導は大事だ。だが、正確な知識をもって危険を予見し事故を未然に防ぐ、そんな責任意識がより肝要である。

PR情報