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19年前に足利市で発生した幼女殺害事件、いわゆる「足利事件」が、広く世間の話題にのぼっている。同じ科学技術によって、同一人が被害を受けたり救われたりするのだから、皮肉なものだ。
栃木県で、幼稚園の送迎バス運転手をしていた菅家利和さんは、菅家さんの持つDNA型と、被害幼女の遺留品に付着した体液のDNA型とが一致したことを根拠に、いきなり収監され、その人生を完全に狂わされてしまった。
しかし、時代は流れて、事件当時より遥かに精度の高いDNA鑑定のおかげで、幼女殺害の犯人であるとの疑いが、いよいよ晴らされようとしている。
また、今年から重大刑事裁判につき裁判員制度が導入され、私たちが誰かを「裁く立場」となる可能性も出てきている。そのとき、自分が誤って、本当は無実の人に有罪を言いわたす「足利事件」の再現をしてしまうのではないかと、心配する声もある。
本書は、ジャーナリストとして活躍する著者が、日本の司法でたびたび起こってきた「冤罪(=ぬれぎぬ)」とみられる事例を追いながら、捜査手法や裁判制度の問題点を浮かび上がらせている。
一部で大きく報道された「高知白バイ事件」も、冤罪の可能性が濃厚だとして、本書で採り上げられている事例のひとつだ。
高校生の卒業遠足での帰り道、教員や卒業生を送るスクールバスが駐車場から出て、右折待ちのため、見晴らしのいい真っ直ぐの車線を横切るかっこうで停止していた。すると、バスの横っ腹に交通機動隊員の白バイが突っ込んできた。隊員は間もなく死亡した。
警察がブレーキ痕を捏造した?
バスの運転手に過失があるとは思えないが、事件から8カ月経ったときに、運転手は地検から呼び出されて、業務上過失致死罪でまさかの起訴。バスに乗っていた教員や生徒の目撃証言は退けられ、禁錮1年4カ月の実刑判決を受けた。元運転手は現在、服役中である。
この事件において著者は、バスのブレーキ痕(のような模様)を警察が道路に描いて捏造した疑いを指摘する。もちろん、地裁から最高裁まで雁首そろえて、検察側に有利な証拠にしか目を向けないまま有罪を確定させた、司法の責任も重いといえよう。
さらに、現場付近の直線道路は、白バイにとって格好の「練習コース」であり、サイレンも鳴らさず遊び半分で、時速100キロを超える暴走を繰り返しているとの、地元住人の証言も紹介している。
富山の強姦冤罪事件(氷見事件)や、鹿児島の選挙違反冤罪事件(志布志事件)は、強引な取り調べによって自白を強要したり、ありもしない供述を調書に残したりするなど、密室での不当な取り調べ手法が、悲劇を引き起こした主要因だ。
また、北九州の放火殺人冤罪事件では、被告人が一貫して罪を認めないので、留置場で被告人と同房にいた女を、警察は非公式の司法取引で利用し、「私にこんなことを言っていた」とありもしない証言を語らせるなど、いわばスパイ活動を仕掛けさせていたという。最終的には、裁判官がぬれぎぬを見抜いて無罪判決が出されたが、警察官はおとがめなしだ。
さまざまな具体的事例から、著者は冤罪が生まれるメカニズムを解きほぐしている。まずは、「自白に頼りすぎた捜査」や「調書に頼りすぎた裁判」を改めなければ、新たに裁判員裁判が始まっても、決して冤罪はなくならないという考えが、本書全体に滲み出ている。
ただ、裁判員が召集されるような重大事件で生じる冤罪だけがすべてではない。書名にあるように、平穏な日常生活に突然降りかかる、電車内の「痴漢冤罪」も大きく採り上げてられいる。
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