郵政民営化、「賛成」、「反対」の本当の理由

岸田 徹 【岸コラ】
2005年4月6日(水)

郵政事業を民営化すべき理由は、銀行も保険会社も運輸会社も民間企業が立派に事業を営んでいるので、なにも国が赤字を出してまでやる必要がないというのが、表向きの理由だ。

それに反対する理由は正面切ってはないのが現実。しかし、反対する人がいるのはどうしてか。政府が小泉さんの一方的な方針で自民党の意見を聞かずに強引に民営化しようとするから自民党が反対するので、政府と自民党が対立してしまった。

これじゃ、まるで子供の喧嘩。議員が国民の税金を使って反対だ賛成だと言うにはあまりにお粗末。どうして、小泉さんは民営化を急ぎ、どうして、自民党は反対するのかの本当の理由を知りたいところだ。

ところが、新聞各紙は民営化後の株式の持合を問題にしたり、郵貯や簡保の既存の資金は国債で運営する手法を取り上げたり、コンピュータの体制が整わない点を指摘したりの技術的な問題を羅列する。だから、読者は問題の本質がまったく見えなくなり、「よく分からない問題」になっているのだ。

そこで、どうして賛成と反対が根強いのかを理解しやすくするために本当の理由を勘ぐってみることにする。

財政投融資の問題

小泉さんが郵政民営化を言い出したときには、実に明確な理由があった。それは、財政投融資の問題だ。小泉さんは郵政大臣の時に郵便貯金制度を見直すべきだと逓信委員会で発言したことがある。そんなことを郵政大臣が言ったら、現場の士気に関わると与野党から非難された。そのとき、こう答えている。

「国の行財政改革を進めるには、財政投融資が適用される公団・公社の見直しを検討する必要があり、財投の主な資金源である郵便貯金のあり方に触れざるを得ない」(1993年1月21日産経新聞)

その後、厚生大臣になっても財投を非難し、郵貯や簡保で集められたお金が、国鉄清算事業団の赤字の穴埋めに使われている例をあげながら、財投の赤字をクリアーにしなければ、日本の金融制度がおかしくなってしまうと指摘していた(1996年12月)。これが郵政民営化の原点だった。

郵貯で集められたお金は217兆円、簡保で集められたお金は120兆円で、合わせて337兆円ある(平成17年2月末)。日本の郵政公社は、間違いなく世界一の金融機関だ。ところが、そのお金はどこに行っているのかというと、国債に163兆円、地方債や公庫などの債権に43兆円、財務省に80兆円だ。合わせて286兆円。つまり、ほとんどのお金を国が使ってしまっているわけ。

財務省にいっているお金は、小泉さんが総理になる前に指摘した以前の財政投融資の残高だ。日本一の銀行みずほ銀行が集めた預金が67兆円だ(平成17年3月末)。財務省に行っている80兆円はいかに大きいかが分かる。

じゃ、財務省が預っている80兆円はどこへ行ったのか。小泉さんが指摘した国鉄清算事業団や石油公団などに行っているはずなのだが、これがよく分からない。きっとごまかされているに違いないと思う理由がある。

ちょっと前に、銀行が軒並み経営が怪しくなったときに、公的資金が注入された。国が無理やり銀行にお金をつぎ込んだのだ。この「公的資金」とは何かが議論になったが、結局「国民のお金」という事になって、それは「税金」じゃないかに落ち着いた。しかし、誰もいまだにそれは税金だとは言わない。じゃ、いったいどっから出たのか。このお金は、恐らく郵貯のお金だ。銀行が危ないのなら、潤沢にある財投のお金を使えばいいじゃないかと時の自民党の政調会長であった山崎拓が言っているのだ(1998年6月16日産経新聞夕刊)。

それが、そのまま山拓さんの言う通りにはならなかったらしいが、いまだに公的資金と誰もが言い張っているからには国民が納めた税金ではないはず。表面上は国債を売って集めたお金だろうが、その国債を買ったのは郵貯が大半を占めたに違いない。

日本の国家予算は約80兆円だが、そのうちの半分は国債でまかなわれ、その国債でまかなわれた分は国債の返済に充てられたり、地方交付税になったり、経済協力資金になっているから、実質的な国家予算は40兆円ほどだ。この40兆円は社会保障費や公共事業や文教費でほとんど決まったように出てしまう。

ところが、郵貯で集められたお金は、国家予算とは別に国が使えるお金なのだ。それが財政投融資の資金になって、道路公団や国鉄清算事業団に行ったり、公的資金になって銀行に行ったりする。

これらの配分先は、民間の資金が行かない先だ。もし、投資して儲かるのなら、民間の資金が道路公団や国鉄清算事業団や危ない銀行に投入されるはず。ところが、そういう先がないから、国が投入するのだ。つまり、危ない先で、不良債権化してもおかしくない資金なのだ。

小泉さんは、それを指摘していた。そんな危なっかしい資金が日本をうろちょろしたんじゃ、金融市場がおかしくなってしまうというのだ。実にもっともな話。

ところが、いつの間にか、それじゃ財政投融資を無くせばいいのだろうという話になって、2001年から財政投融資制度は抜本的に改正されたのだ。これで、郵便貯金は財政投融資に回されることはなくなり、自主運用することになった。しかし、それは外面的なもので、その資金は財投債という国債に回され、実質的には国債市場を通過して公庫、公団、事業団に融資が行なわれる仕組みになっただけ。入口と出口は変わらないのだ。

しかし、郵貯が民営化になって郵便貯金のお金が本当に利益本位で自主運用されれば、公庫や公団などにはその資金が行かなくなってしまうのだ。自民党の議員が反対するのは、その「利権」を得ているからだ。族議員も所轄官庁も、財政が苦しい国家予算とは別に使える「予算」を采配することができなくなってしまうのだ。

角福戦争の亡霊

小泉さんが首相になったときに自民党をぶっ壊すと言ったが、何を壊すのかというと、そういう自民党が得ている利権そのものだった。この利権があるから派閥ができて、金と力ですべてが決まる政治になってしまう。小泉さんはそういう派閥と戦い、派閥のバックなしに自民党の党員選挙で総裁に選ばれたのだった。

ここには、小泉さんの怨念がある。角福戦争時代から続く怨念だ。田中角栄と福田赳夫の戦争は角福戦争と呼ばれ有名だが、小泉さんは福田赳夫の孫弟子のようなもの。子供の福田康夫前官房長官と絶妙なコンビで政局を運営できたのはそのためだ。

郵政民営化に反対する郵政族議員というのは、田中角栄―竹下登―金丸信―小渕恵三―野中広務がボスを継承している。小泉さんが大嫌いな橋本さんは野中さんの子分だ。橋本さんが日歯の献金問題で窮地に立たされているのに小泉さんは知らん顔をしているのはこの関係だからだ。

野中さんは引退した。橋本派も勢力が弱まっている。ここで小泉さんは一気に角福戦争を終結させ、福田派に勝利をもたらそうとしているのがミエミエだ。

アメリカがよだれを流す

民営化問題でもうひとつ分からない側面が竹中さんの存在だ。なんで、あんなに自民党内から嫌われる竹中さんを小泉さんは郵政民営化担当大臣に据えたのか。

恐らく、小泉さんが大好きなブッシュのためだ。竹中さんは一橋の経済を卒業後、日本開発銀行に入りその後アメリカで一番古い名門ハーバード大学に研究員として行っている。こういう研究員制度は、アメリカのファンを作るためにあるようなもの。

もし、郵貯と簡保が民営化されたら、今ある337兆円のお金が徐々に民間に流れることになる。これは、アメリカの金融機関にとっても相当魅力的な市場だ。

さらに、郵貯と簡保が株式会社になって自由に東京の株式市場で株を買えることになれば、アメリカの大資本がホリエモン並みに暗躍することだって現実になる。世界一の郵貯をアメリカの銀行が狙わないはずがない。今まで潰れた銀行しか手に入らなかったアメリカの金融機関にとってみれば、またとない世紀のご馳走なのだ。

竹中さんはそのアメリカの窓口役をやっているようなもの。小泉さんはそれを知っていてブッシュの面子を立てているのではないか。

以上の点を頭に入れて新聞をもう一度読み直してみると、見えてくる世界があるはずだ。郵政民営化は官業の民業圧迫問題ではなく、政治的、国際的、国民的な社会問題なのだ。

この記事の読者数:


郵政民営化問題についての関連【岸コラ】:

郵政民営化法案、本当に賛成していいの?(2005年8月17日)

郵政三事業はなぜ民営化されなかったか(2003年5月28日)

参考資料:

Microsoftエンカルタ総合大百科2005:「財政投融資」

郵政事業改革の必要改めて強調 衆院逓信委で小泉郵政相 [1993年01月21日 産経新聞東京朝刊]

【新政権の「行革」を問う】(3)厚相 小泉純一郎「財投」抜きで金融改革できぬ [1996年12月05日 産経新聞東京朝刊]

借り手保護に財投資金 金融機関破たん処理で検討 自民・山崎氏 [1998年06月16日 産経新聞東京夕刊]

参考サイト:

SKの社会を語る 世間の事件をSyunsuke開発が独自の視点で “語る”社会派コラム。 第十五回 21世紀の角福戦争

郵便貯金の運用状況

簡保の資金運用状況

竹中平蔵 プロフィール

みずほファイナンシャルグループ平成17年3月期第3四半期財務・業績の概況(連結)

日刊ゲンダイ書評「あなたの郵便貯金がおろせなくなる日」

公的資金投入とはいったい何ですか?どこから来るおカネでどこに投入してどんな効果があるのですか?(日本経済新聞)


Copyright (C) Toru Kishida 2005 All Rights Reserved.