「昭和の戦争」を問い直す 検証・７つの論点��
大東亜宣言の歴史的意義
日本の「東亜解放政策」の再評価
アジア諸民族の解放を謳った戦時日本の大東亜政策は、戦後、欧米の帝国主義にかわって日本による直接的な帝国主義的アジア支配をめざしたもので、その内容は欺瞞的なものとされている。しかし、果たしてそうであろうか。
◆重光葵と大東亜宣言
戦時日本の大東亜政策の根本構想は昭和十八年十月六日の大東亜会議の席上で発表された大東亜宣言にみることができる。同宣言は「大東亜各国は相提携して大東亜戦争を完遂し大東亜を米英の桎梏より解放して其の自存自衛を全う」するとして、大東亜各国の共存共栄、自主独立と互助敦睦、伝統の尊重、互恵による経済発展、人種的差別の撤廃の五つの綱領を掲げている。
この宣言は当時外相である重光葵が策案したものだが、彼の抱いていた考えからこの構想に込められた日本側の意図を考えて行きたい。
重光は昭和の初期から現今のアジアの混乱は欧米列強の植民地主義にあるとみていたが、一方で日本の対中国政策には批判的であり、「日本と支那との不平等な条約関係を一切廃止して、完全な平等関係において、対等の同盟関係を樹立し」ようと考えていた。この考えは彼が大東亜戦争の開戦後の駐支大使として赴任してから実現に移された。
彼の「対支新政策」は天皇陛下の御嘉納と東条首相兼陸相の実行力によって昭和十八年一月に実現を見た。その後東条首相はこの新政策を東亜全体に及ぼすべく重光に外相を委嘱した。外相に任じられた重光は陛下の強い御支持もあって新政策を東亜全体に及ぼすことに着手した。そこにはたしかに軍事上の窮境を外交上の攻勢によって補うという戦略的な意図もあったが、その意味でも新たな東亜政策は十分効果あるものでなければならなかった。それは大西洋憲章にかかげられた戦争目的を破壊し、日本の戦争目的を明らかにすることであった。具体的には「帝国の大東亜政策が『侵略』にあらずして『解放』であり、東亜諸民族、諸国家の自由と自治とを目的とする援助であり、……正義に基く自主と自存とを基礎とする協力」（昭和十八年八月二十二日付「蘇聯問題に関聯して」『続重光葵手記』所収）であるという大東亜政策の普遍的解放的性格を主張することであった。そして更に、重光の戦後の回想によれは「戦争目的の高調及び限定は、平和恢復の基礎工作となる」という終戦工作につながる一面ももっていたのであった。
こうして十八年五月に決定された「大東亜政略指導大綱」にもとづいて大東亜共同宣言が準備される一方、わが軍の指導により大東亜各国の独立が実現されていった。ビルマでは八月一日、独立運動家バー・モウを首相として独立式典が行われ、フィリピンでは十月十四日、ホセ・ラウレル大統領のもと独立を果した。チャンドラ・ボース率いるインドも十月二十一日、自由インド仮政府を樹立した。ジャワはまだ独立できなかったものの、スカルノを中心に現地人の政治参与がすすめられた。
◆「解放せられた諸国民の会議」
十一月五日には中華民国（南京政府）、タイ、フィリピン、ビルマそれに日本が参加して（自由インド仮政府はオブザーバー参加）、大東亜会議が開催され、翌六日には前述の大東亜宣言が採択された。
この会議が解放の「偽装」でなかったことは参加した各国代表の感激の所見が証明している。ラウレルはフィリピンに与えられた独立の栄誉に感謝の意を表しながら「大日本帝国の絶大な努力によって、有史以来はじめて我々が一堂に会合したこの事実には、心から感謝せざるを得ないのである。……十億のアジア民衆は少数の西欧強国の支配及び搾取の犠牲に再びならないことを世界に向って宣言しうるのである」とのべた。
ボースはそれまでの数々の国際会議と比較しながら、大東亜会議が「弱小国家を犠牲に供せんとする陰謀、謀略の会議でもなく、また弱小な隣国を瞞着せんとする会議でもなく、実に解放せられた諸国民の会議である。すなわち正義、自主、国際関係における互恵主義及び相互援助等の尊厳な原則に基づいて東亜の地域に新秩序を創建せんとする会議である」とのべたが、この言葉は第一次大戦後のベルサイユ会議で唱えられた民族自決主義がヨーロッパのみに適用されアジアには適用されなかった点を鋭く衝き、一方大東亜会議の解放的性格を指摘していた。
バー・モウは劈頭「私は此の会議に列して従来列席した国際会議において感じた古代ローマにおけるギリシア人奴隷のごとき感を懐くことなく、初めて夢に非ざるアジアの呼声を現実に聞いたのである」とのべ、「日本は長い間彷徨せる我々を救出したのである」と日本への感謝をかくさなかった。
◆大東亜宣言の歴史的意義
この大東亜会議で採択された大東亜宣言は幾つかの重要な意味を持っていたといえよう。第一には連合国側に与えた影響であるが、重光が意図していた通り、同宣言の普遍的解放的性格によって大西洋憲章は相対化を余儀なくされ、慌てた連合国側はカイロ宣言を発出して改めて大西洋憲章の趣旨を高唱せざるをえなかった。第二には同宣言がアジア諸国家に戦後国際社会での正当な地位を約束した点である。この宣言が既に日本から発出された以上、連合国側は勝者として敗戦国日本への対抗上からも、新たに独立したアジア諸国家に欧米諸国と対等の地位を与えざるをえなかった。中にはオランダのごとく戦後再び宗主国としてインドネシアを植民地化しようとして失敗した例もあったが、それは大東亜宣言の理念が戦後もなお有効性をもちえたことの証左でもあろう。第三はそれと関連するがアジアという漠然とした概念に初めて実体的輪郭を与え、そこに一つの地域的共同体的連帯感を与えた点にある。一九五五年、バンドンで開催されたＡ・Ａ（アジア・アフリカ）会議がそうである。バー・モウは大東亜会議を回想して、「あらゆる観点からみて、それは記録さるべき出来事だった。この偉大な会議はアジアにわき起こっている新しい精神を初めて体現したものであり、十二年後、アジア・アフリカ諸国のバンドン会議で再現された精神であった」（『ビルマの夜明け』）とのべている。
今日日本は欧米と並ぶ先進国の一員でありながら、同時にアジアの一員としての顔も併せもっている。大東亜宣言の発出はアジアの一員としての日本が最も強く自己主張した瞬間であったともいえるが、それはやはり日本が通過すべき宿命だったともいえよう。
〈初出・『明日への選択』昭和62年8月号〉