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社説

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09総選挙・党首対決―もっと大きな論点で

 歴史的な政権選択選挙に向けた首相候補どうしの一騎打ちとしては、なんとも食い足りない内容だった。

 麻生首相と民主党の鳩山代表が「一対一」での討論に臨んだ。それぞれのマニフェストを説明し、年金など社会保障や経済の成長戦略、安全保障など多くのテーマで意見をぶつけ合った。

 だが、聞いていた有権者の多くは、靴の上から足をかくようないらだちを味わったのではないか。

 首相は長年、政権党として日本の政治を担ってきた自民党の「責任力」を強調した。盛りだくさんのマニフェストがすべて実現されれば、確かに日本は活力のある安心社会に生まれ変われるかもしれない。

 だが、それではなぜ、これまでの自民党政権がそれらを実現できなかったのか。今の政治の閉塞(へいそく)状況を招いてしまったのはなぜなのか。そこを語らなければ、いくら新しい政策、意欲を並べられても有権者は納得できまい。

 鳩山氏にしても、新しい政治への「チェンジ」を呼びかけたのは分かるが、これまで政権を担った経験のない民主党に日本のかじ取りを任せても、本当に大丈夫なのか。信用してくれというなら、それなりの根拠、説得力を見せてほしかった。

 たとえば、もっとも時間を費やした政策の財源問題。首相は民主党の政策を「無責任なバラマキ」と決めつけ、景気回復後の消費税率アップをうたう自民党の主張を「政治の責任」と胸を張った。「これ以上、私たちの世代の借金を子や孫の代に先送りはできない」という首相の主張は正しい。

 ならばなぜ、基礎年金の国庫負担の引き上げで財源に見込んでいた消費増税を見送ったのか。800兆円もの財政赤字を積み上げたのは麻生政権を含む歴代の自民党政権にほかならない。その総括と反省はどうなったのか。

 鳩山氏は、4年間は消費税を上げる必要はないと言う。だが、人口の高齢化で社会保障費は猛烈なスピードで膨らむ。さらに、民主党政権ができたとしても、自民党政権がため込んだ膨大な借金は引き継がねばならない。景気対策も手は抜けない。

 歳出のムダを排除するだけでとても賄い切れないことは明白だ。鳩山氏は将来の消費税上げはありうると語ったが、もっと率直に負担増を語る勇気を見せるべきだ。

 安全保障でも、たとえばインド洋での給油やソマリア沖の海賊対策をめぐって、国際貢献と自衛隊の派遣についてどう考えているのか、鮮明な主張を聞きたかった。

 有権者は、こうした大きな視野から両党首が真剣に切り結ぶことを期待している。投票日まであと17日。まだ、機会はある。首相候補にふさわしい論戦力、党首力を磨くよう切に望む。

BPO勧告―自律が放送の自由を守る

 放送倫理・番組向上機構(BPO)は放送界の「お目付け役」だ。NHKと民放で作る第三者機関である。それが二つの局に厳しい注文をつけた。

 日本テレビ「真相報道バンキシャ!」の誤報には検証番組の制作を、TBS「サンデー・ジャポン」の「重大な放送倫理違反」には「しかるべき措置」を求めた。いずれも結論としては一番重い「勧告」だ。原因を詳しく調べ、制作態勢の問題に警鐘を鳴らした。

 「バンキシャ」では、裏付け取材のお粗末さが改めて指摘された。取材を指示するテレビ局員と現場に行く制作会社スタッフの意思疎通が不十分で、真実を追求するはずの取材が、放送日に間に合わせて言葉と映像を「調達する」作業になっていた。

 「サンデー・ジャポン」は別の日に撮影した映像をつなげて放送し、視聴者に誤った印象を与えた。出演タレントのコメントも間違っていた。タレントは、基本的な情報も知らされないまま生放送に臨んでいた。ニュースを扱っているのに報道の意識があまりに薄い制作態勢が浮き彫りになった。

 今回指摘された、事実確認のずさんさ、本質に迫ろうとしない映像優先の構成、関係者の理解不足といった問題は、テレビ番組のあちこちに潜んでいる。勧告書からは「どうしてこうも似たようなことが繰り返されるのか」というため息が聞こえてくる。

 BPOは、放送界の外から選ばれた委員が議論し、勧告や見解を示す。指摘された各局がそれを尊重することはもちろんだが、放送界全体としても深刻に受け止めなければならない。

 気がかりな発言がある。佐藤総務相が、BPOが「お手盛り的な運用になっているのではないかという意見もある」とし、総務省から少し離れたところに「ある程度の権限を持った機関が、常に番組を精査し、監視するシステムがあってもいい」と提案した。

 BPOの運用は「お手盛り」とは言えない。政府による番組の内容規制につながりかねない発言は大いに疑問だ。

 BPOの機能を示す例が、山口県光市の母子殺人事件の裁判報道だ。被告を弁護することが悪であるかのような番組があふれていたため、刑事裁判の基本を考えるよう各局に注意を促した。その結果、多くの番組が人権に配慮する姿勢に変わった。こうした積み重ねが放送の質を高めていく。

 「バンキシャ」にはBPOの存在すら知らないスタッフがいたという。現場への教育が徹底しなければ、同じ間違いがまた起きる。視聴者の信頼を損なう番組作りが続けば、行政の介入や規制を招きかねない。

 日本テレビは近く「バンキシャ」の検証番組を放送する。誠実な反省と綿密な検証で信頼を回復してほしい。自律が放送の自由を守る道だからだ。

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