台風9号に伴う豪雨や震度6弱の地震と、お盆を前に日本列島は自然災害に見舞われている。被災地の復旧支援に全力を挙げるとともに、防災対策の不備を検証し、問題点を洗い出すことが重要だ。
地震は、静岡県の焼津市などで震度6弱を観測した。震源地は駿河湾で、マグニチュード(M)は6・5と推定されている。静岡県で震度6以上の地震は、1944年の東南海地震以来とされる。多くの人がけがをした。中部電力によると、御前崎市の浜岡原発4、5号機が自動停止した。外部への影響はないというが、徹底的な安全点検が欠かせない。
懸念されるのは、M8クラスと想定される巨大な東海地震との関連である。今回の地震は東海地震の想定震源域内で起きた。気象庁は東海地震の危険性を検討する地震防災対策強化地域判定会の委員打ち合わせ会を開き「東海地震に結び付かない」と結論づけた。
油断はできない。学者らの知見を結集して前兆把握に努めてほしい。また、けがをした人の多くはテレビの落下などが原因とされるだけに、市民に家具の固定など対策強化を呼び掛けていかなければなるまい。
豪雨被害では兵庫県佐用町を濁流がのみ込んで多数の死者、行方不明者が出たほか、美作市で起きた土砂崩れで1人が亡くなった。住宅の浸水なども各地で相次ぎ、元の生活に戻れるか、不安が広がる。美作市では、7月に突風が深いつめ跡を残したばかりなのに、再び自然の猛威に襲われた。国や県などの支援はもちろん、ボランティアら幅広い手助けが必要だ。
なぜ自然災害による大規模な被害が続くのだろうか。指摘されるのは局地的なゲリラ豪雨や海面上昇など自然現象が変わったほか、高齢化の進展に伴う地域防災力の低下など社会の変化である。
従来の常識は通用しなくなった。今回の豪雨被害にあった高齢者から「考えられない。予想できなかった」などといった声が聞かれる。佐用町では、町の勧告に従って自宅近くの小学校に避難する途中で用水路に流されたとみられる人がいた。夜だったこともあり、激しい雨による視界不良が重なって悲劇につながったのだろう。豪雨時の避難の在り方に課題が浮かぶ。
自然災害の変化に対する警戒を強め、対策の見直しが重要になろう。行政、地域、そして一人一人が取り組みを急がなくてはならない。
米国人を許可なく自宅に入れたとして国家防御法違反罪に問われたミャンマーの民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーさんの裁判で、特別法廷は禁固3年の有罪判決を言い渡した。直後に軍事政権当局が、減刑して1年6月の自宅軟禁処分とすることを明らかにした。
スー・チーさんは自宅に戻されたが、通算13年9カ月余りになる拘束、軟禁はさらに延長され、来年、新憲法下で実施される総選挙から排除されることは確実となった。
スー・チーさんは今年5月3日、自宅へ湖を泳いで侵入してきた米国人男性と面会。当局に不審者の侵入を通報せず、自宅に泊めるなどしたとして起訴された。スー・チーさん側は米国人に「避難場所を提供しただけ」と無罪を主張した。今後、控訴の方針だが、逆転無罪となる可能性は低いとみられる。
軍政側は「法に基づいた適正な手続き」と主張しているが、ミャンマーの司法は軍政と一体化しており、軍政批判を真正面から行って国民の人気も高いスー・チーさんの封じ込めを狙ったのは明らかだ。
スー・チーさんは1990年に最大野党の国民民主連盟(NLD)を率いて総選挙に勝利した。しかし、軍政は政権移譲を行わず、スー・チーさんを何度も軟禁して民主化運動を弾圧してきた。2007年に起きた反軍政デモでは多数の死傷者も出している。
軍政に民主化を促そうと欧米諸国が経済制裁を科しているが、中国などは消極的だ。潘基文国連事務総長は、今年7月に軍政トップとスー・チーさんの解放や民主化を求めて交渉したが、不首尾に終わったのも各国の足並みの乱れが背景にある。国際社会が結束して軍政へ圧力を強める必要がある。
(2009年8月12日掲載)