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【科学】

ニュートリノを飛ばす 岐阜←茨城 300キロ 

2009年8月11日

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 性質がよく分からず謎に満ちた素粒子のニュートリノ。この不思議な粒子の研究はノーベル賞も生んだ“日本のお家芸”だ。このほど茨城県からニュートリノを飛ばして約三百キロ離れた岐阜県でキャッチする新しい実験(T2K実験)が始まった。その性質に迫ることで宇宙誕生の秘密が見えてくる可能性もあるという。 (永井理)

 茨城県東海村にある日本原子力研究機構と高エネルギー加速器研究機構(高エネ研)の大強度陽子加速器施設J−PARC(ジェイパーク)。強いビームを使って生命科学から工学、物理学まで多くの実験が計画される。その先陣を切るのがT2K実験だ。

 実験は、J−PARCから打ち出したニュートリノを、二百九十五キロ離れた岐阜県飛騨市・池ノ山の地下千メートルにある巨大観測装置スーパーカミオカンデ(SK)で捕まえる。

 ニュートリノは飛びながら別の型に変わる「振動」を起こす。その変わりやすさを測定するのが狙いだ。

 変わりやすさの度合いは三つの数字θ(シータ)12、θ23、θ13で示される。これらは角度で表され、最初の二つは三三度、四五度ほどだが、最後のθ13は「およそ一一度以下」という以外は不明。ゼロに近い可能性もある。この値の測定が目標だ。

 高エネ研の小林隆教授は「θ13が測れれば、将来の実験でニュートリノのCP対称性の破れが見える可能性がある」と期待する。「CP対称性の破れ」は物質と反物質の微妙な性質のズレを意味する。なぜ反物質が消えて、物質だけの宇宙が生まれたかを知る手掛かりだ。

 ノーベル物理学賞を受けた小林誠高エネ研特別栄誉教授と益川敏英京都大名誉教授は、破れの仕組みを理論的に説明した。だがそれはクォークと呼ばれる素粒子の理論だ。

 一方、ニュートリノはレプトンと呼ばれる素粒子の仲間。レプトンにもCP対称性の破れがあり、宇宙誕生に密接に関係すると考えられている。

 θ13を知るには、ミュー型が電子型に変わる振動をとらえる必要がある。誰も成功していないが、小林隆教授は「T2Kではこれまでの十〜二十倍の感度」と自信を見せる。

 T2K実験の武器は強力なニュートリノのビームだ。一九九九〜二〇〇四年には、茨城県つくば市の高エネ研からミュー型ニュートリノを飛ばして二百五十キロ離れたSKでとらえる実験が行われた。今回はその約百倍のニュートリノを飛ばす。

 θ13の測定は世界的に注目され米国、フランス、中国も新実験を準備中。「競争だ。でも実験が始まっているのは日本だけ」。夏季はビームを止めて調整。十月に完全装備で実験を再開する。お家芸の伝統を守ろうと研究者らは懸命だ。

強力ビーム、『ホーン』で狙い

巨大な電磁ホーン。中心部をビームが通る=J−PARCで

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 この実験はJ−PARCの強いビームが要だ。三秒に一回のペースで大量の陽子を炭素に当てパイ中間子を作る。それが壊れて三千兆個のミュー型ニュートリノになる。

 「電磁ホーン」と呼ばれる装置もポイントの一つだ。アルミ製の筒状の構造で、飛び散るパイ中間子を磁場の力でSKの方向に集めるレンズの役割を果たす。

 施設には三つの電磁ホーンが並び、ビームに合わせて三秒ごとに大電流が瞬間的に流れる。「電流でホーンが振動し、ボーンという大きな音がします」と担当の山田善一高エネ研准教授。この音とともに岐阜県に向けてニュートリノが地中を飛んで行く。

 SKは、タンクにためた約五万トンの水にニュートリノを反応させて発する光を検知する。一日で約二兆五千万個のニュートリノがタンクに“命中”するが、ほとんどが素通りするため検知できるのは十個ぐらいと見積もられる。

<J−PARC> 三つの加速器を使って世界最強レベルの陽子ビームを発生させ、素粒子、核融合、新素材の開発、タンパク質の構造分析などさまざまな分野の実験を行う予定。総工費1500億円。

<ニュートリノ> 物質とほとんど反応しないため実験が難しく、性質に謎が多い。「電子型」「ミュー型」「タウ型」の3種類があり、最も軽い電子型の質量は、電子の50万分の1より小さいとされる。

<記者のつぶやき> 「飛ばしたニュートリノに当たっても大丈夫?」。太陽で発生するニュートリノは、手のひらを一秒間に一兆個ほども通っているけれど、それでも平気なのでご心配なく。

 

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