こどもアサヒ

まんが 『はだしのゲン』作者・中沢啓治さん
今も焼きつく原爆のおそろしさ

 64年前の1945年8月、広島と長崎に原子爆弾(原爆)が落とされ、一瞬で多くの命が失われました。被爆による病気の苦しみは今も続いています。アメリカのバラク・オバマ大統領が「核のない世界」をめざすと演説し、北朝鮮の核実験に非難の声があがった今年は、世界で核兵器をなくそうという動きが高まっています。この問題をいっしょに考えてみませんか。三回シリーズの一回目は被爆体験をまんがにして、平和への思いをうったえているまんが家の中沢啓治さん(70歳)に聞きます。

『はだしのゲン』でえがかれた原爆が落とされた直後の広島。汐文社コミック版の一巻二七一ページから©朝日新聞

広島で被爆「ゲンはぼく自身」

 ――原爆が落とされた直後の広島で、少年ゲンが多くの悲しい出来事にあいながらも、たくましく生きる姿をえがいたまんが『はだしのゲン』。作者の中沢さんは、ゲンは自分自身のようなものだといいます。広島に原爆が落とされた四五年八月六日午前八時十五分、一年生だった中沢さんは爆心地から約一キロ離れた神崎国民学校(今の小学校)にいました。
 そのときぼくは、たまたま校門の塀の前に立っていて、爆風などから守られるかたちになった。あの塀がなかったら、真っ黒こげですよ。直後の光景というのは、強烈でしたね。今も死体のくさるにおいまで浮かんできますよ。

 ――その光景を、中沢さんはまんがにしました。「ゲン」の連載は「週刊少年ジャンプ」で七三年にスタート。ついさっきまで話していた人が骨だけになり、生きている人も皮膚は焼けただれてたれさがっていたり、ガラスの破片が体中にささっていたり……。水、水とうめく声があり、死体には虫がわいていました。記者は小学生のころ、学校の平和授業でアニメ映画版の「ゲン」を見たことがありますが、このシーンのおそろしさを今も思い出せます。
 原爆ってやつは、本当にね、すさまじいですよ。「ゲン」では、ぼくの目に焼きついたものを再現しようと思った。残酷すぎるってずいぶんいわれましたが、戦争や原爆というのはこんなにつらいんだ、苦しいんだというのを、それこそ泣きさけんでもらって、分かってもらいたかった。
 でもね、実際の光景はこんなもんじゃないんですよ。まんがを読んでくれないとだめだから、不本意だったけど、これでも表現をやわらげたんです。

 

中沢啓治(なかざわ・けいじ)さん。1939年広島県生まれ。63年に『スパーク1』でデビュー。単行本『はだしのゲン』は全10巻(汐文社版)=埼玉県内の自宅で、渡辺英明写す

 ――中沢さんは、原爆でお父さんとお姉さん、弟を失いました。製糸会社などで働くお母さんを助け、家事や仕事をがんばる子どもだったといいます。
 一家あげて戦わなくちゃならないからね。家事を全部やりましたよ。ごはんを炊くには、今ほど便利じゃないから、まきを集めるところからやってね。こづかいなんて、とてもいい出せなかったなあ。鉄くずやれんがを拾ってきて売るとか、生きるために必死だったから、何でもやりました。れんがを一個売ると、いもあめが一個買えて、それがうれしかった。

 ――お母さんがいたおかげで、自分は幸せなほうだったと中沢さんはいいます。当時の広島には、親をなくした子どもがたくさんいました。駅前で寝泊まりしたり、悪の道に進んでしまったり……。
 「ゲン」に出てくる隆太は、やくざに利用されて罪をおかす原爆孤児ですが、モデルがいます。戦前は陸軍大佐の子で、豊かに暮らしていたのが原爆で全部やられちゃって。後になって「刑務所に入ってる」と聞きました。ぼくは隆太を原爆孤児の代表としてかいたんです。
 ぼくもおふくろが生きていなかったら、広島駅前で死んでいたか、悪党になったか、どちらかでしょう。まともな道を歩けたのは、おふくろのおかげですよ。

 

英語版の完成を祝う会で。左は英語訳を担当したプロジェクト・ゲン代表の浅妻南海江さん=広島市のメルパルク広島で©朝日新聞

英語版をオバマ大統領の娘さんに
まず「知る」ことで平和な世の中を

 ――中沢さんは、手塚治虫にあこがれて、小学3年からまんが家が夢となりました。63年、レーサーものでデビュー。楽しいまんがをめざし、原爆をえがくつもりはありませんでしたが、66年にお母さんが亡くなったことがきっかけになりました。
 広島ではだれかが被爆しているから理解があるけど、まんが家になって東京に出てきたら差別がひどくて。たとえば、「ピカドン(原爆のこと)の毒がうつるから、いっしょの茶わんは使えない」とかいうんです。そのころは原爆なんて、文字でも見たくなかった。
 でも、おふくろが死んで火葬場で焼かれたとき、骨がほとんど残らなかった。ぼくは焼け跡でおやじたち三人の骨を掘り出していますから、骨がどれだけ残るかは知っている。それがおふくろの骨はなくて、原爆の影響だと思った。死んだ人の骨までうばっていくのかと、はらわたがにえくり返るような思いでした。まんがで原爆を問いつめてやろうと思ったんです。

 ――「ゲン」は約650万部が売れるヒット作となり、10か国語以上に訳されました。7月、英語版が完成。オバマ大統領の二人の娘さんに送るそうです。
 「核のない世界を」と発言したのは、アメリカの歴代大統領でもオバマさんだけですから期待したい。そしてぜひ娘さんに「ゲン」を読んでもらいたい。
 子どもたちに、戦争の恐ろしさや原爆が実際どうだったかを知ってほしいのです。知る、というのは一人ひとりが自覚してやらないといけない作業。戦争と核をなくそうという意識が芽生えてほしい。ぼくは色紙を頼まれたら「人類にとって最高の宝は平和です」と書きます。今の子どもたちに、核や戦争のない世の中をつくってもらいたいです。

【原子爆弾(原爆)】
ウランやプルトニウムが核分裂を連続して起こすときに大量に出るエネルギーを利用した爆弾。爆風と熱線、大量の放射線を出し、人体に深刻な影響をおよぼす。日本がアメリカなど連合国と戦った太平洋戦争中、アメリカ軍は1945年8月6日、ウランを使った原爆を広島に、同9日にプルトニウムを使った原爆を長崎に落とした。日本は世界でただ1つ、原爆を落とされた国。広島では45年末までに約14万人、長崎では約7万4000人が亡くなったとされる。

 


朝日小学生新聞 2009年8月4日付


朝日学生新聞社のホームページに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。
すべての著作権は朝日学生新聞社に帰属します