解離性障害(dissociative disorders)
1 歴史的背景
2 定義
3 診断方法
4 薬物療法
5 解離性健忘
6 解離性遁走
7 解離性同一性障害
8 離人症性障害
9 特定不能の解離性障害
歴史的背景
病的解離の臨床的記載は17世紀まで遡ることができ、19世紀には多数ある。19世紀末の症例と現在の症例を比較しても強い臨床像の一致がみられる。解離性特性の中核(健忘、病的解離、トランス)が、時代と文化を超えて同一不変であることは、病的解離が精神の病的症状総体の基本形態の1つであるからと考えられる。19世紀のピエール・ジャネはとりわけ解離に関する外傷の重要性を断固追及しつづけた。第一次世界大戦後になるとジャネは不当に無視され忘れ去られたが1970年代後期からの解離に対する関心の高まりと、実用的な臨床定式、有効な治療法が要請される中で再び評価されるようになってきた。
DSM‐T(1952)では、「ヒステリー」が「解離性ヒステリー」と「転換ヒステリー」に分類されていたが、DSM−V(1980)では、従来のヒステリーの概念が捨てられ、「転換ヒステリー」は「身体表現障害」となり、「解離性ヒステリー」は「解離性障害」と改められた。従来の古典的なヒステリーで代表される「解離性ヒステリー」、「転換ヒステリー」は、現実の解決困難な問題を処理できないことや、自分の中で相矛盾し対立する同一性の問題が大きな原因であるとされてきた。しかし、現在の「解離性障害」は、幼児期の虐待や性的虐待が大きな原因になっていると考えられている。DSM‐W(1994)では、これまでの「心因性健忘」を「解離性健忘」に、また「心因性とん走」を「解離性とん走」に、そして「多重人格性障害」を「解離性同一性障害」に変更し、それぞれの障害が解離された表象の程度の違いであるということをより明確にした。
定義
解離性障害の基本的特徴は、意識、記憶、同一性、又は環境の知覚といった通常は統合されている機能の破綻である。解離の症状は日常的で非病理的な現象から、重症で病的な現象まで連続していると考えられている。解離障害を持つ人も、正常から異常の範囲までの幅広い範囲の解離体験を示す。図は、健康な解離から病理的な解離状態までを一連のスペクトラムに位置づけたものである(Ross.C.A.に基づいて一丸が改変したもの)。
スタインバーグは中核症状として、健忘、離人症、現実感喪失、同一性混乱、同一性変容の5つをあげている。
また、パトナムは解離症状を二つの大きなカテゴリーに分けている。第一は健忘と記憶障害であり、時間喪失体験、基本的知識の忘却とそれにともなう困惑、自己史記憶の連続性に生じる空隙、知識の出所の健忘、および侵入的記憶がある。第二は解離過程症状である。ここには、離人と非現実感、被影響感/被干渉感、幻聴、トランス様状態、分離的同一性障害、認知処理の独特な変化で解離性「思考障害」と概念化されつつあるものが入る。
解離は、心的外傷に対する防衛として現れると考えられ、発達論的観点が不可欠である。解離による防衛は、2つの機能を持っており、1つは、患者に心的外傷が起きているまさにその時にそれから逃れさせる役割を持っている。もう1つは、それ以降に心的外傷を正しく認識するという必要な過程をたどることを遅らせる。
解離状態の大半では、自己が相互に葛藤しているため、矛盾した自己表現が分離した心的区分において保たれている。解離性同一性障害の典型においては、それらの分離した自己表現は、それぞれが比喩的存在を担っており、交代アイデンティティとして知られている。
解離と分裂には類似点と相違点がある。両者とも心的内容を積極的に区分化し分離する。両者とも自己の中心にある対立する部分の統合に関する不快気分を払拭する防御として使われる。しかしこれらは、障害された自我機能の本質において違いがみられる。分裂においては、不安耐性や衝動性の制御が特に損なわれる。解離においては、記憶や意識が障害される。しかし、両者とも内的対象表象に関係した自己表象を作る心理的裂け目を持っている。
解離性障害の診断方法
@ 次元的方式 「解離体験測定尺度」(E.B.カールソン F.W.パトナム)を用いて、軽度のよくある解離現象と精神病的な解離現象について尋ねる。正常から病的に至る幅広い体験を一つの連続体とし、この視点から解離に迫ろうとするものである。
A 記述的DSM方式 症状をカテゴリーから診断する。DSM−Wでは「解離性健忘」「解離性遁走」「解離性同一性障害」「離人症性障害」に分類されている。DSMは成人中心に作られているため児童を評価するための方式が求められている。
治療法 心理療法 解離性障害のほとんどは幼児期の虐待や性的虐待など、外傷性の精神障害に含まれるといわれる。よって、解離性障害の治療は、そのような心的外傷を客観的、現実的にとらえて治療に望むとともに、内的外傷ともとらえてそこに治療の可能性を求める必要がある。心的外傷を現実的な面としてだけにとらわれた治療を行うのではなく、それまでの人生を総括し自我の住む意識の場を大きく転換させる必要があると考え、症状の意味をクライエントの人生に生かしていくよう取り組む必要がある。
最初の解離性障害の治療目標は、健忘をなくすということになるが、この際、むやみに健忘を除くことは患者の防衛手段を奪うことで、精神にとって更に危機的な状況を作り出しうるということに十分配慮する必要がある。
児童が患者の場合は遊戯療法などが適切である。遊びは児童の自己の感情を表現し、徹底操作して解消する場となる。外傷主題はプレイやアートやストーリーに表現され、陰伏的な形で治療することができる。この際、子供の自発性の尊重と、治療目標にあった治療の枠組みと治療者のイニシアティブが必要となる。
薬物療法 以下のような症状には、薬物治療の効果が認められている。
・ 外傷後症状、自律神経系の過剰覚醒(三環系抗うつ剤、SSRI、ベンゾアゼピン、ブスピロン、フェネルジン、クロニジン、プロプラノロール)
・ 衝動統制(リチウム、カルバマゼピン) ・
感情症状(抗うつ薬 特に三環系抗うつ薬)
・ 不安症状と恐慌症状(抗不安薬、ベンゾジアゼピン系の薬物)
・ 睡眠障害(クロニジン、グアンファシンなど)
背景要因説 小児期の外傷体験による解離の説
一般に成人の場合、催眠感受性は安定しており、外傷体験によって変動することはない。しかし、小児期の心的外傷は患者の解離傾性(解離能力)を強めると考えられる。特に、多彩、多発性、長期型で、慢性的に心的外傷にさらされている子どもは、自己意識、記憶、感覚を変容させ、ある種の自己催眠によって外傷体験から精神的に非難する。それにより、催眠感受性が増大し解離すると考える。
パトナムの説・離散的行動状態モデル 通常、子どもは皆、複数の意識状態を持っており、その間を往来している。反復する心的外傷を受けた子どもは、意識の分離を進めることである種の記憶や自己感覚を切り離そうとする。このような背景から、行動状態が十分に統合されないまま成長すると、成人になっても解離しやすい性質を持ちつづけ、催眠感受性が高く、解離性障害を起こす可能性が高くなると考える。
DSM−Wより各障害について
解離性健忘
健忘症状は、解離性健忘、解離性遁走、解離性同一障害に共通してみられる。解離性健忘の主な症状は、すでに蓄えられている情報の想起不能である。その情報の忘却は、たいていの患者の人生における外傷的出来事にまつわるものである。新しい情報を取り入れる能力は保たれている。
解離性健忘の一般的な形は、個人の同一性についての健忘を認め、しかし、一般の記憶には欠損を認めないというものである。
疫学
解離性健忘は解離性障害の最も多い形であると考えられる。解離性健忘は、男性より女性に多く、高齢者より若年成人に起こりやすいと考えられている。ストレス状況下や外傷的な状況で起こるといわれており、戦争や災害下で発生が上昇する。
病因 解離性健忘の患者の大半は、つらかった記憶やストレス状況下の出来事、外傷体験を思い出すことができない。それゆえ記憶の情緒的な内容が、この障害の病態生理や原因と明らかに関連すると考えられる。
臨床的特徴 健忘患者は、普通、健忘の起こる前後で意識は清明である。しかし、少数の患者では、短期間、特に健忘の前後に意識水準の低下をきたすものがある。抑うつと不安も出現しやすい。
解離性健忘における健忘
1 限局性健忘は最もよくみられる形であり、短期間(数時間〜数日)の出来事が失われる。
2 全般性健忘は、経験した生活史のすべてを忘れる。
3 選択的(系統的)健忘は、その期間中のすべてのことを思い出せないわけでなく、特定のことに関する記憶を想起できない。
診断基準
- 優勢な障害は、重要な個人情報で、通常外傷的またはストレスの強い性質をもつものの想起が不可能になり、それがあまりにも広範囲にわたるため通常の物忘れでは説明できないような、1つまたはそれ以上のエピソードである。
- この障害は解離性同一性障害、解離性とん走、外傷後ストレス障害、急性ストレス障害、または身体化障害の経過中にのみおこるものではなく、物質(例:乱用薬物、投薬)または神経疾患または他の一般的身体疾患(例:頭部外傷による健忘性障害)の直接的な生理学的作用によるものでもない。
- その症状は、臨床的に著しい苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。
鑑別診断
一般身体疾患と他の精神障害の両方から鑑別をする必要がある。一般的病歴、身体的診察、臨床検査、精神医学的病歴そして精神機能検査が必要である。
脳損傷による健忘性障害では、想起の障害は逆向性および前向性の両方であることが多く、通常、はっきりとした身体外傷の既往歴、意識消失の期間、または頭部外傷の臨床的証拠が存在する。解離性健忘の場合は、想起障害はほとんど前向性であり、典型的には新たな学習には問題がない。
せん妄および痴呆では、通常他の認知障害も伴っているが、解離性健忘の場合は、自己の生活史の情報に関して健忘が生じているものの、認知機能は一般に保たれている。
外傷後ストレス障害および急性ストレス障害では、外傷的な出来事に対する健忘が生じうるが、障害の経過中のみ健忘が起こっている場合には、解離性健忘とは診断しない。
健忘という解離性症状は、解離性とん走および解離性同一性障害の両者に特徴的なものであるので、解離性の健忘が解離性とん走または解離性同一性障害の経過中にのみ起こっている場合には、解離性健忘という別の診断を与えることはない。離人症は解離性健忘に関連する特徴であり、解離性健忘の間にだけ起こる離人症に、離人症性障害という別の診断を下すべきではない。
経過と予後 解離性健忘は一般に突然終わり、完璧に回復し再発は少ない。しかし、二次的利得があるような場合には、その状態は長く続く。可能な限り、早く患者の失った記憶を回復させるべきである。
治療
面接によって、心理的外傷促進因子が何であるかの手がかりを得ることがある。また、バルビツレートやベンゾジアゼピンを静脈注射すると忘れた記憶を取り戻す手助けとなる。催眠では、患者を十分くつろがせることで、忘れていたものを呼び戻すことがある。精神療法は、取り戻された記憶を患者の意識状態の中に合体させる手助けをするように進める。
解離性とん走
解離性とん走の患者は、自宅や職場から身体的に逃げてしまい、名前、家族、仕事など身分を示す大切なことも忘れてしまう。新しい同一性や仕事を身につけていることが多い。解離性とん走の新旧の同一性は、解離性同一障害のそれらのように交代可能なものではない。
疫学
一般人口における解離性とん走の有病率は0.2%と報告されている。有病率は、戦時中または天災といった非常に強いストレスの強い出来事の時には増加することがある。
病因
基本的な動機は、苦痛から逃れたいという熱望によるものである。気分障害のある患者や人格障害のある人は、解離性とん走が発症しやすい。
臨床的特徴
とん走中患者は、過去の生活や関係を完全に忘れているが、解離性健忘の患者と違って、自分がすべてを忘れていることに気付いていない。突然もとの自分に戻った時初めて患者はとん走の起こる前のことを思い出すが、その時にはとん走期間自体のことを忘れてしまう。解離性とん走の患者は平静を保っており、他人から異常な行動をとっていると気付かれない。
診断基準 - 優勢な障害は、予期していない時に突然、家庭または普段の職場から離れて放浪し、過去を想起することができなくなる。
- 個人の同一性について混乱している、または新しい同一性を(部分的に、または完全に)装う。
- その障害は、臨床的に著しい苦痛または、社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。
鑑別診断
解離性健忘とおなじく、一般身体疾患と他の精神障害の両方から鑑別をする必要がある。一般的病歴、身体的診察、臨床検査、精神医学的病歴そして精神機能検査が必要である。また、物質または薬物の直接的な生理学的作用による症状からも区別する。
痴呆やせん妄にみられる徘徊は、目的がなく、複雑で社会的に適応した行動がない。
複雑部分てんかんは、新しい同一性を見出したりせず、一般に心理的ストレスによって誘発されることはない。
解離性健忘は、心理的ストレスの結果としての記憶喪失を示すが、目的にかなった行動や新しい同一性のエピソードはない。
とん走症状が解離性同一障害の経過中にのみ生じている場合には、これとは別に、解離性とん走の診断を下すべきではない。健忘または離人症状が解離性とん走の経過中にだけ起こっている場合には、これとは別に解離性健忘および離人症性障害の診断を下すべきはない。
経過と予後
とん走は一般に持続が短く、数時間〜数日である。数ヶ月続くことや100マイル以上に及ぶことはまれである。一般に回復は自発的で素早く、再発はまれであるが、症例によっては難治性の解離性健忘が残ることがある。
治療
精神科的面接、薬物投与下の面接、催眠によってとん走を促進した心理的ストレスが明らかになる。精神療法は、一般に、患者が健康的で統合的な方法によってストレスを心的に取り入れ結合するように行われる。
解離性同一性障害
離人症性障害
離人性障害とは、現実感覚を一時的に失う程度にまで達した持続的または反復的な自己感覚の変容である。病相は自我異質性であり、患者は症状の非現実性を実感している。
臨床家によっては、離人感と現実感消失を区別するものもいる。離人感とは、自己の体や自我を奇異に感じ、現実感がない。一方、現実感消失は、外界の事物が奇異に感じられ、現実感がない。
疫学
多くの人に時たま起こる孤立感として、ありふれた現象であり、必ずしも病理的であるとはいえない。一過性の離人感は一般人口の70%に見られる。病理的な離人感については女性において男性の2倍の頻度で認められたという。
病因
離人性障害は心理的、神経学的、全身的疾患によって引き起こされる。また、てんかん、脳腫瘍、感覚遮断、心的外傷や、幻覚誘発物質と関係がある。
臨床的特徴
離人感の中心的特徴は、非現実感と感情の疎隔である。内的心理過程と外的出来事が関連や重要性を持たないように思われたり、体の一部や全体が、異物のように感じられ、身体感覚が変容する。
診断基準 - 自分の精神過程または身体から遊離して、あたかも自分が外部の傍観者であるかのように感じている持続的または反復的な体験。
- 離人体験の間、現実検討は正常に保たれている。
- 離人症状は臨床的に著しい苦痛または、社会的、職業的、またはその他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。
- 離人体験は、精神分裂病、パニック障害、急性ストレス障害、またはその他の解離性障害のような、他の精神疾患の経過中にのみ起こるものではなく、物質(例:乱用薬物、投薬)またはその他の一般身体疾患(例:側頭葉てんかん)の直接的な生理学的作用によるものでもない。
鑑別診断
離人は多くの他障害の症状としても起こりうるため、非現実感や感情の疎隔を訴えている患者においては、まずは他の臨床徴候が見られないかどうかを確認するべきである。
また、特に離人症状に他の明らかな精神医学的症状を伴っていない場合には、脳腫瘍やてんかんなどを疑い、神経学的評価を行う必要がある。
経過と予後
症状は突然発現し、15〜30歳の年齢に最もよく発症する。半数以上の症例において、離人症は長期の経過をたどることが示唆されている。
精神的ストレスで疲労した後のリラックスした時期や、過呼吸を伴う急激な不安発作の後に発症することがある。
治療
離人症性障害患者の治療についてはほとんど注意が払われていない。患者の不安については抗不安薬が効果的である。
特定不能の解離性障害
特定不能の解離性障害とは、解離性健忘、解離性とん走、解離性同一性障害、離人性障害のいずれの診断基準にも当てはまらない解離性の特徴をもつ障害をさす。
ここでは、特に解離性トランス障害とガンザー障害についてとりあげる。
解離性トランス障害
特定の地域および文化に固有な単一の、あるいは挿話性の意識変容をもつ状態のことで、著しい苦痛や機能の障害を引き起こす。直接接している環境に対する認知の狭窄化、常同的行動または動作で自己の意志の及ぶ範囲を超えていると体験されるものに関するものである。
トランス状態は意識が変容した状態であり、患者は周囲の刺激に対して反応しなくなる。肉体的虐待や外傷を受けた子ども、霊媒などでみられる。
ガンザー症候群
以前は虚偽性障害として分類されていた。時に「的外れ応答」と呼ばれる重度の精神症状を随意に生み出す。一般にこの心理学的症状は、精神的な病気であるという患者自身の感覚を表すもので、何らかの診断区分を表すものではない。
明らかに男性、および囚人に多くみられる。主な結実因子は重度の人格障害である。この症候群からの回復は突然である。
* 参考文献 *
- DSM−W 精神疾患の診断・統計マニュアル 高橋三郎ほか訳 1996 医学書院
- カプラン 臨床精神医学テキスト DSM−W診断基準の臨床への展開 パルド.I.カプランほか著 1998 メディカル・サイエンス・インターナショナル
- DSM−W−TR精神疾患の診断・統計マニュアル 高橋三郎ほか訳 2002 医学書院
- 現代のエスプリ別冊 心の病理学 大塚義孝 編 1998 至文堂
- 境界例.重症例の心理臨床 山中康裕ほか 編 1998 金子書房
- 解離 若年期における病理と治療 F.W.パトナム 2001 みすず書房
- 臨床心理学 特集遊戯療法 2002 金剛出版
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