2007年 08月
ヤマケイJOY秋号 [2007-08-29 18:33 by segl]
挑戦なきものは去れ! [2007-08-29 16:44 by segl]
ひとりハセツネ清掃登山 [2007-08-28 18:58 by segl]
読んでくれているようで読んではいない。理解できているようで理解してはいない。 [2007-08-19 23:28 by segl]
酸素負債から見るハセツネ [2007-08-16 20:22 by segl]
奥秩父ヴァリエーション [2007-08-07 22:43 by segl]
スポーツを愛する者相互の、尊敬と敬譲の精神が大切 [2007-08-05 21:23 by segl]

2007年 08月 29日
ヤマケイJOY秋号

今般、8月30日発売のヤマケイJOY秋号のハセツネ記事をお手伝いさせていただきました。
見開き2ページの記事で、初心の方むけの内容なのですが、私にはたいへん名誉なことと感じております。
むかしの「夏山JOY」の頃からこの雑誌のことは知っておりますし、山と渓谷社は、戦前から田島勝太郎さんの「奥多摩」をはじめいろいろな山岳図書を出版されてきた歴史ある出版社であります。

このような機会を与えてくださった、 山と渓谷社の山岳ライター 川原真由美 様 及び ヤマケイJOY編集部の皆様に感謝させていただきます。

また、ふり返りまして、当WebSiteのハセツネ関連記事は、けして私1人の独力でなったものではなく、以下の方々のご協力なくして、これほどまでにあれこれとハセツネ関連記事を書き連ねることは出来なかったことと考えます。
感謝の意を直接会って伝えたいのですが、それは今年のハセツネまで待つこととして、以下、お名前を挙げさせていただき、この場で感謝の意をお伝えしたいと存じます。

まず、ハセツネの選手データ(ゴールタイム、関門タイムなど)を詳細に分析し、グラフ化してくださったミカンさんこと曽根さんに感謝いたします。氏には、今年、是非サブ12に限りなく近づいていただきたいと思っております。そして、ゴール後は、日の出山に行き、日の出を一緒に拝みたいと思います。

次に、昨年10回もの試走をこなして、見事サブ13を達成された、それは私です!さんこと長尾さんに感謝させていただきます。このかたの、真剣な努力に裏付けられたいろいろな方法論、とくに「超亀大作戦!」はいまだ色あせておりません。 長尾さんには、是非、今年サブ12を達成していただきたいと願ってやみません。

そして、皆さんよくご存知の原始人ランナーさんこと山岡君がいます。もうお約束ですが、サブ10を達成してほしいと願っております。頑張れ!
同じチームの仲間で、去年御前山でであった なべさんこと渡邉君も、今年はサブ12以上を目指して頑張って下さい。また、先日、試走でお会いしたharukuさんこと清水さんもサブ11目指してがんばって下さい!!

また、makani_tomoさんこと湯川さんには、折にふれて的確なコメントをいただき感謝いたしております。氏は、来年の夏、トランス・ジャパンアルプス・レースに挑戦されます。同世代のものとして、最大のエールを贈らせていただこうと思います。そして、わたしも、近い将来、ゆとりが出来たら、氏とともに、いずれトランスジャパンに参戦してみたいと思っております。

kojikenさんこと青梅の小島さんには、いつもコメントをいただいて感謝しております。今年は、当初のサブ12を越えて、来年のサブ10?のための布石としてサブ11あたりを狙ってください。
氏は、地元、「多摩」の人間ですから、郷土の期待に応えていただくためにも頑張っていただかねば!!私も多摩の人間ですので、地元の方には人一倍エールを贈らせていただきます。

また、sugitakasan さん 体調はいかがでしょうか? 無理をせず、備えてほしいと思います。

run_run_moon さん shi_bashi さん このハセツネ関連記事の発端は、そもそもお二人の会話に端を発しております。試走で怪我などされないように注意されて、頑張って下さい。

@さるさん luneさん slow-runnerさん team-banzai さんからも、いつも役に立つ、楽しいコメントをいただき元気をいただいております。ありがとうございます。

そして、barmyさんはじめ、楽天ブログの皆様にもお世話になっております。

このほかにも、kurisukeさん、山と無線さん峠のお兄さんshimoさんほか、カナマイさん、バジルさん、tada_monoさん、けーこさん などなどこれまでにコメントをいただいた全ての皆様に感謝させていだきます。


また、私の山の仲間で、人生の先輩でもある shimasan さんこと上平さん takigoyama さんこと岩井さんには いつも奥秩父の山登りをご一緒していただき楽しませていただいております。
shimasanさんはハセツネ御挑戦 頑張って! takigoyamaさんとは また、奥秩父のヴァリエーションに参りましょう。

また、私がインターネットの駆け出しの頃(?)、毎日のように掲示板に書き込ませていただき、ご迷惑をお掛けしました「奥多摩の山と自然」のHgさんこと堀口さんにも、お世話になりましたお礼として感謝させていただかねばなりません。私も堀口さんのように、動植物にも詳しくなれれば素晴らしいのですが、なかなか詳しくなれません。

そして、奥多摩山岳会天野一郎さん、この方の奥秩父1ガイドブックがなければ、私は山登りをやってはいなかったであろうと思います。氏のガイドブックには、昭和60年の当時から、奥秩父全山縦走24時間以内というのが書かれており。大いに刺激を受けました。いまのトレイルランニングの先駆けですね。
また、山岳古書への関心を開かせていただいたのも氏のお陰であります。

最後に、日本山岳耐久レースを通じて、いろんな方と交流することが出来、いまも現在進行しております。 郷土秋川の山々を舞台に、このレースが開催されるのも何かの縁だと思います。
東京都山岳連盟の皆様、とりわけ、ハセツネ現地事務所の天野淳司 様に感謝させていただきます。そして、駒鳥山荘の馬場喜彦さんにも感謝です。


・・・さて、このWebSiteのハセツネ関連記事は、より安全に、速やかに秋川の山々を駆け巡って楽しんでいただこうといった視点で書かれて居ります。ここで述べられるいろいろな方法論は、もちろんハコネ50キロや、北丹沢、青梅高水など、ほとんどの山岳レースに通用するものです。

トランスジャパンは、すこし舞台が厳しくなるので、多少の変更が必要になりますが、山と対峙する姿勢という点では共通するでしょう。

もとより粗製濫造の拙いブログではありますが、うまく上手に利用されて、秋川の山々を安全に楽しく駆け巡っていただきたいと切に願ってやみません。


TTR-100のレース中にお亡くなりになった高橋香さんのご冥福を祈りつつ

甲武相山の旅   管理人 峰 こと 小池雅彦


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※「甲武相山の旅」という名前は昭和15年に今井重雄さんにより編ぜられた山岳書に因みます。67年の歳月を経て、甲武相山の旅というよき名前を復活させようという狙いです。イメージ的には、笹尾根、三国峠あたりの緩やかな尾根筋に憧れてこの名前をつけました。

※ichinose.exblog.jp の ichinose とは 多摩川水源の一之瀬高原(山梨県甲州市一之瀬高橋)を指します。奥多摩の山なみを行きゆきて至るところ、多摩川の水上、高原状の緩やかな山なみが続く、心安らぐ大地です。 

※また、トップの画面右にある狼のモチーフは、記紀の時代、日本武尊が東征のおり、当地で道に迷いそのときに狼が現れ,先導したという故事にまつわります。
大岳神社、御岳神社、三峰神社、両神神社などなど、当地の主な神社の御札には狼(大神)の絵図が書かれて居ります。

トップページにこの図柄を用いようと思い至ったのは、昭和19年刊の宮内敏雄さんの名著「奥多摩」の見開きにこの狼が書かれているからです。やはり、奥多摩の守り神として、この狼をおいてほかには考えられません。この狼の図案は、宮内敏雄さんの「奥多摩」に描かれている狼を複製し加工したものです。

このほかにも、多摩川水源地域の紀行を残された田島勝太郎さん、奥秩父の第一人者で、いまだこの方を越える人はいないという原全教さん、おなじく、奥秩父の好きガイドブックを残された小野 幸さんなど、奥多摩、奥秩父を歩かれた偉大なる先蹤者達の遺志を継いで、このWebSiteは成り立っております。



# by segl | 2007-08-29 18:33 | Ⅸ 日本山岳耐久レース
2007年 08月 29日
挑戦なきものは去れ!

四月十三日、禿が原を訪ねてきて,こんな会話を交わす。

「ダウラギリを一年延期したいんですが・・・・」と禿が切り出す。

「なぜだ?」

「何だか自分の計画じゃないような気がして」

「なるほど。で、集めた金はどうするつもりだ」

「いったん返してほしいと思います」

「そんなことが簡単にできると思っているんだな」

こんな会話のあと、禿が言った。

「一年延期してくれれば・・ちゃんと登れると思います」

そのあと、だんまりを決め込む禿に、原が厳しく言った。

「禿、お前に言ってやる。いままで親も兄弟も友達も決して言ってくれなかったことをな。
お前は自分が傷つきたくないんだ。お前が必死になって考えていることは、自分のこと、ただそれだけだ。
お前はクライマーとしては抜群の素質があるが、人間としては未熟者なんだ」

長尾三郎 「精鋭たちの挽歌」 第二章 夢に生きる青春群像  94ページより抜粋

※原 真(はら まこと)  名古屋 高山研究所所長

※禿博信(かむろ ひろのぶ)  1981年 日本人としてはじめて単独、無酸素、アルパイン・スタイルで、ダウラギリⅠ峰に登頂したクライマー、のち1983年10月8日 イエティ同人隊として、エベレスト無酸素登頂を試み、登頂後、ビバーク中に滑落死

※ダウラギリⅠ峰(8167メートル)

※集めた金 遠征資金のこと

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小西政継さんの本に、厳しい山登りをやりたいのならば、実力のある山岳会を選ぶべきだと書いてあります。あの会には、人柄がよいひとがいるからとか、女の子がいるからとか・・。そういったことで、強い山岳会がありながら他の山岳会を選ぶのは、山の厳しさを知らないものの行いであるとのこと。

要は山に対する真剣な姿勢を持っているか否かということにあります。


いまのご時世、楽しいことはいくらでもあります。山に行かずとも、楽しみを求めるのなら、TDLにでも行けばいいのです。

去年のハセツネで、挑戦したけれども、脚の故障から最初の関門でリタイアし、以来、どういうわけだか、ハセツネの試走に頑張る人をけなして、ご自身のブログでハセツネのことを屁(へ)セツネなどと揶揄し、あざ笑った人がいます。

自分がお金を払ってエントリーして、完走を目指した大会を、そんな風に誹謗するのは、ハセツネ・チャレンジャー失格でしょう。

世の中にはそんな人もいます。

私は、そういった人をいちいち、説得して、考えを改めさせて、引き止めようと頑張ることはしません。

見限って、切り捨てるのみです。


私が求めるのは、ザイルパートナーのように、一緒に高みに登ってくれる人です。しかも、義務感からではなく、自分自身がやりたいから、高みに至ろうと頑張る人です。
そうでもないと、危険な山登りはとても務まりません・・。

トレイルランニングでも同じことだと思います。


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なぜベストを尽くさないのか?~挑戦なき者は去れ!

私は、言葉使いは優しいし、文章使いも丁寧で、よく誤解を受ける。たいていの人間は、そんな私の物腰から、私が、あまい人間(甘っちょろい人間)であると推測する。

ところがさにあらず、私が丁寧語を使うのは、その人の人格を尊重するためであって、物腰が穏やかなのは、相手の方を尊重しようとする配慮に基づくものである。・・登山、そのためのトレーニングに関しては、とっても厳しい、その厳しさを自分にだけ向けて、他の人には向けないだけの話である。私の身体を見れば判るけれど、傷だらけであるし、私の心は、とうに通常の人の心の範囲を超えてしまっている(←イマイチうまい表現が見当たらない・・)。

私が今感じるのは、若いときにどんなに優れたアスリートであっても、トレーニングを怠れば、実力は退化するのであって、「過去の人」になりたくないのであればトレーニングを重ねる以外に方法はないこと。ようするに、私は過去の名声にあぐらする輩がまったく好きではないのだ。

同じように、そこそこの実力がある若い人が、ちょこっと練習して例えばハセツネで、12時間以内の成績をとろうとも、「たいしたことがない!」、ということ、例えば、50代、60代の方が、一生懸命死に物狂いで、血の汗を流しながら練習して、12時間以内の記録をとったほうがはるかに「価値」があるということ。

ようするに、私は、努力を重ねる人が好きで、心の底から応援したいと思う。逆に、才能のある人がチョろっと出てきて、アッサリ走っていい成績をとることをまったくもって評価しない。

(ここでは話をトレイルランに絞ります)一生懸命トレイルランニングに夢中になって何が悪いか?ある人は、トレイルランニングは「気分転換」だから、ある人は、家庭を持ち子供が出来て、趣味にそんなに打ち込めないから・・などとの理由をつけて、本気で走ろうとしない、本気でトレーニングしようとしない。

私は、そういう連中が好きではない。たとえ、週のうち、4時間ぐらいしか走る時間がなくっても、その時間だけは、思う存分、トレイルランニングに没頭するべきではないのか?趣味よりも仕事が大切なのは当たり前ではある、しかし、誰だってそうなんだから、いまさら、仕事が、家庭がなどと言い出さないことだ・・。


私は、いい大人が夢中になって運動するのを心より応援したいと思う。訳知り顔に、気分転換ですから、とか、仕事が急がしくってなどと(いかにも思慮分別があるような)言い訳する輩はさほど好きにはなれない。

私は、愚かしいほどに、、夢中になって、トレーニングに励む人が好きで、そういう人たちを深く尊敬するし、そういう人の役に立ちたいと思う。

このブログで書いたハセツネ関連の記事も、才能はそんなにないけれど、ヤル気とガッツある人に捧げたいと思う。実力はあるけれど、心根がひねくれた人には捧げない。
もちろん、年齢、性別は不問である。・・そしてそういった人の中から、将来の優勝者が出てくれば、それは素晴らしい事だろう。

愚かしいほどに、ベストを尽くす事、そういう努力をしようとしない人間は、面と向かっては言わないけれど、好きではない。



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非凡な心

高貴な人間は自分のうちに強力者を認めて喜び、更に自分自らを統御しうる者を、語ることと黙ることを心得ているものを、悦びをもって自分に対して峻厳と苛酷を行うものを、また全ての峻厳と苛酷に敬意を表するものを尊敬する。
 「ヴォータンはわが胸に苛酷な心を置きたり」と古いスカンジナビアの伝説に言われている。これは誇らしいヴィーキング族の魂から当然のこととして詠い出されたものである。この種の人間は、同情するように作られていない、ことこそを誇りとしている。

 F・W・Nietzsche 「善悪の彼岸」 第9章 高貴とは何か より抜粋引用

 ※ヴォータン・・オーディンともいいゲルマン民族の最高神
 ※ヴィーキング族・・八世紀から十一世紀にかけて海賊として北欧海岸を荒らしたノルマン族。


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「ごくごく普通の人でも、鍛錬すれば完走できる。」と昨年のトランス・ジャパンアルプス・レース(TJAR)の完走者、高橋香さんはおっしゃられたそうです。

でも、「普通の人」は、なかなか鍛錬してもトランスジャパンを完走できないように思えます。やはり天性の何かがないと、厳しい鍛錬に心身がついてゆけないと思うのです。

心(こころ)の問題としても、「普通の人の心(常人レベルの人の心)」では、厳しい鍛錬を「支える」ことは出来ないでしょう。

トランス・ジャパンほど難易度を上げずとも、ことはハセツネでも同じことでしょう。
サブ12、サブ10はもちろん、各人なりのレベルにおける「完走」には、相当な「心の力」が必要になります。

常人のレベルを、すこし越えたところにハセツネの「完走」があるように思います(トランス・ジャパンの場合、相当超えたところに・・)。

そういった、常人レベルの運動をすこし越えた運動を支える心には、やはり、ちょっと違った、「非凡なところ(荒々しい心・たけだけしい心)」があると思うのです。

またそういった、常人をすこし越えた非凡さ(荒々しさ・たけだけしさ)がなければ、TJARやハセツネの完走(特にサブ10とか、サブ12レベル)はなし得ないでしょう。

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ところが、この非凡な心は、けして万能なものではなく、時には倦み疲れるものです。

自分の場合、厳しい登山や、トレーニングをすると、すこし気が荒れます。
冬場で、夜間、気温零下の中、ポロシャツ一枚で、ライトを照らして、日の出山で歩荷トレーニング、あるいはストレスがかかる危険な沢登りなんかをやると、間違いなくすこし気が荒れます。
そんなとき、私はなるべくレス・ストレス、穏やかなひと時を過ごすように心がけます。

トランス・ジャパンはもとより、ハセツネの71・5キロを12時間以内で走るにしても、10時間以内で走るにしても、あるいはもっともっと時間をかけるにしても、完走には、心と身体に相当なプレッシャーがかかっていることは間違いないです。

興奮状態のあとには、心身の疲労がやってきます。
常人を超えた非凡な心(荒々しい心・たけだけしい心)の持ち主であってもやはり、倦み疲れるものです。



山に入ると、心は高みを行き来する、下界に下りると、興奮状態の疲れが出る、精神の平穏こそ肝要  というわけです。



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こういう問題は、トレーニングや実際の登山で あまり自分を追い込まない、ほどほどにしか頑張らない方には発生しないかとも思われますが、わたしにとっては切実にして、大切な問題ですので、こうして記事にして残しておきます。

でもまた、これは人それぞれ、激しい運動の後は、温泉に入って、仲間とパーッと騒いで、お酒を飲んで、大いに食べて・・楽しい一時を過ごすことで、興奮状態から戻る・・という人も多いのでしょうね。

わたしなどは、いつも1人で山に入りますので、山から還ったあとも1人・・そういった「仲間と騒ぐ」式の気分転換は知らない身の上です。


(この記事、なかなかうまい表現が出来ず文章の一部削除・加筆修正を繰り返しております。意を汲み取っていただければ幸いです。)

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超人と「おしまいの人間」たち・・。

山の中で10年以上も孤独と知恵を愛したツアラトゥストラは、やがて山中で育んだ自らの教説を説こうと街に下りてきた、そこで、民衆を相手に超人の思想を説いたのが、この一説である。

いわゆる福祉国家が予定するような民衆像を批判したもので、それらの対極にあるものとして「超人」の思想・価値観が語られる。


ニーチェ  Also Sprach Zarathustra 第一部 序説 超人と「おしまいの人間」たち
この本に出会ったのは、高校二年生の秋・・いらい、身体にジャストフィットするお気に入りのジャケットのように、親しんでおります。氷上英広氏の翻訳は、読みやすく、またわかり易いものでした。岩波文庫


なぜベストを尽くさないのか?という記事で、私はまるで、(ニーチェ流の表現をするならば)懺悔を求める説教師のように、真剣にトレーニングすべきことを書きましたが、今思えば、もっと別なやり方、すなわち、(サボっている人、実力があってもチャラチャラしている人などなどの方々は)相手にするまでもなく無視して(シカトして)切り捨ててゆくというやり方、もあったように思いました。

そして、(不真面目な連中を)無視して、無関心になると言うのは、厳しいことを書くよりも、もっと冷酷なやり方だと思います。

少なくとも批判的な文章を書くあいだは、まだ相手に対して期待する心が残っているのでしょう。もし相手に対して、もはや全然期待しなくなったら、それは、無視、無関心となって態度に出るのではないかなと思います。

今回は、言ってみれば優しい心で、「厳しいこと」を書きましたが、今後は、あのように書く事はせずに、鉄面皮を被って、無視して、わが道を行こうと思っています。
~サボっている人たちを、私は、飛び越してゆこうと思う。

もともと、このブログは、不偏不党、どんなに才能ある有名な方にも媚びない、また、どのような集団にも属さずに、群れをなさず、単独で、孤高の精神で、今までやってきたのだし、これからもそういうスタンスでやってゆこうと思っています。


>原始人ランナーさん
72キロを8時間前後かけて走りきるようになるためには、ひとかたならない精神の集中が必要です。そして、(トレーニングを含めた、厳しい運動を支える)精神性は、数ヶ月の努力で身になるものではなくって、数年の歳月が必要でしょう。 世界を目指すのでしたら、なおの事です。

もちろん、厳しいトレーニングを支えてくれるのも、精神性です。そういったものをお互い大切にしてゆきましょう。 応援しております。
底の浅いアスリートになるのではなくって、深い精神性をもった「運動家」になられんことを期待しております!

>sugitakasan さん
もちろん、貴君の事を批判しようとして書いたのではありませんので、ご安心!!
例えば、今度の東京マラソン、落選した人も多いと聞きます。そういう人が多い中で、あんまり真面目に走ろうとしないというのは、私には「不真面目」に思えます。

人生は長いですが、そのうちで、ハセツネに出られる時間は限られているように思ったりします。もちろん、自己ベストを狙うという意味においてです。膝を痛めたり、故障をしたり、いろんな病気になったり、・・となかなか「いつでも走れる!」と思える時間は少ないものだと、感じます。

だからこそ、来年はもしかしたら、走れないかもしれないと思って、今年のハセツネに掛けるのが大切のように思いました。

>火星人さん
以前は、ろくすっぽトレーニングしないで、バリエーションを歩いて遭難する連中に対して腹を立てて、いまでは、ハセツネに出るといいつつもろくすっぽトレーニングしない輩に腹を立てています(笑)。

私に言わせると、今の若い人たちは、「あまり無理をしない」、「そこそこに楽しくやっている」・・そんなところがハングリー精神に欠けている様に思えるのです。私よりも上の世代の方々は、もっともっと無理をしたように思います。

血の滲む努力をしたさきに始めて見えてくるものがあるように感じています。そこまで努力した者だけが知りうる領域ですね。私にはそういうものが存在するように感じられるので、そう言うものを見たいがために、あれこれ頑張っております。・・特殊な精神状態に自分を追い込んで、才能を開花させていこうとするいわば「修行」のようなものです。

火星人さんにとっても、今年はハセツネのあたり年になりそうですね・・。


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最後に、アスリートというのは現役を引退するとおしまいになるようですが、私の発想には、現役の観念も、引退の観念もありません・・。
武道・・剣道、空手、柔道とか、は生涯をかけてその道を追求してゆくものでしょう・・。そして、精神の修練があって、生活の規範となる、独特の価値観を持っている・・。

私はよく、ここのブログで自分はアスリートではないと書きますが、それはそういう意味です。私には、アスリートという発想よりも、○×道といった武道家の発想のほうに、親しみを覚えるのです。

アスリートという言葉には、一面のカッコよさがありますが、他面、勝敗のみにこだわって精神性がないということを感じさせる言葉でもあります。



# by segl | 2007-08-29 16:44 | Ⅸ 日本山岳耐久レース
2007年 08月 28日
ひとりハセツネ清掃登山

先の台風の影響で、ルート上に多くの風倒木が出てしまいました。倒木は、東京都の職員さんがチェックして、レンジャー(?)の皆さんが排除してくれるそうです。

もっとも、自力で排除できるような簡単なものは、私にでも排除できますので。今回ボランティア精神に則り(?)、2時間ぐらいかけて金毘羅尾根の風で折れて落ちた邪魔な枝や倒木をすこし登山道脇にどけてきました。 すこしは走りやすくなったものと思います。



・・実は、ルート清掃には土曜日にも出かけており、そのときは、写真の松の枯れた大木を切るのに鋸で30分もかかってしまいました。切ったあとに、右のほうを転がして人が十分走り歩けるように、間を空けておきました。これなら大丈夫でしょう。(場所は星竹分岐付近)


このくらいの太さの倒木でしたら、わけはありません。写真を見るとかなり出っ張っているように見えるのですが、現場では倒木左手に十分なスペースがありますので、これくらいで十分でしょう。(南沢山付近)


さすがにこれは太いので、今日持参の鋸では切ってどかせることが出来ません・・大勢いるというレンジャーさんに任せようと思います。(南沢山付近)


このくらいの松の枝は、持ち前の腕力で排除できます(腕っ節には自信があります・・笑い)。 排除前
(タルクボの峰 幸神分岐付近)


排除後・・作業中、マウンテンバイクの皆さんが通過して行きました。わたしも、そのうち金毘羅尾根を自転車に乗ってゆっくりと下ってゆきたいものです。(ジョグペースで走れるんなら、それに越したことはないんですが・・。)


65㌔ポイント このあたりは自然林が多くて雰囲気がよいところ、私好みです。


まぶしい光の中ですが、心地よい一時でした。


結局、麻生山分岐まで2時間ほど清掃登山を行いました。


作業中は、五人ぐらいの男性ランナーさん、写真の二人の女性ランナーさんと出くわしました。


帰路、走りやすい金毘羅尾根・・そんなに枝も散らかっておりません。


さてさて 少なくとも、麻生山分岐から金毘羅尾根、本部ゴールまでは走りやすくなったでしょう・・。


私はあまり、ボランティアは好きではありませんが、今回は、気分転換をかねての清掃登山でした。
少なくとも、ハセツネ本番のあとの清掃登山のように○ンコを処理するよりも気が楽でした(笑い)。


私にとってハセツネというのは、山を走るというトレーニングのひとつに過ぎず、ハイエンドなものではありません。また、いつまでも軽装で走り回っていては、いざ重荷を背負った時に足が萎えてしまいます。
暑さもやわらいできた事ですし、きちんとした登山のための、標準的なトレーニング、すなわち70キロの歩荷トレをそろそろ再開しようと思案中です。(わたしの場合、70キロの荷物を背負って、標高差1000mの白倉尾根を経て大岳山を確実に往復できる、ということが本命のトレーニングとなっております。)



# by segl | 2007-08-28 18:58 | Ⅸ 日本山岳耐久レース
2007年 08月 19日
読んでくれているようで読んではいない。理解できているようで理解してはいない。

わたしは長谷川恒男さんの影響はあまり受けておらず、奥多摩にあまりなじみがない長谷川氏の名前がつけられたレースが秋川の山々で行われるのも正直申しまして「おかしな気分」です。わたしの場合、圧倒的に小西政継さんの影響が深いので、「ハセツネ」にはいつも違和感を感じていました。そこで、最近は、山耐を用いています。


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(何事かがあるといつも私はニーチェに戻ります。今回はこの文章・・。)

ツァラトゥストラは答えた。「わたしは人間たちに贈り物を与えに行くのです。」

「彼らには何も与えることはない」と、聖者は言った。

「むしろ彼らの何物かを引き受けて、それを彼らと一緒になって担ってやるがいい、-それが彼らに対するなによりの親切だ。もしあなたにその気があるなら!
 また、どうしても与えたいと言うなら、施しもの以上のものは与えないほうがいい。しかも与える前に、乞わせるがいい!」

「いや」と、ツァラトゥストラは答えた。

「わたしはわずかの施しものなどはしません。それほどまでにわたしは貧しくないのです。」


ツァラトゥストラ 第一部 超人とおしまいの人間たち より抜粋


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先日、とあるブログにコメントを書き込んだら、返信が・・いいたい放題で凄かったですよ。パッパカパッパカあれこれ書いて、そういう風にちょっと微妙な表現を使うと相手を傷つけるんじゃあないの?と言いたくなる「違和感のある言葉」を幾つも並べて・・(苦笑い)。

ブログとかでは、だいたいの文章使いから、たいていその人がどんな精神状態にあるのかが分ります。その方の場合、すこし軽い興奮状態にあるようでした(いわゆる、麻薬か何かを使用してラリった状態?)。

・・と同時にすこし失望してしまいました。ああ、この人はこういう人だったんだなぁって・・。
その反面、本当の性格がわかって良かったとも思いました。

もちろん、返信内容から、わたしのスタンス・山の志向・トレーニングなどを全然理解していないと言うことも読み取れました。要するに表層的理解なんですね。いままでこういった方(ブログを読んでいるようで、実は全然読んでいない。自分に都合の良い様に読んでいるので理解出来ていない。)には本当にたくさん出くわしましたので、失望することにももう慣れっこです(苦笑い)。

「インターネットの快感原則」と勝手にわたしが名づけているんですが、要するに、たいていの人間は、自分の都合の良いように、記事を読むと言うことです。本を読むように、立ち止まって考えたりはしないで、各人が持っている既成の概念に結びつけて読んでしまう。

残念な原則ですが、自分がほしい情報だけを迅速に入手しようとしてネットを利用する姿勢でブログ記事などを読むと、ちょっと読みにくいような記事の場合、すっ飛ばしてしまい書き手の立場、ものの見方考え方など、たいして理解しようとしないので必然的にこうなってしまいます。


・・おかしな文章のことはさておきまして、最近読んでよい文章だなと思ったのは、ゆうさんです。ご一読をお勧めいたします。



# by segl | 2007-08-19 23:28 | Ⅸ 日本山岳耐久レース
2007年 08月 16日
酸素負債から見るハセツネ


「酸素負債」から見た山岳走のイメージ図





ハセツネ・ルートの後半部分の起伏図を作製しました(↓に掲示、5分割してあります)、参考にされてください。クリックにより拡大いたします。もとよりこの図は厳密なものではなく、あくまでもイメージ的なものです。また、起伏図作成のために、戴いたコメントへのお返事が遅れてしまいました、ごめんなさい。

*********

先日の試走は明らかにオーバーペース!あれでは、途中で疲れ果ててしまいます。
耐久レースをうまく乗り切るには、登りで発生する「酸素負債」をいかにうまく解消するかにあると思います。以下草稿ですが、ご参考まで・・・。

酸素負債といっても、ぴんとこないと思いますが、ひと言で言うならば、登りを無理なペースで走ったときに現れる「息切れ(ヒーヒー・ハーハーしている)状態」を言います。

個人的な感想ですが、だいたい両膝に手をあててかがみこんでヒーヒー・ハーハーと荒い息をするようになってしまうと「もうお仕舞い」で、それ以降はとりあえず「歩く」ぐらいのことしか出来なくなります。
(酸素負債が累積するとばてます)

短距離走では、ゴールまで短いですので、酸素負債が発生しても問題はありません。また長距離走の場合は、酸素負債がプラスマイナスゼロの範囲内での速さで、走る(むろんそのペースは人それぞれの走力に応じて違います)わけですので、ここでも問題は起こりません。

山岳走の場合、登りで頑張るとどうしても酸素負債が発生してしまいますので、その発生した酸素負債を如何に、平坦なところや下り部分で解消して走りきるかということが問題になります。

つまり、山岳走=短距離走+長距離走 というわけです。

平坦なところで走力を養った長距離ランナーの方は、あくまでも、プラスマイナスゼロの範囲内で走りきることに慣れておられるために酸素負債が過度に発生する状況に身体が慣れていないように思います。

そのために安全策として、よく聞く例のパターン「登りは歩いて、下りと平坦なところは走る作戦」が生まれます。 これはもう古典的な作戦ですが、その作戦の正当性は、酸素負荷の発生を回避しバテを防ぐという観点からは、今でも通用します。

ですが、TTR-100とか、トランス・ジャパンアルプス・レース(TJAR)のような「超」長丁場ならさておき、71.5キロのハセツネでは、この作戦はもはや時代遅れ、サブ12も達成できるかどうか怪しいところです。

サブ12や、サブ10以上を狙う場合、登りもそれなりに速く駆け登らなければならず、そうしますと、どうしても酸素負債は発生してしまいます。ですので、登りで発生した酸素負債を下りや、平坦な部分で如何に解消し、なおかつ下りや、平坦なところではそれなりに速く走れるか?が大きな課題となります。

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イメージ的に数式であらわすと・・

A1 標高差500mの尾根道を 30分程度で駆け登れる速さ
(あるいは、標高差1000mの尾根道を60分程度で駆け登れる速さ) 

B 平坦なところ&下りでの
B1  時速 7~8キロの ジョギングペース
B2  時速 10キロ前後のランニングペース

A1+B1= サブ12

A2+B2= サブ10

となります。

ちなみに サブ8? となると、推測ですが・・。

A2 標高差500mの尾根を20分~25分程度で駆け登れる速さ
B3 平坦なところ&下りでの  時速12キロ のランニングペース

が最低必要になるようです。

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ちなみに、最近流行りの心拍計ですが、心拍数が一定以上になると、登り、下り、平坦にかかわらず、酸素負債が過度に発生すると考えられます。(いままで、登りでの酸素負債を論じてきましたが、これは登りでは特に酸素負債が発生しやすくばてやすいという意味からです。)

心拍数が一定以上にあると酸素負債が過度に発生し、ばててしまう恐れがあることから、心拍計を酸素負債の蓄積防止の見地から、うまく利用する方法もあると思います。例えば心拍数が、160以上になると、酸素負債が急に高まるような傾向にある方の場合、レース中に心拍数が160以上に上らないように気をつけるという作戦です。

どこかで読みましたが、石川弘樹選手は、ハセツネでは心拍数が165以上に上らないようにされたそうです。

どのラインで線を引くかは、人それぞれですが、酸素負債の観点から言って、心拍計を上手に利用する作戦は正しいものと考えます。

もっとも、長くトレーニングされている方でしたら、心拍計を装着しなくとも、経験的に、この心拍数ではばててしまうというのが分っていると思いますので、様々な状況・経験を踏まえた上での勘というのも有効であると考えます。

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以上まとめますと・・。

①酸素負債が一定以上溜まると、一気に「疲労」してしまうから、登り坂では、本調子の6割~8割の速さで登るようにする。そうすると、酸素負債の過度の発生を抑えることが出来る。

②登りで発生した、酸素負債は、次の平坦なところや、下りの部分で解消することになるが、そうすると当然その部分(特に最初の数十メートル)は、いつもどおりには走れません(平坦なところや下りでのいつものペースよりは落ちる)。が、これはやむをえないことです。

③平坦なところや、下りをある程度走り、(登りでの)酸素負債が解消したら、いつものペースで走りますが、次に登りが来る!という場合には、あまり、平坦なところや、下りでは追い込まないようにします。追い込みますと、平坦なところや、下りであっても酸素負債が発生しやすくなるからです。つまり、登りが始まる少し手前では、ペースをすこし落として、息を整えて登りに入るようにします。息を切らしたまま、登りに突入してしまうと、酸素負債が極大化して、疲れ果ててしまうことになりかねません。

登りで発生する酸素負債を前後の平坦なところや下り坂で、分散・解消して、つまり、うまくやりくりして、疲れ果ててしまわない範囲で、ルート全体として スピードアップを図る。そこら辺が、鍵となります。

こういうことは文章で書いてもよく分りにくい、と思いますので、ルート後半の起伏図に若干のアドバイスを加えたものを下に作成しておきました。ご参考まで・・。




shimasan 御撮影


三頭山→月夜見山間の起伏図 クリックで拡大します。


月夜見山→御前山間の起伏図 クリックで拡大します。登り下りの高低差、距離はイメージで、こんなもんだという概念図です。


御前山→大岳山間の起伏図 クリックで拡大します。登り下りの高低差、距離はイメージで、こんなもんだという概念図です。


大岳山からの下りの概念図、大岳山→御岳間の起伏図 クリックで拡大します。登り下りの高低差、距離はイメージで、こんなもんだという概念図です。大岳の危険な岩場&鎖場部分が終わったら、走りやすい道になりますので、ラストスパートになります。


御岳→本部ゴール間の起伏図 クリックで拡大します。登り下りの高低差、距離はイメージで、こんなもんだという概念図です。日の出山への登り以外、走りやすい道ですので、全区間ラストスパートになります。


# by segl | 2007-08-16 20:22 | Ⅸ 日本山岳耐久レース


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