1954年6月30日 事件発生から逮捕まで
ロサンゼルス郊外にあるアパートの一室で、女性の死体が発見された。
被害者の名前はヴィヴィアン・プロムナイト(当時21歳)。
第一発見者はハリー・パウエル(当時36歳)。同アパートの住人ハリーが帰宅したのは午後11時。 隣室からはジュゼッペ・ヴェルディ作曲のオペラ『La Traviata』が流れていた。 帰宅当初から、レコードの針飛びにより同じ場所で繰り返し再生されていることが気になってはいたが、 一時間近くたっても鳴り止む気配がなく、苛立ったハリーが隣室を訪ねたことにより、彼女の死体が発見される。
ハリーは発見当時の様子を「まるでエル・グレコの芸術的絵画のようだった」と語った。
ヴィヴィアンの死体は部屋の中央に直立し、布に包まった赤ん坊の人形を腕に抱きかかえていた。 その姿は幼子を抱えるマリア像を模しているようにも見え、死体が倒れることなく、このポーズを維持できたのは、天井に括りつけた複数のピアノ線でマリオネットのように吊るす仕掛けが施されていたためである。 全裸で、腰に赤い布(後に被害者の血を大量に染み込ませたシーツだと分かる)が巻かれており、それが部屋の光とあいまって彼女の金髪と肌の白さを際立たせ、死体をとても美しく見せていた。 また、彼女の唇とヴァギナは芝居などで使う舞台用の黒い口紅で真っ黒に塗りつぶされており、さらに同じ口紅で彼女の右目から頬にかけて黒い涙が描かれていた。



という、犯人によって書かれたと思われる壁のメッセージも、鑑識の結果、同じ黒い口紅が使われたと判明した。
犯行現場と死体発見現場は同一であり、死亡推定時間は同日の午前2時〜4時の間とされた。
ヴィヴィアンの背中には刃物による無数の刺し傷があったが、検視の結果すべての傷は浅く、また急所から巧みに外されており致命傷に至るものではなかった。 彼女の体からは完全に血が抜かれており、左上腕部と手首に注射痕があることから、犯人は注射器、もしくはそれに類するもので被害者の体から徐々に血を抜き取ったようである。 結局、体内の血液量が極度に低下したことが死因と推定された。犯人は陰湿にじわじわとヴィヴィアンを殺害したことになる。 また浴室で死体を洗った痕跡があり、背中の傷口からの大量出血が想像されたにも関わらず死体が綺麗だったのはこのためである。 なお犯人は現場でマスターベーションをした形跡があり、床から精液が発見された。血液型はB。
犯人はヴィヴィアンの顔見知りで彼女に恨みを持つ者ではないかと推測され、また残された手がかりも数多かったことから、 事件の早期解決が楽観視された。しかし・・・
犯人は顔見知りで、ヴィヴィアンに何らかの恨みを持つ者か?
① ヴィヴィアン宅は最上階。高級物件で最上階は二部屋のみ。直下の部屋は空き室。
② 第一発見者のハリー・パウエル(隣室の住人)はカリフォルニア州弁護士で、この日まで一ヶ月間の出張中。
③ 犯人が犯行に及んだと思われる時間にハリー氏は不在だった。
④ 殺害から現場の加工まで、犯行には長時間ヴィヴィアン宅に滞在の必要がある。
⑤ 犯人は事前に ① ② ③のことを知っていた可能性が高い。
⑥ 死体や現場の加工に使用されたピアノ線などは犯人が持ち込んだものと推測。
⑦ 凶器や黒い口紅、注射器の類いは見つからず、遺留品から犯人の指紋は検出されていない。
⑧ 手足を縛った形跡はあったが、遺体に防御創はなく被害者は抵抗をしていない。
⑨ テーブルの上にはティーカップが2つ置いてあった。中にはミルクティーが入っていて、
  死体発見時、カップの一方は飲みかけでもう一方はまったく手がつけられていなかった。
⑩ 犯人は ⑤ ⑥ ⑦ のことから計画的であり、 ⑧ ⑨ のことから顔見知りである可能性が高い。