顧客の利益　考えた決断

　松下幸之助創業者のエピソードといえば、やはりＶＨＳ対ベータマックスのビデオテープ戦争を抜きには語れません。

　昭和５０年秋ごろから、松下電器産業（現パナソニック）、日本ビクター連合軍で、ＶＨＳをやろうという話が進んでいました。ところが、翌５１年３月、ソニーから松下電器産業に「ベータマックスを一緒にやりませんか」と、提案があったのです。松下幸之助―盛田昭夫会談が始まりました。盛田さんは誠意ある人でしたが、ＶＨＳとベータは互換性がありません。松下創業者は「共存共栄」を大事にする人でしたから、ずいぶん悩んだと思います。

　当時、ビデオ事業部長だった私にも何遍も電話が掛かってきて、ＶＨＳとベータの評価について「君、どう思う」と問われました。業界の安定を考えれば、どちらかに統一する方がよかったのだろうが、そういう訳にいかなかった。

　３カ月ぐらいたったころでしたかね。「われわれはわれわれの方式でいく」と決断されました。そのとき、私と上司を呼ばれ、「ソニーさんのビデオは立派やな。しかし、ソニーさんのビデオが１００点としたら、うちのビデオは２００点や」とおっしゃった。

　詳しい説明はありませんでしたが、当時、ベータは１時間しか録画できなかったのに対し、ＶＨＳは２時間録画できたことを指したんだと思います。

　僕は後日、その判断は正しかったと思います。５２年６月に国内販売を始め、８月には米電機メーカーのＲＣＡに出荷する予定でした。ところが、ＲＣＡから「録画時間を４時間に引き延ばしてくれ」といわれました。「えらいこっちゃな」と思ったが、研究所はすでに開発に取りかかり、出荷に間に合ったのです。

　２時間の録画時間を倍にすればよかったが、ベータを採用していたら４倍に引き延ばさなければならず、至難の業です。単に松下・ビクターのエゴではなかった。「お客さんにとって、社会にとって何が正しいか」を考え続けた結果だと思うんです。

　だんだん、ＶＨＳが優位になったとき、創業者は僕に「君な、ソニーさんのビデオ（ベータ）も再生できるＶＨＳの録画再生機は作れないか」と指示されました。僕は「できないことはありませんが、商品にはなりません」とお断りしましたが、競争しながらも協調しなければならないというのが、創業者の思いでした。本当に言行一致の人です。（聞き手　藤原章裕）

　【プロフィル】　たにい・あきお　昭和３年、大阪府出身。神戸工業専門学校（現神戸大工学部）卒。紡績、鉄鋼関連企業で働き、３１年、松下電器産業（現パナソニック）入社。ビデオ事業部長などの要職を歴任し、６１年から平成５年まで４代目社長。相談役を経て１５年３月から特別顧問。