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選択の手引:’09衆院選 温室効果ガス削減(その2止)

 <世の中ナビ NEWS NAVIGATOR>

 <1面からつづく>

 ◇迫られる決断

 地球温暖化問題への対応では、産業革命以来、拡大し続けてきた経済構造や生活スタイルの大幅な見直しが不可欠だ。年末には13年以降の温室効果ガス削減目標で合意を目指す「国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)」があり、政治決断を迫られる時期は遠くない。自民、民主両党には、国民への説明責任、環境産業の育成、外交など総合的な「政治力」が問われている。【谷川貴史、赤間清広】

 ◇自民--経済と両立…海外失望

 政府は6月、20年までの温室効果ガス削減の中期目標を「05年比15%減」(90年比8%減)とする方針を発表し、自民党も衆院選のマニフェスト(政権公約)に同じ目標値を盛り込んだ。政府・自民の基本戦略は「環境と経済の両立」を図る点にある。

 中期目標の発表会見で、麻生太郎首相は欧州連合(EU)の目標が「05年比13%減」(90年比20%減)、米国が「05年比14%減」(90年比±0)と紹介し、わずか1、2%(05年比)の差だが、「日本の目標は欧米を上回る」と胸を張った。一方で「削減量が『大きければ大きいほどいい』と繰り返すことは無責任」とも強調した。

 企業で環境関連の投資負担が増えれば賃下げや人員削減につながりかねない。発電時に二酸化炭素(CO2)を排出しない太陽光発電を20年までに現状の20倍に増やす計画も掲げたが、火力発電より割高で光熱費が高くなる懸念はある。

 政府試算によると、「05年比15%減」を実現した場合、20年時点の負担増(可処分所得が480万円の世帯)は年7・7万円に達する。あえて家計への影響額を示し、15%減が「ギリギリの政治決断」とアピールした。

 だが世界の科学者でつくる国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」は温暖化を抑えるため、20年までに先進国全体で温室効果ガスの「90年比25~40%減」が必要と警告する。日本の目標はこの水準を大幅に下回り、90年比の数値なら、EUの目標値の半分以下だ。

 国連の潘基文(バンギムン)事務総長は「(日本の目標は)もっと野心的なものを期待していた」と失望感を示した。新興国からも「国際社会の期待と隔たりがある」(中国)など不満が出ている。

 ◇民主--理想を追求…負担増も

 民主党の中期目標は、政府案を大幅に上回る「90年比25%減」(05年比30%減)。政府が目標決定前の議論で示した六つの選択肢(90年比で4%増~25%減)の中で最も厳しい案で、環境団体の期待にも応える理想追求型の目標設定と言える。

 衆院選のマニフェストでは、この目標だけでなく、国内排出量取引市場や地球温暖化対策税の創設、再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度の導入なども盛り込んだ。党内で温暖化問題を主導する岡田克也幹事長は「未来への責任として、温暖化対策を積極的に講じる」と意欲を示す。

 国内で「90年比25%減」を実現すれば、政府試算では世帯の負担増は年36万円に上る。麻生首相は「現実論としてそれだけの経費、負担を払うことに、国民の理解が得られない」と批判する。岡田氏は「国民負担の増加や経済の減速のみを強調するのは妥当ではない。エコ製品のマーケット拡大などの経済効果が期待できるはずだ」と反論している。

 だが日本は、先進国の中でも省エネ技術の導入が進み、さらなる削減には他国以上にコストがかかるとされている。環境投資の負担増を上回る経済効果が得られるかは不透明だ。大胆な削減目標は経済発展の足かせになりかねず、民主党内でさえ、「25%削減案は異常。5月の民主党代表選では岡田さんの主張を懸念し、鳩山(由紀夫代表)支持に回った議員も多い」(中堅幹部)と批判が漏れる。

 マニフェストで民主党は揮発油(ガソリン)税や軽油引取税などの暫定税率を廃止し、高速道路を原則無料化するとしている。いずれもCO2を排出する自動車の利用を促す効果があり、党外から「温暖化対策の高い目標設定と矛盾する」との指摘も多い。

 ◇国際交渉への戦略見えず

 中期目標を巡って火花を散らす自民、民主両党だが、日本の排出量は世界の約4%に過ぎない。米国と中国が約40%(各20%)を占め、「米中の協力がなければ温暖化防止につながらない」(政府関係者)のが実態だ。

 米国はオバマ政権が「環境重視」にかじを切ったが、現行の京都議定書(97年採択)を離脱したまま。ブッシュ政権が01年、途上国に削減義務がないことなどで「米国の利益に反する」と、不支持を表明したためだ。

 削減義務を負うのは日本やEUなど一部で、世界の29%だけ。今後の交渉で麻生首相は「日本だけが不利にならないように」と繰り返すが、主要国の協力を引き出す過程で日本の目標値がさらに高くなる可能性がある。

 政府は50年までの長期目標を「60~80%減」に設定し、麻生首相も6月の会見で「約70%減」との目標に言及した。だが7月の主要8カ国(G8)首脳会議(ラクイラ・サミット)は、「先進国全体で50年までに80%以上削減」と宣言した。日本は目標の上積みを迫られた格好だ。

 民主党は自ら高い目標を掲げ、中国などの参加を促す考えだが、掛け声倒れに終わる恐れもある。G8サミットに続いて開かれた「主要経済国フォーラム」では、中国などの反発を受け、新興国も含めた世界全体の目標で「50年までに半減」の合意は見送られた。

 各国の利害が絡み合う国際交渉では、地球環境と国益の双方をにらんだ高度な戦略が必要だ。自民、民主両党は、対策や方針を並べただけで、国際交渉を乗り切る道筋は見えてこない。

 ◇薄い政治の危機感--地球環境戦略研究機関理事長・浜中裕徳(ひろのり)氏

 7月のラクイラ・サミットで、主要排出国は「世界の気温上昇を産業革命前に比べ2度以内に抑える」ことで一致した。これを本気で実現しようとすれば、ライフスタイルやビジネスモデルを根本から改める必要がある。早急に対策をとらないと世界の潮流から取り残されかねないのに、政治の危機感は薄いままだ。

 政府は温室効果ガス削減の中期目標を示したが、「ポスト京都」の交渉では恐らく、さらに踏み込んだ削減義務を受け入れざるを得ないだろう。新興国が取り組む環境対策への支援も求められるはずだ。目標達成に向けて国内の環境対策をいかに強化し、国民にどのような負担を求めるのか、早急に全体像を示す必要がある。

 民主党は政府より踏み込んだ中期目標を打ち出したものの、実現に向けた具体策の説明は不十分だ。政府案と同様に、国際貢献を含めた環境対策の全体像を示すことが必要で、それなしに国際交渉で日本の主張に耳を傾けてもらうのは難しい。

 日本は環境問題の先進国と言われてきた。しかし、得意なのは太陽光など個別技術で、今後求められるのはむしろ、経済や産業、地域など社会全体を「低炭素化」するシステムを構築する能力だ。欧米では既に、企業が政府の支援をてことして、この分野で攻勢をかけている。高い省エネ技術を持つ日本企業も、活躍できる土俵さえ整えば、世界と互角に戦えるはずだ。その道筋を示すのが政治の責任であり、手をこまねいている暇はない。

毎日新聞 2009年8月9日 東京朝刊

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