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医療は成長分野、「崩壊」一辺倒からの転換を

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【第73回】小野崎耕平さん(特定非営利法人日本医療政策機構 副事務局長)

 日本医療政策機構の小野崎耕平さんは、安定財源をどう確保するかの議論を欠いたまま、単に医療費の増額を求める声が高まっていることに、かねてから違和感を抱いている。国民の関心が医療に向かっている今こそ財源確保の道筋を付け、「医療=崩壊=暗い話」という見方から、「医療=成長の源=夢のある話」へと方向転換すべきというのが、小野崎さんの考え方だ。同機構の世論調査では、医師など医療従事者に対する国民の信頼度が高いことが分かっており、小野崎さんは「医療の成長ビジョンを発信すれば、政治家も国民も耳を傾ける」と期待している。(兼松昭夫)

―近年の医療費増の背景には、少子・高齢化など、医療を取り巻く環境の変化があると指摘されています。
 それは間違いありません。日本は、人口減少と少子・高齢化という未曽有の課題にさらに立ち向かわなければなりません。
 少子・高齢化について経緯を整理します。戦後間もない「第一次ベビーブーム期」には、年間約270万人の赤ちゃんが生まれていました。それが今では年間出生数が100万人程度に激減しています。一方で、平均寿命は延び続けています。これが年金、医療、介護、福祉など、あらゆる社会保障に影響を与えているのです。昔は、病気やけがなどで死ぬことがリスクでしたが、今や長生きすることがリスクになりました。世界一の長寿国日本では、もはや「長生き万歳」とは必ずしも言えない時代なのです。
 周辺環境の変化に伴って、医療のあり方は大きく変わりつつあります。しかし、それにもかかわらず、医療関連の法体系や医療提供体制、医療の背景にある価値観や慣習などには旧態依然のものがたくさんあります。
 「人の死に方」を例に挙げると、昔は8割程度の人が自宅で亡くなっていたのに、今では病院で亡くなる人が8割になりました。人が生まれる場所も、自宅から病院に移り変わりました。多くの方が指摘するように、日本では、家庭や地域社会が助け合って担ってきた社会保障的な役割を、公的な機能に依存するようになったのです。こうした「公的な社会保障」を支えるためには当然、お金が掛かります。そのお金は租税や保険料など何らかの形で、皆で助け合わなくてはなりません。そのための財源をどう確保するか。これは、高齢化に直面している国にとって共通の課題です。

■ヘルスケア分野は数少ない成長分野
 これまで日本が幸運だったのは、医療技術や公衆衛生の進歩と経済成長のカーブが、見事に一致していたことです。ところが、こうした幸運な時代は1980年代には終わりを告げます。この時期に入ると経済成長は陰りを見せ、国の成長が鈍化したのです。日本の医療界にとっても、これは大きなターニングポイントになりました。

―国の成長が止まった最大の原因は、急激な高齢化でしょうか。
 経済成長が止まった要因はさまざまで、ここで論じ尽くすことはできませんが、医療・社会保障という視点で見れば、公的な社会保障への依存度が高まったのに、それを裏打ちしてきた経済成長が止まってしまった、そして国の収入が減ってしまったことが何よりも大きいでしょう。限られた財源の配分や、「何かを選択し、何かをあきらめる」といった価値判断を伴う政策選択など、難しいことを考えなくても、かつては余りある成長がそれを補ってくれたということです。
 人口動態の変化はあらかじめ分かっていたのに、国はこれに対する有効な手だてを打てずにきました。もちろん、こんなことは後付けで何とでも評論できることですが、「幸運な時代」が終わったことは間違いないわけです。
 医療費など社会保障費の伸びの抑制をめぐる現在の議論の背景には、こうした状況があります。官僚が悪意から社会保障の伸びを抑制しているという論調もありますが、それは違うでしょう。こうした歴史的な背景があり、やむにやまれずそういう世論になった側面があることも、医療界は認識すべきです。

―小野崎さんは、医療や介護などのヘルスケアは、数少ない成長分野だと主張されています。
 これらが低成長時代の日本における数少ない成長分野であることは明らかです。例えば雇用面でも顕著です。建設業では、雇用がこの10年間で660万人から540万人へと、約2割減少しました。それに対して医療・介護分野では、440万人から610万人へと約3割も増えました。雇用をけん引してきたサービス業の雇用増加分の、実に7割近くはヘルスケアによるものです。
 他の業界は本当に深刻です。例えば建設業では、同業者の自殺が急増していると関係者の間でいわれています。公共事業に対する世論の批判が非常に強く、実際に公共事業費も10年間で半減し、身動きできない状況です。ある地方の建設会社の社長さんは、「うちの若手社員が、業界にも自分自身にも将来を見いだせずに悩んでいる」と嘆いていました。
 ヘルスケア分野でも、医療や介護の「崩壊」など暗いトピックばかりが目に付きますが、明るい兆しもたくさんあります。もちろん、医師不足などの問題を解消するための対策は直ちに講じるべきですが、その一方で、客観的に見ると、ヘルスケアは数少ない成長分野、夢が語れる分野だということも認識する必要があるでしょう。

―医療界には、他分野から医療財源を持ってくるべきだという主張があります。
 心情としては理解できますが、事はそう単純ではありません。例えば防衛や安全保障などのお金は、本当に大幅に削れるのでしょうか。朝鮮半島をはじめ、国際情勢が常に緊迫している中、外交や安全保障の施策は軽視できないでしょう。公共事業だって、言うまでもなくすべてが不必要なわけではありません。わたしの地元には、戦前に造った堤防がぼろぼろのまま残っている海岸があります。この地域には1000人近い人が住んでいます。万が一津波が来たら、高齢化したその集落は大きな被害を受けるでしょう。地元からすると、このコンクリートが1000人の命を守っているわけです。地元には「堤防改修には予算が付かないのに、ドクターヘリにお金が付くのはなぜだ」という人もいるわけです。
 「医療は大切だ」と言われれば、誰も反論できません。しかし医療と同じように、大切な政策分野もたくさんあります。例えば経済政策は、ヘルスケアにとっても非常に大切です。一つは、経済成長による財源確保という視点。そしてもう一つは、雇用・経済情勢が健康に与える影響の視点です。景気や所得が健康に大きな影響を与えることが、社会疫学の研究からも分かっています。ミクロ的にも、景気が悪くなると経済力の弱い層を中心に、受診抑制が増えることが示唆されています。言い換えると、国民の暮らしや安全を守る上では、医療をはじめとするいろいろな政策オプションがある。これらの社会政策全体を幅広くとらえた上で財源について考えないと、バランスを欠いた議論に陥る恐れがあります。それは、医療への世論からの支持を結果的に弱めてしまいます。

■医療界は今こそ前向きな議論を
 最近気になるのは、国による成長戦略や財源論を欠いたまま、「とにかく医療への配分を増やせ」と主張する声が多いことです。衆院選に向けた各党のマニフェストを見ても、こうした印象を強く受けます。政治は世論に敏感にならざるを得ない宿命がある以上、ある程度仕方ないでしょう。先程も話しましたが、公的な社会保障への依存度がこれだけ高まると、安定財源をどう確保するかの議論が不可欠になります。だけど、こうしたことは政治家の立場からは非常に言いにくいわけです。
 実際、わたしたち(日本医療政策機構)の世論調査では、「政党・国会議員」や「厚生労働省」「マスメディア」「医師会」など、今の医療政策決定に大きな影響力を持つ人たちへの国民の信頼度が、非常に低いことが分かりました。こうなると、この人たちが何を言っても国民は支持しないわけです。以前、舛添要一厚生労働相が、「ここまで行政に信用がない現状では、何もできない」という主旨の発言をされていましたが、その通りなのです。
 これに対して「薬剤師」「看護師」「医師」に対する信頼度はいずれも9割を超え、上位3位を占めました。これは驚くべきことで、とても希望が持てる結果です。何だかんだ言って、現場で活躍する医療のプロたちは、国民の信頼を得ているのです。そうなると、これらの医療従事者が果たせる役割はとても大きくなります。「医療成長」のビジョンを発信し、安定財源確保の必要性を訴えれば、国民も耳を傾けるはずです。
 一方で危惧するのは、「崩壊、崩壊」と言い立てたり、「医療がいちばん。他はどうでもいい」といった内向きな議論に終始したりしていると、せっかく獲得した世論からの支持を失ってしまう恐れがあることです。世論もマスメディアも本当に怖い。あっという間に離れます。わたしは、おそらくここ1、2年が勝負ではないかと考えています。医療界は、医療への関心が高い今こそ、財源確保のめどを付け、より信頼を高めるための改革を進め、そして何より、明るい夢を語る前向きな議論に方向転換すべきです。

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更新:2009/08/08 10:00   キャリアブレイン

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