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裁判員裁判の判決全文 '09/8/7

 女性刺殺事件の裁判員裁判で東京地裁が6日、藤井勝吉被告に言い渡した判決は以下の通り。

 【主文】

 被告を懲役15年に処する。

 【理由】

 ▽犯罪事実

 被告は2009年5月1日午前11時50分ごろ、東京都足立区の小島千枝(本名・文春子)さん=当時(66)=方玄関前付近で、被害者を死亡させると分かりながら、強い攻撃意思を持って、あえて被害者に対し、その左胸を2回、背中を1回、サバイバルナイフ(刃体の長さ約9・3センチ)で突き刺すなどした。その結果、被害者は同日午後3時13分、東京都荒川区の東京女子医大東医療センターで、左前胸部刺創による肺動脈起始部の損傷および背部刺創による肋間ろっかん動脈・大動脈の損傷に起因する出血性ショックにより死亡した。

 ▽事実認定の補足説明

 本件では、被告の被害者に対する殺意の内容が争点となっており、当裁判所は、前記犯罪事実記載の通り認定したので、この点について補足して説明する。

 証人らの公判証言はいずれも信用性の高いものである。このことなどを踏まえると、関係証拠によれば、本件犯行に至るまでの被告と被害者の関係ならびに犯行前後の被告および被害者の言動について、以下の事実を認定することができる。

 被告は、1994年ころに離婚した前妻が家を出て行ったのは、被害者が前妻に余計な知恵をつけたからだと思っていた。

 被告宅の斜め向かいに住む被害者の自宅前には、以前から多数の植木やバイク3台などが道路にまではみ出して置かれていた。被告はかつて軽自動車を使用していた際に、その植木やバイクが通行の支障になるなどとして、被害者に何度も文句を言ったことがあった。

 被告は、被害者と言い争いになると被害者に手を出すことになり、また刑務所に行かなければならなくなると考え、06年7月に出所した以後、なるべく被害者と顔を合わさないようにしており、被害者に文句も言わないように我慢していた。

 被告は、犯行前日に競馬で大負けしてむしゃくしゃした気持ちになり、深夜までやけ酒を飲んだ。当日の朝、二日酔いで具合が悪かった被告は、迎え酒として焼酎を2杯程度飲んだ。

 被告は当日も競馬に行こうと考え、出掛ける準備を整え、午前11時ごろに出掛けようとしたが、被害者が玄関先で植木の手入れをしていたので、被害者と顔を合わせたくないと思い、出掛けられずにしばらく待ちながら、いら立ちを募らせていた。

 そのような折、被害者の様子を見た際に被害者と目が合ったことから、被告は自宅を出て行き、自宅庭先に置いていたペットボトルが2、3日前から倒れていたことについて、被害者に文句を言った。これに対し、被害者は被告に何か言い返すような言葉を発した。

 このようなやりとりがあった後、被告は自宅から本件サバイバルナイフを持ち出し、植木に水やりをしていた被害者の方へと走り寄った。ナイフを持ち出す前後いずれかの時点で、被告は「ぶっ殺す」と2回言った。

 被告は被害者にナイフを1回突き出し、握っている手が被害者の体に触れるほど深く、被害者の胸にナイフが突き刺さった。その後、被告は被害者ともみ合いになるなどしながらも、被害者の胸や背中を1回ずつ深く突き刺すなどした。

 その後、被害者は被告の攻撃から逃れようとして被告を突き倒した。それで、被害者は自宅玄関先から近所の民家付近まで逃げた。他方、被告は起き上がり、いったん被告の自宅内方向へと移動した。その際被告は、被害者の叫び声を聞いて自宅から出てきた民家の住人に気付いていた。

 その後、被告は別の民家付近まで、逃げる被害者の後を追い、被害者はさらに遠くへ逃げていた。この民家の住人が騒ぎを聞き付けて出てきた際、被害者は「助けて」と叫んでおり、被告は被害者に向かって「くそばばあ」と言った。

 ところで、被告は被害者にサバイバルナイフを突き出す前に、脅すためにナイフを見せると、被害者が「やるならやってみろ」などと言い、被告人のあごを押し上げてきたと供述する。

 しかし、被害者が年配の女性であることや、被害者の長男が証言しているような日ごろの被害者の言動に照らすと、被害者がそのような言動を取ったとはにわかには信用し難い。

 その上、証言などによれば、被告が「ぶっ殺す」と言ったころに、被告が被告宅方向から被害者宅方向に向かって走っていることが認められる。また、捜査報告書などによれば、被告がナイフを持って自宅を出た際にはいていたサンダルの片方が被告宅の庭に残されていたことも認められる。これらのことを併せ考えると、被告はナイフを持ち出して被害者の方に向かって行く際に、走って向かったと認められるが、ナイフを持って被害者に走り寄ってきた被告に対し、被害者が上記のような言動を取ることは、なお一層考え難い。従って、被告の上記供述は信用できない。

 以上の事実を踏まえて動機について検討すると、被告は以前から被害者に一方的に憤まんの念を抱きつつも、刑務所に行く事態になることを恐れて我慢を重ねていたところ、犯行前日に競馬で負けていら立っていた上、当日に競馬に出掛けようとしたのに、被害者がいるために出掛けられなかったことなどからいら立ちを募らせ、飲酒による抑制力の低下の影響とも相まって、被害者と目が合うと被害者に文句を言いたくなり、そのとき思い付いた文句を言ったものの、言い返されたために怒りを爆発させ、突発的にサバイバルナイフを持ち出し、それで被害者を突き刺そうとの攻撃意思を持つに至ったと認められる。

 このことも踏まえ、さらに被告の殺意の内容について検討すると、(1)前記のような経過で被告がサバイバルナイフを被害者の上半身に3回深く突き刺しており、そのうちの1回は無防備な背中を突き刺していること(2)前記のような動機で被害者に対する怒りを爆発させ、被害者をナイフで何度も攻撃した後、なおもナイフを持ったままの状態で逃げる被害者の後を追い、重傷を負わせた被害者に悪態をついていること―に照らすと、検察官の主張する通り、被告は被害者を死亡させると分かりながら、強い攻撃意思を持ってあえて本件殺害行為を行ったと認められる。

 ▽量刑の理由

 本件は、被告が衝動的に斜め向かいに住む被害者をサバイバルナイフで突き刺して殺害したという事案である。

 人の命を奪った結果は、取り返しのつかない誠に重大なものである。被害者は、2人の息子がまだ小中学生のときに夫に先立たれ、苦労してその子たちを育て上げ、その苦労を知る息子たちに慕われ、また、高齢の母親や兄弟からは長女として頼られ、人生の結実期を歩んでいた。このようなときに突如この世を去ることになった被害者は心残りであったろうと思われ、その無念さは計り知れない。

 慕っていた母親を失った息子たち、頼りにしていた娘や姉を失った母親や兄弟らの悲しみは深く、息子たちや母親はいずれも厳しい処罰を望んでいる。

 被告はサバイバルナイフで胸や背中を3回も手加減することなく突き刺すなどして被害者を殺害したものであり、死なせる危険性の高い行為を執拗しつように繰り返した犯行態様である。

 犯行の動機は前記の通りであるが、被害者が殺人という犯行を誘発するような言動を取ったとは認められず、その動機は身勝手で極めて短絡的なものである。

 犯行により近隣住民に与えた不安感、恐怖感も軽視できない。

 被告は、簡単に刃物を持ち出すなど暴力的な行動をしてはいけないという意識が低い。

 これらのことからすれば、被告の刑事責任は極めて重い。

 他方、被告は犯行後、自ら救急車を呼ぶなどせず、預金を下ろしに行ったり、酒を買って飲んだり、競馬新聞を買って競馬場まで行ったりしており、被害者の安否を気遣う様子がうかがわれないなど、犯行を深刻に受け止めていたのか疑問に思われるような自己中心的な行動を取っているものの、他方では、警察に出頭しようともし、逮捕後は犯行を認める供述をしていること、公判でも、心の奥底から遺族に謝罪するという言動が見られず、本当に反省をしているのかと疑いを持たれるような様子もあるが、後悔しているなどと述べて反省の弁を述べていることなど、被告にとって酌むべき事情も認められる。

 そこで、以上の諸事情を総合考慮の上、被告に対しては主文の刑に処するのが相当であると判断した。




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