広島原爆の日の6日、長い間、高い壁が立ちはだかっていた被爆者救済への道が開かれた。麻生太郎首相と日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)の代表らが、集団訴訟の終結に関する確認書に署名した。被爆者の高齢化が進む中、全面解決が一日も早く実現するよう望みたい。
確認書は(1)1審勝訴の原告については控訴を取り下げ原爆症と認定する(2)敗訴の原告については議員立法で創設する基金で救済する(3)厚生労働相と被団協、原告団、弁護団は、今後訴訟の場で争う必要がないよう、新設する定期協議の場で解決を図る--などが骨子となっている。これで「原告全員救済」実現への枠組みができあがった。
これは被爆者救済の大きな一歩ではあるが、全面解決を意味するものではない。救済に向けて、なお越えなければならない多くのハードルがあることを指摘しておきたい。
第一は議員立法による基金についてだ。基金の設計は総選挙後の国会で議論が始まるが、敗訴原告の中にも「まるで『施し』ではないか。病気を『原爆のせい』と認めてほしいだけだ」という声がある。一時金の意味や基金の枠組みなど、国会でしっかりと議論する必要がある。
第二は今回の救済対象は集団訴訟の原告に限定されており、約7700人いる原爆症認定を申請中の被爆者をどう救済するかという問題が残ったことだ。政府と被団協などとの定期協議で解決が図られなければ、認定を退けられた被爆者が次々と訴訟を起こすこともある。定期協議を救済拡大のための場として、どう位置づけるかなど、課題は多い。
最後に、原告に限らず被爆者を全面救済するには認定基準の見直しが不可欠という点を強く指摘したい。今回の救済策で終結を図り、認定基準の見直しが進まないのでは困る。
集団訴訟で国が19連敗したことを受け、厚労省は08年、09年の2回にわたって認定基準を見直した。その結果、それまでは年間200件弱だった認定件数が、急増した。
被ばく線量などの計算から確率的に影響を割り出す認定行政に対し、司法は個々の病状や病歴から原爆放射線の影響の有無を判断する方法で、国の主張を退けてきた。
厚労省は、司法判断を受け入れ、原爆症認定基準の大幅な見直しに着手すべきだ。基準見直しによって、認定の幅が広がれば、訴訟件数も減るはずだ。現実には、訴訟を起こしていない被爆者が圧倒的に多い。そうした被爆者も含めた被爆者全員について公平な救済を行うためにも認定基準の改定を急ぐべきだ。
総選挙で政権が交代しても、今回の救済策を後退させてはならない。
毎日新聞 2009年8月7日 東京朝刊