とりあえず俺と踊ろう

今、酒井容疑者、と呼ばれていることが悲しい。

俺は18歳から22歳の間、福岡に住んでいた。
その当時、同じ大学の先輩♂（浪人＆留年して同級生）が、
小学校・中学校で酒井法子さんの友人だったのだ。
わりと親しくしていたようだが、男女関係はないと先輩は言っていた。
先輩の紹介もあって、酒井さんとは3回会って飲んだことがある。
飲んだことがあると言っても、先輩と酒井さんの間でウンウン頷いているだけで、
ほとんどは酒井さんの顔に見とれる時間だった。
実を言うと、「酒井法子」という名前は聞いたことがあったけれど、
テレビや芸能人に興味がなかったので、先輩から、
「友だちの酒井法子って子と飲もうで」
と誘われた時には、単純に先輩の友人と飲むという感覚だった。

飲む場所は、いつも決まっていて、天神親不孝通りよりちょっと奥の店。
この前、近くを通ったけれど店の名前が変わっていた。
それはともかく。
初めてご一緒した時、酒井さんは当時『星の金貨』なんかで大ブレイク中だったようだ。
それなのに、芸能界やドラマに興味のない俺は、『星の金貨』など観たことがなかった。

先輩　「ドラマって大変なんやろ？」
酒井さん　「そやね、寝れんと。台本覚えるとも大変なんよ」
俺　「へぇ、何のドラマですか？」
先輩・酒井さん　「ふぇ……？」

どこにいっても「酒井法子」としてチヤホヤされていたであろう酒井さんは、
芸能人『酒井法子』を知らない俺といるのが気楽だったのだろうか。
その夜の酒井さんは、えらくハイテンションだった。
俺は当時大切にしていたインド風のお守りを酒井さんにあげた。
お返しに酒井さんからブレスレットのようなものをもらったのだが、
俺の腕には入らなかったため、ポケットに入れていたら帰り道で落としてしまった。

それからは、俺もテレビを観る時には、芸能人・酒井法子を意識した。
でも、やっぱり会って飲む時には、先輩の友人・酒井法子さんだった。
先輩の気さくさもあるだろうし、酒井さんの人柄もあるだろうし、
俺の相変わらずな芸能界無関心ぶりが良かったのかもしれない。

最後に飲んだ時のことは、非常に印象的だ。
酒井さんは、前に二回会った時にはわりとたくさん飲んでいたのだが、
三回目の飲み会では、まったく飲んでいなかった。
ウーロン茶をがぶ飲みしている酒井さんに、俺が、
「酒井さん、妊婦さんでもなかでしょうに」
と突っ込みを入れると、先輩が目の笑っていない笑顔で、
「ER～、飲みの足りとらんやん」
と俺にウィスキーを勧めてきた。
そんな俺と先輩のやり取りを柔らかい笑顔で見ながら、酒井さんは、
「結婚するかもな～、なんて」
と言っていた。
先輩は、俺に勧めていたウィスキーを一気飲みした。
今になって思うのだが、高相祐一氏との子がお腹にいることを、
あの時の酒井さんはきっと知っていたのだ。
そして、実は先輩は酒井さんのことが好きだったんだろうな。

その後、社会人になった俺は埼玉に、先輩は東京に上京した。
人妻になった酒井さんとも、先輩は時々連絡をとっていたようだ。
生真面目な先輩だったから、下心は絶対になかったと断言できる。
色々な相談を聞いていたようだ。
東京で俺も一緒に飲むということはなかった。
サインくらいもらっておけば良かったかな、と少しは後悔した。
その後、俺は医学部に入ったので関東を離れた。
先輩とは数年に一回くらい連絡を取り合ったが、酒井さんの話をすることはなかった。

そんな先輩から急に連絡があったのが、８月３日。
俺に連絡をするくらいだから、先輩も相当に混乱していたのだろうか。
あるいは、少し距離のある友人の方が相談しやすかったのかもしれない。
酒井さんの子どもを預かっているという。
そこで初めて、俺は酒井さんの夫の覚醒剤事件を知った。
俺にとっては、酒井さんよりも先輩の方が大切だから、
大事に巻き込まれる前に、隠さずに警察に届けた方が良いはずだと説得した。
しかし、先輩はやはり生真面目すぎて、酒井さんに無断で勝手なことはできないと言った。

8月5日。
結局、俺は先輩に無断で、かつ匿名で、赤坂署に連絡を入れた。
警察からはその日のうちに先輩宅へ連絡が入り、
翌6日に子どもを署まで連れて行ったようだ。
ついさっき、先輩から電話があった。
今回のことで、一番動揺し困惑したのは、先輩の奥さんだろう。
俺が通報したことは先輩には言えなかったし、
先輩から、通報したことかどうかを尋ねられることもなかった。
ただ、電話を切る間際、先輩は、
「ありがとうな」
と言った。

凄く好きだった人の子どもを預かるのは、どういう気持ちなんだろう。
かつて恋した人の夫が、覚醒剤で捕まったと聞いて、どう思ったんだろう。
大切な思い出の人が、覚醒剤容疑で指名手配された先輩は、きっと、辛い。


そんなことを一から十まで妄想しながら夜が更ける金曜日。