2009年 07月 30日
北海道大雪山系 トムラウシ山 大量遭難を考える。 追補10
考察⑫ ガイディング能力への過信、気象予測の難しさ、プロガイドのプロたるゆえん・・。

「私にでも登れるかなぁ_?」と半信半疑な方を、適切にフォローして、足りないところを補って、登りたい山に登らせてあげるのが登山ガイドであると思います。
例えば、トムラウシに登るには10の力が必要であるとして、7とか、8とかしか力がない人でも、足りない分を補うのが、登山で飯を食う、プロたるゆえんでしょう。
実力がすでに、10や12ある人のガイドになって登らせても、それは単に道案内をしたにとどまると考えます。

甘やかせ登山である、といった皮肉も寄せられるでしょうが、尾根歩きのガイドの本質は、甘やかせ登山にあるのだと思います。
以前は、市井の山岳会に入って、いろんな山を経験したあとで、会の夏山山行として、大雪山系の縦走を行ってトムラウシに登るといった手順が、正統的段階であったと思うのですが、会務の雑用にしばられたり、自分の行きたい山に必ずしも行けるわけではないことなどで山岳会を敬遠し、個人、或いは気のあった仲間と気軽に山を楽しむといった人たちが増えてきました。

特に、自由な時間が出来てから山を始めたような中高年層には、その傾向が強く、そしてその(表現が悪いですが)「受け皿」が、公募形式のツアーになってきたという背景があると思います。
一人で企画して行くよりも、仲間もいるし、ガイドもつくし、道にも迷わないし安全・・というのが主たる理由でしょう。

その場合、道案内と、ペース配分を上手い具合にして、ばてさせないでなんとか、山頂を踏ませて、ルートを歩かせてあげるというのが、ガイドの役目です。もちろん、天候判断も含まれます。
さらに悪天候の場合には、「今日行動すると、悪天につかまって、疲労凍死するかもしれませんよ。」と適切な警告を与えて、計画を適宜修正、変更するのもガイドの役目でしょう。

そんなツアーに参加される場合は、基本的に「お任せ登山」でよいのだと思います。

今回の事故をあれこれ見てきますと・・

①当日の天候予測に失敗し、終日悪天候。
②ツアー客の疲労状態に失敗し、行程がはかどらなかった。
③低体温症の発症可能性の予測を間違えて、8名ものツアーメンバーを死なせた。
④それどころか、ビバークして、ガイド自身も死んでしまったり、ガイド自身も自力下山できなかったり・・。

特に④は致命的で、自力下山できないガイドはガイドとして致命的ミスであると考えます。
これらを評して、ひとことで言うならば自分達のガイディング能力への過信があったのだと考えます。

自力下山の価値

自力下山できないガイドツアーは失敗であります。
ルートをたどることよりもまず無事に自力下山することをより重視するべきであったと考えます。

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所見

さて、今回の事例ですが、私の現在の所見では、結局、プロのガイドであるならば当然知っておくべき2007年7月11日の事例、および、それを受けて、地元北海道の医師が書いた低体温症の記事(これも、検索すればすぐ手に入る情報である)、この二つをおよそ北海道で山岳ガイドをやろうという人間は当然おさえておかねばならず、その上で、当日(16日)のヒサゴ沼避難小屋スタート時点の風雨は低体温症の発症を招くに十分なものであると判断した場合、「低体温症の発症までのタイムリミットは、5時間~6時間で、その時間内に、安全圏(☆)まで下山しなければならない。」・・とガイドなら当然ここまで考えを巡らせねばならなかったのではないでしょうか。
(☆・・コマドリ沢分岐あたりが、一応「安全圏」であるとすると、そこまで制限時間内に下らなければならない。)

さらに、ツアー参加者各自の体力の程度は、14日、15日の行動から大まかにはわかっていたはずであるので、3名のガイドには、ヒサゴ沼避難小屋スタート時点で、5時間~6時間経過後に安全圏まで下れるか否かに関して、十分判断が可能であった筈である。

以上の読みに失敗して、漫然とスタートして、今回のような結果を引き起こしてしまった。

ところでこの場合、天気予報が好天に向かっていると報じたのを信じたというのは、非難を減ずる理由になるだろうか?

※天気予報は、あくまでも予報であり、余りあてにならないものだと思って行動するべきである。
※予報よりも実際は回復が遅れる場合もあると見込むべきである。
※ガイドである以上そういった予報が外れることは、経験上当然わきまえておくべき事柄であろう。

つまり、天気予報で天気が回復するとされていても、一般のハイカーならともかくプロのガイドとしてはまず疑ってかかるべきであった。その意味で、慎重性に欠けたといえると考える。
安全登山の見地からは、ヒサゴ沼避難小屋出発の時点で、天候はおいそれとは回復しないと消極的(保守的)に判断するべきであって、好天を予報する天気予報を信じたということは、責任を減ずる理由にはならないと考える。

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swanslab 様から指摘されたデータ

swanslab様によりますと、次のWebSiteに当日の天気概況が掲載されているそうです。
http://snowmania7.blog38.fc2.com/blog-entry-56.html

旭川地方気象台(16日5時発表)による上川地方の天気概況は、
天気予報
 今日
  南西の風 後 北西の風。上川北部では 南西の風 やや強く
  曇 所により 朝まで雨


 明日(7月17日)
  北西の風
  晴 明け方まで 曇

降水確率
 今日(06-12) 20% (12-18) 0% (18-24) 0%
 明日(00-06) 0% (06-12) 0% (12-18) 0% (18-24) 0%
というものでした。

つまり終日南西の風で降水確率が午前20%午後は0%です。
前日15日の概況では16日午前の降水確率が50%だったことから、
16日はやや早めに快方に向かうという具合に、天気概況が予測を修正したとの判断に傾かせた可能性があります。

天気図をみると風の通り道であるトムラ周辺は爆風が吹きそうです。
雨量については、微妙ですが、風は終始吹き続ける可能性がありますが、少なくとも雨は次第におさまるのでは、
との期待がなされたとしてもおかしくありません。
もしかりにガイドたちがそう判断したとすると、現実には倒れるような強風で雨も降っていたにもかかわらず
なおも前進をつづけた理由に雨だけは必ずやおさまるであろうという天気読みがあったと推測することができそうです。

天気予報に依存することがプロとして許されるか?

swanslabさまがお書きのとおり、この天気予報を見る限り、「今日の天気予報は曇 所により 朝まで雨で降水確率は午前中20パーセント、午後からは0パーセントだよ!稜線の風は強そうだけれど出発できるね。」ということになります。非常に元気付けられる天気予報です。

にもかかわらず、「いや山の天気は分からないから、その天気予報も完全に当てにはならないよ!今日は停滞か、エスケープで帰ろう。」と言い切るには、現地の小屋番並の豊富な気象経験を持つガイドでなければなりません。

そういった高度な判断力を、大雪山系の山々を舞台に働いているガイドのうち、どれほどのガイドさんが備えていたのでしょう・・。
例えば、100名ガイドがいて、80人はそういった天気予報に反するけれど結果的には正しい気象判断をなしうる能力を持っているのなら、今回のガイドは、表現は悪いですが、いわば、標準以下のガイドであったわけで、非難されても致し方ないでしょう。

でも、そうでなく、100名ガイドがいても、天気予報が外れることを自信を持って見抜けるほど現地の気象の特殊性に通じたガイドは、わずか一握り(数名)に過ぎないとしたら、今回のガイド3名の行動も、北海道のガイドのほとんどがやっている標準的な行動パターンに沿って行動したまでで、結果的に天気予報が外れたけれど、それほど非難される行動ではなかった。といえましょう。

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今回の事例が私たちに教えてくれるのは、ツアーガイド登山においては「体感気温マイナス5度の暴風雨状況下で、メンバー各自にレインコートと防寒衣料の準備が整っていない場合は、たとえ天気予報で、数時間後の天気の回復を報じていてもそれに従ってはならない。」という保守的な判断を行うべきである、ということになりましょう。

そして、そういう一見ありえないような保守的な判断を現場の状況判断で下せるのが、プロガイドのプロたるゆえんなのではないかなと考えます。

とはいうものの、今回の事例は、判断がきわめて難しいケースであったのは確かであり、天候予測の失敗だけをとらえて、三人のガイドを非難することは少し無理があると考えます。



by segl | 2009-07-30 22:59 | Ⅶ 省察


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