2009年 07月 29日
北海道大雪山系 トムラウシ山 大量遭難を考える。 追補9

考察⑨ ヒサゴ沼避難小屋からトムラウシ登山口に下山するまで18時間かかることについて、トムラウシ集団遭難事故に見る「行動不能に陥る確率」について、

論点①

ヒサゴ沼避難小屋からトムラウシ登山口に下山するまで18時間かかることについて、

opt 様にご質問を受けた件なのですが、前田和子さん、亀田通行さんが、15時54分に110番通報してから、8時間も経ってようやく自力下山したのはどういうわけか? 何故そんなにかかるのか? についてすこし考えてみました。

この点につきましては、南北アルプスなどで長期の縦走をなさったことがある岳人や、積雪期登山でばてた経験がある方なら、体験でおおよそ見当がつくと思いますが、これからそういった山にいって見よう!といった方や、今のところは日帰りハイキングやトレイルランニングが主体である方にはすこし分かりかねるところがあるかもしれません。

ですので、いまさらながらの再考です。その過程で、コースタイムの意味についても考えたいと思います。

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モデルケース(家族5人のファミリー登山 テント泊 天気は晴天)

この場合、ヒサゴ沼避難小屋→4時間→トムラウシ山頂→2時間→前トム平→1時間→コマドリ沢分岐→3時間→短縮登山口で下山となり、今回前田さんたちが携帯電話で連絡をしたのが、コマドリ沢分岐であるとしますと、そこから3時間、悪天でもっとかかったしてもせいぜい4時間~5時間で抜けられそうです。それなのに8時間もかかっているのはかかりすぎと感じてしまうのも道理です。

そこで、自力下山者5名のデータを見て分析しますと・・

①短縮コース登山口に自力下山
戸田新介さん  17日午前04時45分 ビバークあり

②ユウトムラウシ第二支線林道で発見されたという
前田和子さん  16日午後11時49分 ビバークなし
亀田通行さん      同上

③国民宿舎東大雪荘付近で発見された
斐品真次さん  17日午前00時55分 ビバークなし
長田良子さん      同上

④また、ヒサゴ沼避難小屋を、今回同様の悪天候の中、午前5時30分にスタートし遭難した2002年7月の愛知中高年パーティのデータでは、二名がビバークありで午前5時半にトムラウシ温泉に下山したとあります。(※トムラウシ温泉とは東大雪荘のこと。)
http://www.ne.jp/asahi/slowly-hike/daisetsuzan/02taisetudata/04sonanjiko/20020711-13tomuraushi.html

分析
※今回のアミューズトラベルの5人の自力下山者相互の下山時刻を見比べる(②と③)と、下山した登山口こそ違えども、せいぜい1時間~2時間の範囲内でありそれほど差がない(ずば抜けて速く下山出来た者がいるわけでもなく、また逆にめちゃくちゃに遅く下山した者がいるわけでもない)。ビバークした者(①)は、ビバークをしている時間の分だけ下山が遅れたと考えられる。
※2002年の愛知の2名(④)と、今回のビバークした男性1人(①)も、トムラウシ温泉に下山と、短縮口登山口下山と、下山口こそ違えども、45分の差に収まっている。

つまり、データとして、①~④には一つのまとまりを見ることが出来るように考える。

それをひと言で言うならば、
要するに、「今回のような中高年パーティが、Ⅰ縦走三日目にして、Ⅱ悪天候(寒冷、暴風雨)のもとで行動し、Ⅲメンバー内に動けなくなった者が出たような場合には、ヒサゴ沼避難小屋を午前5時30分頃に出るとして、途中ビバークなしの場合は、当日深夜零時前後に短縮登山口もしくはトムラウシ温泉に到着し、途中ビバークありだと、翌日午前5時前後に到着する。」ということである。

これは二つのグループの4つのミニ・パーティ、計7人の登山者の実際のデータを踏まえた悪天候下でメンバー内に動けなくなった者が出た場合に過去のデータ上導かれる本コースのタイムであるということが出来る。

さらに遅延する具体的原因としては、

①縦走三日目で疲労が蓄積されて体力の限界がそろそろきている。
②当日の悪天候が引き金となって体調の変化(悪化)が起きている。
③10時間以上の行動により、時間が経過するに従って、消耗し、歩行ペースがますます落ちる。
④疲労したメンバーの介抱に全員が立ち止まり時間が経ってしまう。
⑤ルートが風雨によって歩きにくくなってしまった。

・・等が考えられます。

ちなみに、⑤でどこに時間がかかるのか?というと、2002年の愛知のデータのところに、「他の2人は、トムラウシ温泉に下山を継続、途中のカムイサンケナイ川源頭部は増水していて渡渉に苦労したようである。ここは過去にも、増水の川に流された死亡事故がある。その後の登り返しは、雨が降るとぬかるみの悪路になり、疲れた体には辛い区間だったであろう。」との記述があるのがヒントになりましょう。

モデルケースで私がよく指摘する「家族5人、晴天下で10時間」という標準コースタイムも、縦走三日目というのは同じですが、晴天下の歩きやすい状態でメンバー内に動けなくなった者が出なかった場合を前提にするもので、悪天候で、動けなくなったメンバーが出た場合には、介抱その他に時間がとられる一方、ルートが歩きにくい難ルートに豹変するといえるのではないでしょうか?

要するに、ヒサゴ沼避難小屋を出るときには、縦走三日目であることを踏まえ、もし天候が回復せずに、このまま暴風雨が続き、行程なかばでひとりでも体調不調者が現れると、その介抱で時間がかかるほか、他のメンバーにも蓄積されていた疲労が現れる者が出てきて・・・下山できるのは18時間後となる。(10時間の予定が18時間に一気に化けるということ。)この経験上のデータをリーダーは念頭におくべきであるといえましょう。

要するにこのルートは、好天を捉えて10時間すこしぐらいで一気に通過できてしまえば疲労も少なく安全であるのだが、それが出来ずに悪天候につかまったり、行動不能者が出て、介抱その他で時間がかかればかかるほど、危険なものとなること。そして、最悪の場合の下山予定時間は18時間後であるということ。

このようなデータ上の事実を受け入れるべきだと考えます。

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参考

ヒサゴ沼~トムラウシ山(百名山)~トムラウシ温泉
3日目
ヒサゴ沼避難小屋1700m 出発6:45 → 日本庭園 8:40 → 北沼分岐 → トムラウシ山 2141m 11:20 → こまどり沢出会い?1700m 14:00 → カムイ天上1143m 16:40 → 温泉コース分岐 17:30 → トムラウシ短縮コース登山口 17:55 → ユウトムラウシ第二支線林道(7キロ) → トムラウシ温泉 国民宿舎東大雪荘 20:15
http://blogs.yahoo.co.jp/macrotanpopo/35845786.html
短縮登山口まで11時間10分かかっており、ヒサゴ沼避難小屋から4時間35分かかってトムラウシ山頂、トムラウシ山頂から6時間35分かかって短縮登山口についている(休憩込み)。晴天時、家族5人のファミリーハイクで10時間(休憩込み)というのは、比較的早いタイムであるようだ。

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論点②

北海道大雪山系 トムラウシ集団遭難事故に見る「行動不能に陥る確率」について、

多少荒っぽい議論ですが、簡略化して捉えるために、あえて大雑把にデータを処理してみます。
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前提条件

①縦走三日目(または同程度の疲労状態)、②主に60歳以上の中高齢登山者、③年に一度あるかないか程度の暴風雨の気象条件(体感気温はマイナス5度)、

データ

体感気温氷点下5度に5時間さらされて行動不能になった登山者 女性1名(死亡)・・場所 北沼分岐

体感気温氷点下5度に6時間さらされて行動不能になった登山者 4名(女性2人、男性2人) 吉川 寛ガイド1名(女性2人、吉川 寛ガイド死亡)・・場所 北沼分岐

※体感気温氷点下5度の状況下で6時間行動させると、18人中6名が行動不能に陥る(30パーセント)。

体感気温氷点下5度に7時間さらされて行動不能になった登山者 1人(男性1人、死亡)・・南沼付近

体感気温氷点下5度に10時間さらされて行動不能になった登山者 4人(女性ツアー客3人、いずれも前トム平付近で死亡、松本 仁ガイド、コマドリ沢分岐付近にて倒れる 生存)

※さらに、10時間行動させると、18人中11名(61.1パーセント)が行動不能に陥る。

18時間以上の連続行動に耐えられた登山者 5名(自力帰還 生存)

※18時間以上の連続行動に耐えて自力下山出来たものは、18人中5人(27.7パーセント)にすぎない。

ビバークを含む24時間近い連続行動に耐えられた登山者 1名(真鍋記余子さん 生存)

(この他、ツアー客とともにビバークし救助された多田学央ガイド1名

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まとめ

夏の北海道大雪山系の2000m級の山で、主として60歳以上の中高年登山者が、縦走三日目で、荒天に見舞われると、

6時間後には、30パーセントの者が行動不能に陥り、
10時間後に60パーセントは行動不能に陥る。 
18時間行動して自力下山できる者は、3割以下で、他のものは死ぬか瀕死の状態で救助されるかである。

多少荒っぽい議論であるが、このように言うことが出来るだろう。


留保として・・
Q当日、同じルートを歩いている他のグループもあるのにそれらには死者が出なかったのはなぜか?
A足止めを生じさせる「最初の犠牲者」が出なかったため。
 最初の犠牲者が出る→介抱で立ち止まり他のものも風雨の中、立ち往生しなればならない→低体温症になる危険が増す→最初の犠牲者が誘引となる。

今後は、メンバーに低体温症が発生した場合の行動マニュアルを作っておくべき。
全体を立ち止まらせずに、大丈夫なものは引き続き行動し続けるのがよい(?)

(すこし脱線となりますが、)当日、あるいはツアー企画段階において、
低体温症発症の可能性についてどのくらい認識があったのか?
また、症状が出たときのツアーの行動マニュアルはあったのか?
・・などがおいおい問題となる。


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さて、論点①と論点②をあわせると、以下のような恐るべき結論が得られます。

中高年登山者による大雪山縦走三日目で、まれに見る荒天のなかヒサゴ沼避難小屋をスタートし、途中で行動不能者が出た場合に、18時間後に自力で下山できる可能性は、30パーセント以下であること。

※通常の登山ツアーに参加する平均的な体力を備えた中高年登山客を念頭におきます。
※今回のアミューズツアーの事例が「特異な事例」であるならば、この結論を一般化することは出来ないのですが、特異性を際立たせるような目だった特徴は今のところ情報として出てきておらず、今回の事例は特異な事例ではない(どのツアーにも起こりうるケースである)と考えます。

このようなすさまじい結論が出てきてしまうのは、裏返せば、そもそもこのルートは、それだけ難ルートであり、要求される体力レベルも高いものであること。
それに引きかえ、このルートを歩いてみたいと希望する登山者の体力レベルがあまりに低いということなのだと考えます。



by segl | 2009-07-29 07:21 | Ⅶ 省察


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