2009年 07月 28日
北海道大雪山系 トムラウシ山 大量遭難を考える。 追補8

北海道大雪山系 トムラウシ山 大量遭難を考える。 考察⑪ 低体温症のタイムリミットは、5~6時間、トムラウシへのこだわりと行動ペースの誤算の可能性

低体温症

北海道の登山家で医師でもある方がまとめた低体温症の記事です。登山に関する部分を抜粋させていただきました。
http://www5.ocn.ne.jp/~yoshi515/teitaion.html
※赤文字、太字は管理人が強調しました。

IV.登山における低体温症の予防
 一旦体温が下がると、安静にしていても大量のエネルギーを消費(体温が0.61度低下すると酸素消費量は3倍)するため、よほどの状況の変化がない限り低体温から脱出することはできない。
 そのため、低体温症では治療よりも予防こそが大事である。

0.登山の一般的な原則を守る:
  1) 悪天候時の登山をさける。気象の変化を予測する。
  2) 行動日程に余裕をもつ。
  3) 疲労、寝不足時の登山を慎む。前日の深酒は禁。
  4) 登山前にコースや避難小屋、テント場など十分な下調べをする。

1.防寒具の準備:
 山、とりわけ北海道の山では、ふもととまったく気象が異なる場合が多く、気象の変化も予測しがたい。そのため、日帰りのハイキングでも全身をおおうことのでき、かつ保温できる衣類を携行するか、着用する。最低限、長ズボン、長袖シャツまたはセーター、ウィンドブレーカー、帽子、手袋、雨具が必要である。衣服特に下着の素材は木綿をさけ、ウール、ポリプロピレンなどの通気性、保温性のすぐれたものを選ぶ(資料2参照)。軽量のテント、寝袋、寝袋カバーがあれば万全といえるが、そこまでできなくても防水シートやツェルトは携行したい。替えの衣類や寝袋は濡れないようにビニール袋にいれておく。

2.早めの退避行動:
 悪天候下では普通、出発後5~6時間で低体温症にかかる。条件が悪ければもっと早い(最悪1~2時間)。 症状があらわれてから虚脱状態になるまで1時間、虚脱状態から死亡までが2時間である。したがって、天候が悪化しているときは、低体温症の症状があらわれる前に退却するか、ビバークの準備に入るべきである。
 ビバークする場合は風、雨、地上を流れる水から身を守れる場所を選び、衣服は着られるだけ着てその上から雨具をつけ、テントの中、または防水性のシートの下に入って身を守る。隊員が何人かいる場合はバラバラにビバークするよりも身体を寄せ合ってていた方が保温効果がある。天候がよくならない限り、救助を求めるための伝令も派遣すべきではない(ビバークのしかた)。

3.水分、栄養をこまめにとる:
 脱水、低栄養は低体温になりやすくする。水分はできれば電解質の入ったもの(水1リットルに塩5g)を、栄養は糖質(果物、カステラ、クッキー、キャンデーなど)、炭水化物(おにぎり、もち、パン、バナナなど)が望ましい。アルコールは低体温と脱水を助長するのでダメ。

V.まとめ
 低体温症の怖さは、主に次の5つ
  1.安静にしていても大量のエネルギーを消費する
  2.早い時期から判断力がおちる
  3.ふるえがおこらなくなると加速度的にすすむ
  4.単なる疲労と区別が困難
  5.低体温症の知識が普及していない
    (よく知られている医学書にも間違った対処法が書かれていたりする)

 低体温症で命をおとさないためには何よりも予防が大事であり、次に早めの退避行動である。パーティの誰かが低体温に陥った場合には、本人の判断力は落ちているため、仲間が判断し、対応しなければいけない。

VI.資料
1.登山に役立つ機器類
 1)2社以上の携帯電話を持つと通話不能範囲が狭まり、救援要請しやすくなる
  Cf)http://member.nifty.ne.jp/yamaonna/yaku-keitai.html
 2)携帯GPSは自分の正確な位置を簡単に知ることができ、救援要請に役立つ。
 3)腕時計型の高度計でも気圧の変化で天候の悪化を予測することができる。

2.低体温症になりにくい服装
 ・通気性のある下着(ポリプロピレン、オーロン、ニット、ウール)
 ・次に湿気は吸収するが、熱を逃がさず保温効果のある生地(ウール、フリース)
 ・一番外に防水性、防風性の生地(ダウンやゴアテックス)
 ・雨具は防水性に加え、水蒸気を逃がす透湿性のある素材(ゴアテックスなど)
 ・手袋の素材にも注意

3.風速と体感気温(風速0.0は実際の気温と同じ)
風速(m/秒) 体感気温(℃)
0.0  10.0   4.4  -1.1  -6.7  -12.2
2.2   8.9   2.8  -2.8  -8.9  -14.4
4.5   4.4  -2.2  -8.9  -15.6  -22.8
6.7   2.2  -5.6  -12.8 -20.6  -27.8
8.9   0.0  -7.8  -15.6 -23.3  -31.7
11.2  -1.1 -8.9  -17.8 -26.1  -33.9
13.4  -2.2 -10.6 -18.9 -27.8  -36.1
15.6  -2.8 -11.7 -20.0 -29.4  -37.2
例)-1.1℃でも風速が11.2(m/秒)あれば体感気温は-17.8℃

4.高度と気温:100m高度が増すごとに気温は0.6度下がる
  Cf1)トムラウシの事故当時、東京30℃、札幌20℃、トムラウシ山頂8℃
     風速15(m/秒)として体感気温は-6℃くらい。(これは2002年7月の事故を指す。・・管理人 注)

  Cf2)5月下旬の羅臼岳の推定、東京25℃、札幌15℃、羅臼岳登山口8℃
     羅臼岳山頂0℃、風速10(m/秒)として体感気温は-15℃くらい

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以上を踏まえて、16日の行動を考えてみます。

ヒサゴ沼避難小屋を出発するに至った経緯

ガイドに十分な低体温症の知識があり、予防のための方策もわきまえているとします。

トムラウシを舞台にした2002年7月の事例については知っており、当日も漠然とした程度の低体温症発症可能性の認識はツアーガイド3人にあったものと推定できます。ただし、ガイド3名のうち2名が現実に発症していたことを踏まえると、ヒサゴ沼避難小屋出発時点で、切迫した具体的な認識があったとは考えられません。
ガイドが低体温症の切迫した具体的認識を得たのは、最初の発症者が現れる頃であったと考えられます。

さて、もし私がツアーガイドで、今回のツアーにガイドとして参加する場合、現場の判断は、swanslab 様のような現地に詳しいガイドに状況判断は任せると思います。それで、swanslab 様が、「エスケープしましょう!」とご提案なさったら、ツアーはエスケープすることに決定し、あとは(トムラウシに登れないので)不機嫌な顔をするツアー客を説得することに努力したことでしょう。

今回二名のガイドが現地に不慣れだったということは、その分、現地のガイドの意見が尊重される余地があったと考えます。
中途半端に北海道の山を知っているよりは全く知らないほうが、現地のガイドの意見も通りやすいといえましょう。

多田学央ガイドの現場での判断は今のところ不明ですが、ヒサゴ小屋では、今後のルートに関してガイド間で言い争いがなされた形跡もありませんし、ガイド間での意思決定はすんなりいっていたようです。

ルート変更をせずに予定通りにトムラウシ温泉に向けて出発した経緯に関して、あくまでも推測に過ぎませんが以下の諸事情が考えられます。

①状況判断(とりわけ天候予測と、低体温症発症可能性)を見誤り、ガイド全員ルート変更など思いもよらなかった。

②同宿した他のツアーグループ或いは個人で、エスケープするグループ、個人は皆無であったのでその流れに従った。

③多田ガイドはルート変更を考えたが、決定権があるほかのガイドに押し切られた(あるいは多数決で潰された)。

④いざという場合は、ガイドが3人もいるので今回のオペレーションシステム
△+ガイドA→→△△△△+ガイドB→→→○○○○○○○○○○+ガイドC→→→→トムラウシ温泉
故障者(△)が出たら都度、ガイドが付き添い、本隊は先に進むという方式でトムラウシ温泉まで引率できると踏んだ。

※結局、swanslab 様にご教示いただいた、かってのコマドリ沢が増水して、流される恐れがあるといったルートの危険性があるならまだしも、天候予測も、低体温症発症の予測もいずれも、エスケープルートを採らせるほどの説得力をもたなかったのだと考えます。

そして何よりも、トムラウシへのこだわりがあったように思います。

トムラウシ山は深田百名山のひとつであり名峰とされています。確かに3泊4日の大雪山系縦走の後半のフィナーレを飾る山でありますが、安全登山の見地からするならば何もヒサゴ沼避難小屋に停滞してまでして無理に登る山ではないとも言うことが出来るでしょう。(下記追補 参照)

暴風雨ではあるがまったく行動できないわけでもなく、雨具を着れば行動できる程度の雨天の中、ヒサゴ沼避難小屋に停滞するという判断は、どうしてもトムラウシに登ってみたいといったトムラウシに特別の価値を置いているならまだしも、上に書いたように大雪山の縦走を一通り無難にこなすことに重点を置く場合は、あまり出てこないのではないだろうか?

そんなふうに安全な縦走のほうにより価値を置く場合には「トムラウシは悪天のためエスケープしたんで登れなかったよ。」で済むはずであるが、トムラウシに是が非でも登りたいがためにこのツアーに参加したであろうほとんどのツアー客にとっては、まさにトムラウシに登ってこそ!の心境であったのだろう。本州から10数万円の旅費を払って参加するツアー客の心情はそんなところにあると考える。

その場合、エスケープルートを選ぶことは、言って見ればトムラウシから撤退を意味する。トムラウシ命!でやってきている本州のツアー客にとってエスケープは、登山ツアーそのものの失敗を意味する。

その心情をよく理解しているガイドは、たとえエスケープルートを知っていても心情的にエスケープルートは採れなかったのではないか?
いわば、トムラウシへのこだわりで、計画通りに進んでしまったということが出来ると考える。


では停滞はどうか?

しばしば指摘される停滞であるが、どうしてもトムラウシに登りたいのならば、あらかじめ停滞を予備日の形で計画に入れておくべきであった(そんなことはガイドだって百も承知である)。
されど、計画に予備日は入っておらず、停滞は予定外の行動である。よってエスケープルートを採る以上に停滞はしにくい・・。

(大体、登山の心得がある者(ガイド)にツアー計画を渡して、ひと目見て、予備日がないということは、つまりは、決められた日程のうちでツアーを終えることが、暗黙の大前提であったと言えるだろう。)

・・とすると、やはり当日は、
動かざるを得ない。

ちなみに地元の登山者やガイドにとっては、計画外のヒサゴ沼避難小屋での停滞とエスケープのどちらが望ましいかというと、安全な登山を心がけてトムラウシに格別な思い入れがないのならば、行動できる雨天であれば迷わずエスケープである(この点は、swanslab様のご教示に拠っています )。

でも、先述したようにエスケープは、ツアー客にとってツアー自体の失敗を意味する・・。

そんなツアー客の期待に、応えんがため、エスケープルートを選ぶこともなく、まして停滞することもなく、16日の早朝、3人のツアーガイドは、ツアー予定通りの、トムラウシ山を越えてトムラウシ温泉へ下山するルートを歩き始めたのではないだろうか。

その場合、勝算はあったのか?

逆説的に表現するなら、勝算があったからこそ、トムラウシを越えて温泉に下ろうと歩き始めたわけである。3人のガイド間でいかなるやりとりがなされたかは不明であるが、既定のルートを進む場合、

「特別なトレーニングを積んでいない一般ツアー参加者で、60歳前後の高齢者がほとんどで、縦走三日目で疲労も蓄積されているような場合に、暴風雨の中、北海道の標高1800m以上の吹きさっらしの尾根を、満足な防寒衣料も着ないまま歩かせた場合、ツアー客15名のうち1人、2人に、数時間後、遅かれ早かれ低体温症の症状があらわれる者が出てくるであろうことは、ヒサゴ小屋避難小屋出発の時点で、ガイド3名にとって十分予測可能であった。」ということが出来るだろう。

だから、低体温症が発症しないうち、せいぜいタイムリミット5時間~6時間のうちに安全圏に下山してしまうことが求められたわけで、ヒサゴ小屋出発の時点で3人のガイドもそれを念頭においていたはずである。

実際は、5時間~6時間のうちに安全地帯に下降することが出来ず、あのような結末になったわけだがそこにもうひとつの誤算があった。

行動ペースの誤算

すなわち低体温症が発症しないうち、せいぜいタイムリミット5時間~6時間のうちに安全圏に下山してしまうのが出来なかったという「行動ペースの誤算」があったと考えるのが筋である。

つまり、いざ小屋を出てみたら遅々としてまったく行程がはかどらなかったという事情である。
これはツアー客に残されていた体力の判断ミスといえるだろう。

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この流れを簡単にまとめると以下のようになる。

日程上、停滞は出来ない

トムラウシへのこだわりからエスケープも採れない

タイムリミットのうちに下山してしまえば何とかなる

行動ペースがガタ落ちで、遅々として進まず

5時間後、最初の、低体温症発症者を迎える

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追補

例えとして、北アルプスに置き換えてみると以下のようになる。
室堂から薬師岳を超えて、裏銀座を歩いて槍ヶ岳に登って、穂高に向かおうとした朝、天気は荒れていた。
天気の回復を待って、穂高まで縦走を続けるか、それとも、もう計画したルートの8割がたは歩いてしまったので、今回の縦走はほぼ成功したとして、穂高は止めて迅速に槍沢から上高地にエスケープしてしまうか?である。
穂高に格別の思い入れがある岳人なら、停滞してまで穂高まで歩くかもしれない(もちろんその場合は、あらかじめ予備日を組んであるだろう)が、山においてあまり欲張らず、8割がたの達成で成功とみなす岳人であるならば、さっさと下降してしまうだろう。

本ツアーの場合(本ツアーに限らず、トムラウシをめぐるツアーに参加する人は皆同じであろうが)、参加者はトムラウシに格別の思い入れがあったのであるが、ツアー会社が企画した日程では、停滞などできず、ガイドとしては強行するよりほかになかったのだと考える。
多少、2~3万円旅費が余計にかかってもツアー客のことを第一に考えて、ヒサゴ沼避難小屋で停滞できるような親切な計画設定を行うようなツアー会社を選べばよかったのであろうが、後の祭りである。

by segl | 2009-07-28 17:15 | Ⅶ 省察


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