2009年 07月 21日
北海道大雪山系 トムラウシ山 大量遭難を考える。 追補2

考察③ トムラウシ山遭難の特徴、時間の計算、現場での判断の難しさ、

トムラウシ山遭難の特徴
2002年に遭難した2パーティと、今回のツアーの三者を比較してトムラウシ山遭難の特徴と思える点を挙げます。
以下分かりやすいように、
A 2002年愛知県パーティ 
B 2002年福岡県パーティ 
C 2007年今回のツアーの事案
と表現します。

以下順に、
①まず、ツアーガイド(B C)、またはグループリーダー(A)が当日に現場で行った天候予測が違って悪天候に見舞われたこと(A B C)。

行動を開始して4~5時間で、体調が悪化するパターンが見受けられる(特にヒサゴ沼避難小屋発のケース A C )。

死因は激しい風雨の中、体調を崩したり、体力を使い果たしてしまうことが原因(疲労凍死、低体温症)である(A B C)。

④遭難死亡が発生するいわゆる「危険地帯」は、北沼~トムラウシ山頂付近~南沼~前トム平の標高1700m~2100mの地帯である(A B C)。

⑤装備は、ツェルトのみ(A)であるとかそれすらも持たないケース(B)もある。満足にテントも持たず、要するに吹きさらしの中どんどん体力が奪われていくのを防ぎようがないまま死んでゆくパターン(A B C)が多い。

⑥皮肉にも遭難を起したツアー、グループに相前後して、同じルートを歩いていながら事故を起さないグループも存在しているのも特徴(A B C)。自分達のことで手一杯なのか、グループ相互の意思疎通や、情報交換はあまりなされなかった模様

⑦ガイドまたはグループリーダーはツアー客に残された体力の見当を間違えた(B C)。それどころか、自分自身の体力の見当も間違えガイド(グループリーダー)自身も力尽きてしまった(A B C)のも特徴。

⑧いずれもいわゆる本州の中高年の登山愛好家が、トムラウシ山が深田百名山ということではるばる出かけていって遭難するパターンである(A B C)。

⑨遭難を受けて、地元十勝の岳人による「大雪山系は本州の山とは違う(本州の3000mクラスの山に相当する)。」といったツアーガイド、ツアー客、登山者の「大雪の山々への認識不足の指摘」がなされる(A B C)。

ヒサゴ沼避難小屋を早朝5時30分にスタートしても、短縮登山口以降に自力下山できるのは、その日の深夜から翌日の未明となってしまっている。遭難を起したパーティの自力下山組は、18時間以上かけて自力下山している(A C)。ちなみに家族5人のファミリーハイクのペースで10時間程度(晴天時)である。

⑪ ⑩の補足、
具体的には、ヒサゴ沼避難小屋→前トム平は家族5人のファミリーハイクで6時間(晴天時)、前トム平→トムラウシ短縮登山口まで更に4時間(晴天時)かかる。
事例C(今回のケース)では、ヒサゴ沼避難小屋→前トム平に10時間半(630分)ほどかかっている。そのペースだと、順調に道迷いなく下って7時間(420分)でトムラウシ短縮登山口である(実際は夜間になるので、7時間以上かかってしまっている)。


時間の計算
今の時期、関東の山では、午後7時頃まで十分にライトなしで行動できるが、仮にトムラウシ短縮登山口に午後6時に下山する予定でシュミレーションをたててみよう。朝5時30分にヒサゴ沼避難小屋をスタートするので、与えられた行動時間は12時間30分である。

家族5人のファミリーハイクのペース  ヒサゴ沼避難小屋→(4時間)→トムラウシ山頂→(2時間)→前トム平→(4時間)→短縮登山口・・これがモデルペース配分比率となる。

事例C(今回のケースの予定) ヒサゴ沼避難小屋→(5時間)→トムラウシ山頂→(2時間30分)→前トム平→(5時間)→短縮登山口 ・・これがモデルペース配分比率に基づいて算出された当日の守られるべきペース配分の予定となる。

事例C(今回のケースの実際) ヒサゴ沼避難小屋→(6時間以上)→トムラウシ山頂付近→(4時間前後)→前トム平→(8時間以上)→短縮登山口・・当日の実際の所要時間。(注 今回はトムラウシ山頂は安全のために巻いたかも知れない(未確認)ので、トムラウシ山頂付近と記載します。北沼→南沼キャンプ指定地に巻き道あり。)

※ファミリーハイクのデータを踏まえても、トムラウシ短縮登山口に午後6時に帰着するためには、午後1時に前トム平を通過しなければならない。にもかかわらず前トム平に午後4時近くになって到着した時点で、既に計画通りの時刻には下山できないことが明白となってしまったと言うことができる。


現場での判断の難しさ

さて、次の表がヒサゴ沼避難小屋からトムラウシ短縮登山口までの大まかな断面図である。
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注 この断面図は、http://www.enjoyhike.com/hiking_records/200808taisetsu.htm様の資料をもとに作成させていただきました。

これを元に、今回のようにトムラウシ山頂手前の北沼あたりでツアー客に体調不良者が出た場合の行動シュミレーションを考えてみよう。

立場は二つ考えられる。

判断例①(ヒサゴ沼避難小屋に撤退するべしという立場)
理由
※ヒサゴ沼避難小屋は標高も低く(1700m前後)、なによりも風雨をしのげるので安全である。
※ツアー客の体力が消耗されないうちに迅速に安全圏まで撤退するべきである。
※ヒサゴ沼避難小屋までは5k弱はあるが、今日進んできた道であり勝手は分かっている。
※天候が回復するなら一時的にビバーグして悪天をやり過ごすのがよいとして、回復しなかった場合は厳しいビバーグとなる。

判断例②(先に進むべしという立場)
理由
※トムラウシ山頂から先は若干にアップダウンはあるものの基本的に下りであるので、上手くゆけば2k歩いて2時間ほどで前トム平に着ける。トムラウシ山頂は諦めて南沼への巻き道を使えばもっと確実である。前トム平からは下るだけで、標高1400mまで下ることが出来て安全である。その先、コマドリ分岐から若干の登り返しがあるがそこまで行ければ何とかなる。
※戻るといってもヒサゴ沼避難小屋まで5k弱はあり、歩きづらいルートである。安全圏に戻るといっても体力を消耗し妥当ではない。
※北沼からはせいぜい3時間も歩けば、前トム平を過ぎて、コマドリ沢分岐付近にまで下れるはずである。
※風雨の中、せっかく北沼までたどり着いたのであるから、ここで停滞(ビバーグ)し天候の回復を待つべきである。

考察・・・北沼において、ヒサゴ沼避難小屋と、前トム平 どちらが安全圏か?
以上二つの立場(判断例①、②)は、まことに甲乙つけ難い。それゆえに現場のガイドも判断に相当迷ったものと推察される。

図表を見て机上で考察する限りでは、前トム平へ進み下山するとする判断例②に説得力があるように思える。
しかし、結果論として、北沼でビバーグして停滞、天候の回復を待った7名のうち4名が死亡。先に進んだ11名のうち4名が死亡となった。18名のうち自力下山できた者は、5名にとどまる。少なくとも、前トム平に進んだのは賭けの要素が高い失敗策であった。

では、判断例①に従い、ヒサゴ沼避難小屋へ撤退するべきであったか?ヒサゴ沼避難小屋までは、5k弱はあるので到着するのは日没との競争になりそうである。
到着できなかった場合は、1700mの吹きっさらしでのビバーグは避けられない。それに、ツアー客の中には、体調を崩して行動すること自体出来なくなっている者も存在している。・・これも安全策とはいえないだろう。

このようなことを考えると、そういった進退窮まる状況に自分達を追いやった第一の判断、すなわち当日にヒサゴ沼避難小屋をスタートして北沼まで歩を進めたこと自体に重大な判断ミスがあったと言えるだろう。

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考察④ ツアー主催会社社長、防寒対策の不備否定

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新得町民体育館で記者会見を行い、遭難事故についてあらためて謝罪するアミューズトラベルの松下政市社長=19日午前9時42分、北海道新得町


ツアー主催会社社長、防寒対策の不備否定
2009.7.19 15:43
このニュースのトピックス:航空・海難・山岳事故

新得町民体育館で記者会見を行い、遭難事故についてあらためて謝罪するアミューズトラベルの松下政市社長=19日午前9時42分、北海道新得町 中高年の登山客ら10人が死亡した北海道・大雪山系の遭難事故で、8人が亡くなったトムラウシ山のツアーを主催した「アミューズトラベル」の松下政市社長(50)は19日、北海道新得町で会見し、防寒対策の不備が凍死につながったとの見方について「(事前に配布する)装備リストに必要なものを記載している。本人の責任で持参してもらうのが通常だ」と述べ、社としての責任を否定した。

 ツアー参加者の服装については、救助に当たった自衛隊員が「特別な防寒具は持っていなかったようだ」などと証言。今回、問題点はなかったかとの問いには「はっきりした情報がないため分からない」と述べるにとどまった。
 また松下社長は「(悪天候など)異常な事態が起これば、途中ルートを省略したり、日程を延ばすこともある」と述べ、無理な計画ではなかったことを強調した。
 一方、ガイドの一人と面会し、ガイドが「最終日(16日)の朝、参加者の体調に問題はなかった」と説明したことを明らかにした。
 8人の遺体は、安置されていた新得町民体育館から遺族らとともにそれぞれの自宅へ。松下社長は「亡くなった方のご冥福を祈るとともに、大切な家族を亡くしたご家族に心からおわびします」とあらためて謝罪した。
http://www.sankei.jp.msn.com/affairs/disaster/090719/dst0907191544016-n1.htm

感想

記者会見というのは真実を語らなくってよい場である。
警察の捜査も開始されどうやら刑事裁判が避けられないので、法廷で不利な証拠に利用されないように、マスコミなど公けの場では法廷で争点となりそうな事項について会社の責任を否定する方向の発言を行い始めたようだ。記者から受ける質問について、積極的に否定したり、あるいは、知らないと沈黙する・・。
その一方で、個々の家族とは、示談を進め「情状」を良くして行こうといった「戦略」であろう。
ガイドももちろん会社の法廷戦略に乗っていて、ガイドの発言もすでに「計算された発言(法廷論争を見越した会社側に有利な発言)」であると考えるのが筋である。

つまり、ひと言で言うと、彼ら(アミューズトラベル側)はもう「真実を語らなくなってしまった」というわけである。

これからはツアー客の生存者の証言真実を知るうえで重要となる。
(もちろん、中には、テレビドラマのように会社に金を積まれて真実を語らなくなる生存者もいずれ出てくるだろう。)

「死人に口なし」といった結果にならないように、警察にはきちんとした捜査を御願いしたいものである。

ところで、会社に法的責任があるかどうかを決めるのは、会社の社長ではなく、刑事裁判であり、民事裁判である。
遭難を引き起こした会社の社長が自ら、「会社に責任はありません」と言っても、それは社長はそういう考えを個人的に持っているという事に過ぎず、世間一般でそれが通用するものではない。
会社の法的責任の有無を決めるのは、裁判所である。




by segl | 2009-07-21 09:26 | Ⅶ 省察


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