きょうの社説 2009年8月5日

◎創刊記念日に 不況の時こそ文化に投資を
 創刊以来116年の長きにわたり、親から子へ、子から孫へと北國新聞を読み継いで頂 いている読者の温かい励ましを思うと、胸がつまり、責任の重さが肩に食い込んでくる気がします。

 昨年の創刊記念日にオープンした「北國新聞赤羽ホール」も1周年を迎え、ふるさとの 文化創造の拠点として、多くの県民に利用されました。私たちは創刊以来、数多くの文化芸術事業や教養・娯楽・趣味の講座などを開催していますが、赤羽ホールの開館によって、事業内容は質量ともに一層充実したと自負しています。

 折しも100年に一度といわれる不況下にあって、月末には「政権交代」をかけた衆院 選挙を控えています。景気が悪いうえに、選挙の結果次第で政治や社会の枠組みが大きく変わるかもしれないときに、演劇や音楽などを語ろうとすると、「何を悠長なことを」と思われる方がいるかもしれません。それでも私たちは声を大にして、不況の時こそ文化や芸術、スポーツに積極的に投資をしてほしいと、訴えたいと思います。

 先行きが不透明な時代は、だれもが慎重になって、逆風をやり過ごそうとします。でき るだけお金を使わず、貯金を増やそうとするのは、個人単位では合理的な行動であっても、経済全体で見ると、需要の減少を招き、不況を長引かせる元凶になります。

 食事や趣味、娯楽などの消費を家庭で完結させる「巣ごもり消費」を続けていても景気 は良くなりません。収入に見合う消費をすることは、生産者の生活を支えることにつながり、地域経済の活力を維持する道でもあるのです。

 それでも、生活に必要なものは一通りそろっているから、欲しいものがないという話を よく聞きます。物欲は満たされ、家は品物であふれている。もはや買いたいものは何もないという声です。

 しかし、精神的なゆとりや生活の潤いは十分でしょうか。周りにモノがあふれていても 、心は満たされているでしょうか。精神の渇きをいやす一つの方法は、文化芸術やスポーツを楽しんだり、教養を身に付けることです。自分への投資は、生活に刺激を与え、新たな創造力を生む源泉になります。芝居を見たり、教養講座に通ったり、外国語を学んだりして心を耕すことにより、これまでとは違う世界が開けると思うのです。

 1930年代の米国で、ルーズベルト大統領が「大恐慌」を乗り切るために行ったニュ ーディール政策は、ダム建設などの公共事業以外に、もう一つ大きな柱がありました。「フェデラル・ワン」と呼ばれる文化芸術支援政策です。

 出口正之・総合研究大学院大学教授によれば、米国はこの間、文化芸術活動に巨額の投 資を行い、演劇なら4年間で1200の新作を世に出し、100人の新人劇作家を育て、毎月1000公演を開催しました。音楽はさらにスケールが大きく、毎週5000公演が開催されて約300万人の観客を集め、5500の新曲が生み出されたと言います。このほか、2500カ所の公共建築物に壁画が制作され、1万800点の絵画、1万8000点の彫刻がつくられました。

 この投資には無駄遣いとの批判もありましたが、結果的に大恐慌を克服する活力を生み ました。芸術の中心地がパリからニューヨークへ移り、ブロードウエーのミュージカルやハリウッド映画などに代表される米国文化が黄金期を迎える基礎をつくったのです。

 文化芸術分野への惜しみない投資は、国家予算の投入が途絶えた後も全米各地に火種を 残しました。文化芸術振興の国家プロジェクトは、地方文化の勃興をもたらしてもいるのです。

 米国で映画や演劇という新時代の文化産業が生まれた当時と、アニメやファッション、 料理など日本文化が世界的に注目されている現在とは、どこか共通点があるように思います。国家の魅力を「ソフト・パワー」と言いますが、地方にも同じように、人を引き付けてやまぬ「磁力」が必要です。文化や芸術への投資は、県民個人の生活に潤いをもたらすだけでなく、ふるさとのソフト・パワーを磨く力になると思うのです。

(論説委員長・横山朱門)