謎が解けました。
なぜ、佐藤市議は草の根会派を「目のかたき」にしているのかの。
この理由が分かったということです。
東村山市民新聞 「佐藤市議が草の根攻撃をするわけ」★ TBSテレビ「噂の!東京マガジン」事件
後段の「女性職員に陰湿ないやがらせを繰り返した佐藤さん」に関しては事実ではない可能性もありますが、TBSテレビ「噂の!東京マガジン」の「噂の!現場」は、現在も続いているコーナーであり、この北山公園の件に関しては、この東村山市民新聞の記事は信用に値するものと言ってよいでしょう。
さらに、裁判も行われています。請願人は裁判記録を見たわけではありませんが、この新聞の発行人と編集長は公職に就かれている方です。裁判について虚偽の言行を行うとは思えません。
新たに事実と違うことが判明すれば別ですが、請願人はこの記事の主張は概ね「正しい」と考えています。
つまり、東京都の認証保育所である「空飛ぶ三輪車」の園長の話を鵜呑みにしていることこそが、佐藤市議の言行の「源」になっているということです。
佐藤市議のモチベーションの「源」は、市民への奉仕という高尚なものではなく、敵対者をやっつけるという何とも低俗なものであったことが分かったということです。
請願人は昨年の11月の旧ブログにこのように書きました。
市議会として極めて重要な「案件」である保育所問題には中心的に取り組み、多額の市民の税金、多額の都民の税金、多額の国民の税金が投入される公共事業である東村山駅西口再開発を、議員になって2年後に「ローカルな話題」と表現する佐藤まさたか市議に政治信念、政治信条がはたしてあるのでしょうか。「見識が疑われる」とはまさにこのことだと言ってもよいでしょう。
佐藤市議の頭の中は「草の根攻撃」で一杯だったのでしょう。政治信念、政治信条など最初からなかったのです。
そうであるからこそ、請願の無審査をあっさりと認めてしまうというような「思考回路停止状態」に陥ってしまうのです。
そうであるからこそ、ご自身のブログで「加害者」や「被害者」を生み出しても決して止めようとしない「暴走」が続いているのです。公人としての自分と私人としての自分を全く「分別」できていない・・・まさに無制御状態と言わざるを得ません。
昔「鉄人28号」というアニメ番組がありました。主題歌の中に
「良いも悪いもリモコン次第・・・・」「敵に渡すな大事なリモコン・・・・」
という一節があります。
請願人は「空飛ぶ三輪車」関係者から「ひどいこと」を言われたこともあります。草の根会派の議員と同一視されたこともあります。
佐藤市議をリモコンで操っている人間がいるのかどうかは分かりません。しかしながら佐藤市議のモチベーションの「源」がはっきりした以上、請願人が佐藤市議に対して期待するものはゼロになった、このことだけは申し上げておきます。
次に、佐藤市議の住民投票活動での働きぶりについて書きます。
本来住民運動は、印象的に「明るいもの」であり、このような裏事情を公言することは慎むべきであると請願人も考えます。
しかしながら、今日のこの最悪な状況を鑑みた場合、あるいは4年後の「正しい」市議選を考えた場合、佐藤市議の住民投票での働きぶりを市民の皆さんに知っていただくことは必要なことであると考え、不本意ですが公開させていただきます。
※「今日のこの最悪の状況」とは、佐藤議員の一連の暴走行為と佐藤議員の公式ブログにおいて、請願人の存在を全く無視するという、公職に就くものとしてあるまじき稚拙な行為を指しています。
1、全体的評価
住民投票を求めた「みんなで決めよう!東村山駅西口再開発」市民連絡会の活動は、もちろん市民主体で推進してきました。それでも議員の支援がなければあそこまで盛り上がることはなかったものと、条例案制定の請求代表者を務めた請願人は考えます。
実際に各家庭にチラシを配布してくれたのは日本共産党の支持者の方々です。西口再開発の問題点を議会で指摘してきた佐藤議員や共産党の福田議員からの情報提供も効果的でした。
佐藤議員や福田議員はこの西口問題には熱心に取り込まれてきたのは事実です。「議員として当然の活動だ」という意見もありますが、両議員は「活動し、成果を残した」このことは事実であり、評価されて然るべきものであると思います。
佐藤市議の「リーダーシップ」は評価できませんが、チラシを作成したり、いくつもの「戦い」用のツールをつくったりしたマネージメント力は高く評価できると請願人は考えます。活動中はまさに「走りまわっていた」という表現が当てはまり、住民運動を中心的に支援してきたことを認めない市民はいない、そう考えます。
2、佐藤市議に猛省を促したいこと
前述したように、この住民運動の価値を下げるようなことは公開したくないのですが、佐藤市議の行動選択の間違いをいくつか指摘しておきます。
第一に「市民連絡会」の名称変更に関してのことです。
当初世話人会?で決定した会の名称は「みんなで決めよう!東村山ヒルズ」市民連絡会という名称でした。「東村山ヒルズ」と言うのは請願人の造語です。もちろん「六本木ヒルズ」や「表参道ヒルズ」から取ったものです。
この名称を強く支持したのは薄井政美氏でした。「若い人に興味をもたせることによりこの西口問題をより浸透させることができる」つまり、「東村山ヒルズって何?」と思ってもらおうとする作戦です。
「西口再開発」をメインの名称にすると、西口問題に興味のない人は関心を示さないとするという意見が多く、「みんなで決めよう!東村山ヒルズ」市民連絡会という名称に決定し、この会は動き出しました。
しかし、です。8月に入ってからでしょうか。いつのまにか、この名称は「みんなで決めよう!東村山駅西口再開発」市民連絡会という名称に変更されました。
問題は、請願人には何も知らされず変更されたことです。佐藤市議に確認しましたが、「何の活動なのか分かりづらい」というのが変更の理由であるとのことでしたが、誰の意見で、どのような立場の人によって変更されのか、請願人は当時、追及しすぎると市民の会自体に良くない影響が残ると考え、内心は佐藤市議のこの選択に「憤慨」していましたが、追求を控え名称変更を容認したというのが実情です。
こんなことをアメリカ人相手に行ったら最後、二度と相手にされません。佐藤市議にはそのことを肝に銘じていただきたいと思います。
第二に、「一家に一人受任者」の問題です。
佐藤議員の力で埼玉県狭山市の中川市議から署名活動を効果的に行うためのアドバイスをいただくことができました。詳細は書きませんが「一家に一人受任者(署名ボランティア)」作戦です。合法的に諸名簿を家庭に配るというイメージをしてください。狭山市ではこの方法を用いて入間市との合併の是非を問う住民投票に持ち込んだと聞きました。
東村山市でもこの方法をとろうということで準備を進めました。実際にこの作戦を実践するための受任者マニュアルを作成したのは請願人です。もちろんこの狭山市方式には賛成の立場でした。
ところが・・・またもや、です。受任者マニュアルは最終的に佐藤市議の議員控え室で佐藤市議同席のもとで最終調整されましたが、その数時間後に、請願人がいない場所でこの狭山市方式はひっくりかえされました。
「受任者になった日の管理ができない」というのがその理由です。
請願人は「狭山市でできたことがなぜ、東村山市でできないのか」と抗議しましたが、時すでに遅し・・・でした。
請願人はこの時も堪えました。正しくないことは徹底的に追求するのが請願人の信条ではありますが、やはり追求すれば市民による「会」のこの後の運営に支障をきたす、そう考え黙っていました。
この件ではっきりしました、
佐藤市議は「ひっくりかえす」ことを選択することを何とも思っていない人だと
知らされました。
第三の選択の失敗は、「受任者用論点整理集」が配布されなかったことです。
10月中旬のことです。市民の集いで西口問題の論点を整理した資料を配ろうという提案を請願人は行いました。(世話人会でも承認されたと記憶しています)
その上で、実際にA4用紙6ページほどの資料を請願人が作成しました。目的はもちろん、受任者が署名者に論点を説明し易くするためです。他意はありませんでした。
この資料の内容や「発行者」の最終確認を行ったのは「はてなのゆりさん」のお店であり、佐藤議員も同席していました。「発行者」を代表世話人○○ ○とすることも佐藤議員は了解していました。
この資料は印刷に回され、配布当日を迎えましたが・・・
二度あることは三度ある・・・のです。
請願人は仕事の関係で当日は東京にいなかったと記憶していますが、後日資料は「配布されなかった」ことを知りました。
その理由は、請願人は「代表世話人」ではないからだそうです。「代表世話人」とは特別な決定権を持った人間でもありませんし、世話人から選ばれた副代表でもありません。市民連絡会の組織は「文鎮型」であり、代表を支える個人やグループ、そして世話人が広く横に連携するというスタイルを取ってきました。言ってみれば、組織とも言えない「集合体」です。ですから、代表世話人という名称には全く固執する理由はないのです。対外的な単なる肩書きです。
それにも関わらず、それだけの理由で配布しない。他の世話人からの指摘だと聞きましたが、「代表」が問題ならば、その部分をマジックで消せばよいだけです。100部も用意していたかったのですから。
この件に関しては、佐藤市議から請願人に「お詫び」がありました。
それでも、です。佐藤市議とは主従関係にはありません、これは例えですが、部下が上司の決済をもらい提案を提出したものを、その上司が会議で取り下げてしまう、このような行為をしたら部下は二度と上司を信頼した提案書を書かなくなってしまいます。部下に「正体」を見破られます。
佐藤市議は大学卒業後、どのような職業上の教育を受けてきたのか、部下を持ったことがあったのかは知りませんが、
この行為も一般社会であっては「やってはいけない行為」です。実際に請願人は「裏切られた」と受け取ったのは事実です。
この後も請願人は「何もなかった」ように振る舞いました。署名活動中であり、主張してもなにも生み出さないと判断したからです。
このようなことがあったことは誰も知らないことです。もちろん請求人だけでなく、この活動に参加した人たちはそれなりの苦労や心労はあったことでしょう。市民運動の難しさを本当に実感しました。
さて、佐藤議員に関する最大の問題点です。それは「請願人外し」です。
旧ブログで佐藤市議を批判したことにより、その後請願人は「村八分」のような仕打ちを受けることになりました。このブログでも明らかにしているように薄井市議からは「絶縁宣言」のメールを送りつけられました。世話人会から抜けたのはこちらの意思ですが、請求代表者である請願人にはその後、市民連絡会から一切情報が入らなくなりました。
一切です。徹底した「無視」でした。
究極の「いじめ」とは相手の存在を「無視」することであることは誰でも知っていることでしょう。異論を伝えただけで住民運動を展開したグループから最大限の「いじめ」を受ける。異常な「何か」に汚染された卑怯者たちが使う常套手段です。
東村山市(選菅?)から請求代表者へ結果報告?があったのも後になって知りました。ひどいことをする人たちだとは考えていましたが、このような方とは以後無縁でありたいと考えたこと、市民連絡会の活動全体の「レベル」を下げるこのことは好ましくないこと、このことが以前のブログに書かなかった理由です。
止めを刺したいと思います。ここからが佐藤市議問題のクライマックスです。
こちらの記事をご覧ください。
市民連絡会の公式ブログです。
これも後から知ったことですが、この会の最後に「市民が市長をつくる会」の呼びかけがされたということです。
聞いた話では、請願人同様、住民投票の実現を目指した「市民連絡会」の世話人であり、条例案制定の請求代表者であった三島 悟氏が呼びかけ人であるとのことでした。
そして・・・翌年1月27日を迎えます。
茶番劇「市民が市長をつくる会」の始まりです。
ここではこの集会の中身は書きません。興味がある方は以前にこのブログに書いたこの記事をごらんください。
しかしながら敢えてこの会での佐藤市議に関して書くとすれば・・・一番後ろの席で「天を仰いでいた」という印象でした。
「筋書き」とは違う展開に困り果てていたのでしょう。
請願人は何を問題にしているのかを明らかにしましょう。西口一派による情報の隠匿行為です。
西口一派とは冒頭の「北山公園問題」で活躍した「空飛ぶ三輪車」園長などです。誰がどう関わっていたのかは知りませんが、闇に隠れ確実に存在する「一派」と理解ください。
隠蔽行為の事実です。
12月23日に行われた市民集会後の三島氏の呼びかけのことは、市民連絡会の公式ブログには一言も記載されていません。
このブログの管理者は佐藤市議であり、ほとんどの記事を書いていたのも佐藤市議です。
そして、茶番劇のスタートまで、この間に「仕込まれてきたこと」つまり、27日の「市長をつくる会」の代表を初めとする役員人事や会の進め方などの重要情報は、市民には一切知らされることはありませんでした。
市民が知らない全くの「密室」で代表から世話人、市長候補者までもが決められていました。
推察ですがこの作戦を考え出したのは、この会の司会を務めた薄井政美市議でしょう。異論を封じるといことに関しては前述したような「実績」があります。
この点では佐藤市議は市議候補として「苦しい立場」であったのでしょうが、おそらく「市民派議員と市民派市長の当選のためには○○(請願人)のような人間が入り込んでくることは市民のためにならない」という詭弁に説得され、本意ではなかったのかもしれませんが、結果的に佐藤市議は「情報隠匿行為」に加担することを選択することになった、というのが真相でしょう。
この間、公式ブログや佐藤議員、薄井氏のブログには「市長をつくる会はこのように進んでいます」という経過説明は一切書かれなかったと記憶しています。
それではなぜ「無視」といういじめを受けていた請願人がこの会の開催を知ったのでしょうか。
請願人が27日の集会を知ったのは「偶然」でした。ある人に「27日は参加されますか」と尋ねられたことがきっかけでした。その人にお会いしなければ請願人はこの会と反自公の市長候補擁立の動きを知ることはなかったでしょう。
それほど、12月23日から1月27日までの情報操作、情報隠匿行為は「徹底したもの」でした。
ここまでくると、もはや「悪だくみ」と言えるのではないでしょうか。
特定の人たちが用意した市長候補とその候補を応援する市議候補たちの当選のためには、民主主義的手続きなど不要、目的のためには手段を選ばないという思想集団は、あの問題を引き起こした「カルト教団」と相通じるものがあると請願人は考えます。
佐藤市議や薄井市議はやってはいけない「取り返しのつかないこと」を行ってしまった。請願人はそう断じざるを得ません。
さて、さすがに「みんなで決めよう!東村山駅西口再開発」市民連絡会の流れをくむ「市民が市長をつくる会」です。会の理念が「みんなで決めよう!」ではないことを全員が「自覚」していたのでしょう。「みんなで決めよう!市民が市長をつくる会」ではなく、トトロの里にふさわしい・・・会と名づけました。さすがです。
ここで、この西口一派の「たくらみ」が成功していたら?を考えてみます。
請願人たち「みんなで決めよう!流れを変える市民の会」や共産党を支援する「明るい会」の方々が、この一派の「たくらみ」に目をつぶり、「似非市民派候補」で一本化されてしまっていたら・・・現在の市長は渡部市長ではなく「小倉市長」になっていた可能性が高いと請願人は考えます。見識のあるほとんどの方はそう考えるのではないでしょうか。
そして当然のように、このような「たくらみ」を実行に移した一派が、市長の「取り巻き」として活躍する・・・恐ろしいことになっている市政を請願人は想像してしまいます。
止めを刺せたのか分かりません。
公職にある佐藤・薄井市議による一般市民への究極のいじめ・・・「無視」行為は、残念ながら今も続いています。
両市議に問いたい。ご自分のご家族が公職にある方から「無視」されたらどう考えますか・・・と。
最後です。
結論的に、佐藤市議は「期待できない」市議です。市政への登場の背景とその「使命」は反草の根であり、書いてきたように佐藤市議を支持してきた請願人への度重なる「裏切り行為」を振り返って考えたとき・・・ある種の「悲しみの念」を禁じ得ません
佐藤市議は東村山という「村社会」の、その一部の「お仲間社会」では生きていくことはできても、グローバル化された社会を知る人とは普通の議論さえもできない、残念ながら現在の佐藤市議の能力レベルはその程度です。
残念ですが・・・
※グローバル化はアメリカンスタンダード化とは違います。異文化コミュニケーショに関することを申し上げているのです。
ここまで書いてきたことは「事実」です。推察と書いたところ以外はまさに佐藤市議の「実像」です。
いつも長文を読んでくださる読者の方にここで申し上げたい。
「心を入れ替え、市民のために尽くして欲しい」佐藤市議にこのようなメッセージを送って頂けないかと・・・。