<リプレイ>
沈み行く太陽が、学び舎を朱に染める。 逢魔時。 そのときには、化け物たちが暮れていく時を今か今かと待っているのだろう。 まだ一般人からは完全に気付かれてはいないが、この付近には多くのゴーストたちが潜んでいる。 「それにしても」 空を仰ぎ、神威・空(終焉を告げる黒龍・b02606)が大仰に溜め息をつく。 相手はただのゴーストでない。 「さんざんゲームで倒した相手だがまさか、この身をもって対峙することになるとはなぁ」 「ジェリーが現実にまで出てくるとは、ねぇ」 風早・裕(地を薙ぐ風・b00009)と浅倉・郁(息抜きの合間に生きる者・b17286)の言葉が夕暮れの世界に響く。 そう、今回の相手は、ディスティニーサーガにいたジェリーたち。 「リアルなジェリーとかあんま見たくなかったけど」 遊馬崎・水葉(空色笑顔日和・b56288)が、敵の感想を述べる。 リアルなジェリーを想像してみる。デフォルメされた姿なのか、それとも現実に即した姿なのか。前者はまだしも、後者は何かいやだ。 「うーん、ジェリーか。ビジュアル的には微妙だ……あんまり燃える敵じゃあないわな」 「そうかなぁ? モンスター、冒険ファンタジー、こういう世界に入って戦うのって、夢があって素敵だと思うんだけど」 沢渡・沙希(黎明へ至る蒼き闇・b03474)があまり気乗りしない声で言うが、獅竜・瑠姫(スターメイガス・b00740)はちょっと楽しそうな声で言う。 「でもさ、冒険とかっていったら、やっぱり竜とかだろ?」 「それは、そうですけどぉ」 よりにもよってジェリーなのである。底辺級のモンスターなのである。 とは言え、ゴーストには変わりない。気を抜けば即座にやられかねない事は分かっている。 「それに毛色の違うゴーストもいるみたいですし」 「ん〜? ケルベロス、何とか無事に保護したいんやけど」 裕が考えるように呟くと、グローリア・シルバーマン(正義の味方・b52504)が己の想いを告げる。 いや、全員の考えはそこに向いていた。 「とにかくゲームの後始末、いってみますか!」 「そうですね、ふふ、参加できなかった恨みを晴らすには……いえいえ、しっかりと倒しに行きましょう」 沙希の気合の入った言葉の後ろで、灯神・漣弥(中学生黒燐蟲使い・b03209)のどこか恨みのこもった黒い笑顔を見せていた。
歩くこと数分。予報されていた地点に近づいてきた。 ふと、何か低い音が聞こえてくる。 「この声、ケルベロス……!?」 瑠姫が唸り声のような声に気付いた。 「早く行こっ!」 水葉もそれに気付き駆け出す。 全員、路地裏へと入る。曲がり角を一つ超えると、右手に異世界のものが見えた。 「って、うぉっ、でかっ!」 沙希がその姿を見て驚く。そこには、ライオンほどの大きさの獣が体勢を低くし、唸り声を上げていた。 きっと、これがケルベロスなのだろう。小さい個体もいるという噂も聞いていたが、目の前にいるのは予想よりも大きかった。 「あ、ジェリー」 奥の方でぷるぷると体を震わせている物体。全身を使ってケルベロスに対して威嚇しているのだろうか。しかし、迫力はまったくない。 ただ、その情景はまるでゲームのワンシーンを切り出したかのよう。 体勢を低くしていたケルベロスの上体が跳ね、ジェリーへと飛びかかる。 それが合図のように弾けた。 真っ先に駆け出したのは瑠姫。同時に、同じく前衛を担当する空と郁、グローリアのスカルロードであるミヤモトさんが動いていた。 四人で横一列に並び、ジェリーたちの相手をする予定だったがケルベロスもいるため、全員が並ぶにはやや狭い。 前衛の中で唯一、遠距離から攻撃する手段を持っていた瑠姫が中衛に代わり、魔弾の射手で自分の魔力をめぐらせる。 「ええい、狭ささえなければあたしだって前に出るものを。後ろは性に合わないー!」 後方では旋剣の構えを取りながら叫ぶ。同じく漣弥、裕も自己を強化していた。 前に出たミヤモトさんの大鎌がジェリー目掛けて振り下ろされる。一閃した直後に、はらはらと紙が舞い、ジェリーたちを切り裂いていく。グローリアのパラノイアペーパーだった。 「さー、ジェリー掃除をはじめよー!」 ジェリーたちの前に立ち塞がる三人の後ろから、水葉の叫び声が響いた。 流れるような動きでジェリーの目の前まで郁は近づく。 「くるくるくる〜っと♪」 槍を構え、その場で高速回転しジェリーたちを切り刻んだ。目の前の三体からゼラチン質の飛沫が飛ぶ。 空が一撃を繰り出す直前、体を震わせていただけのジェリーが突然に体当たりを仕掛けてきた。 だが、その動きは遅い。 「ふんっ!」 半身になって避けると、その拳へ獣の闘気を纏わせて、そのまま叩き付けた。 一撃で砕け散るジェリー。手応えはほとんどない。そこまで強い個体ではなかったのだろう。 「キャッ!?」 「うわっ!」 だが、後方で叫び声が上がる。後ろにいた九体のジェリーたちが一斉に、沙希と瑠姫、漣弥に目掛けて酸を吐きつけていた。強化していたために、身体中へと毒が一気に回る。 「くっ、この……! 全力で行きます!」 毒に身を蝕まれつつも、瑠姫が強化した魔力で炎を模らせ叩き付ける。 煉獄のごとき炎は一体を一瞬の内に焼き尽くし蒸発させていた。 「う、ぐぅっ……」 沙希と漣弥の体にも毒が回る。何体からもの集中攻撃を受けたため、毒の量も多い。攻撃よりも回復に手を回さなければいけないほどだ。 「大丈夫か!? 今、治す!」 裕の浄化の風が二人の毒を一気に癒す。 「すまん、助かる」 「有難う御座います……」 礼を言いながら安堵の息を漏らした。 いくらなんでも何回分もの毒を浴びてしまえば危険すぎる。 さらに、どうやら奥にいる個体の方が総じて強いようである。 (「強化は不味かったかもしれないな」) 苦虫を噛み潰したかのような顔で、裕はそう考える。 後方で控えていたためか自分は対象にされなかった。だが、攻撃のため完全に射程内にいる仲間はその危険に晒される。 「うーん、どいつが強いんだろう?」 水葉は、もっとも強いジェリーを麻痺させようかとも考えた。そうすれば、格段に有利になる。だが、見た目での判別は分からない。奥にいる何匹かの内の一体がそれであることは分かっているのだが。 「ま、いっか」 それよりも数を減らすことの方が先決と、再び地獄の叫びでジェリーたちに傷を与えていく。 (「はよケルベロスを何とかしたいんやけど」) グローリアがケルベロスの様子を見る。一体のジェリーへ素早くその爪を振るっている。 (「んにゃ、とにかくジェリーを倒さんと」) 想いを込めたパラノイアペーパーがジェリーたちを蹂躙する。前に出ていた三体とずっと回避できていなかった奥の一体が消え去る。 そこにこじ開けられた穴へ郁が飛び込み、槍の猛威を叩き込む。 だが、ジェリーたちも黙っていない。今度は残った六体が一斉に周囲へ酸をばら撒いた。 その範囲に入っている強化していた瑠姫、漣弥、沙希の三人が毒を浴びる。一撃にそこまで威力はないが、大量の毒が体を蝕んでいく。瑠姫もさすがに今回は攻撃どころではなかった。 裕の浄化の風がなければ、かなり危ない戦いになっていたかもしれない。だが、浄化の風によって毒は清められていく。 とは言え、攻撃の手は確実に緩まない。幾度かの攻防で次第に数を減らしていくジェリーたち。 沙希のダークハンドが残った三体のうち、一体を真っ二つに引き裂いた。 残るは二匹。 頃合いか。 水葉がケルベロスへ向けて、パラライズファンガスを放つ。 咄嗟の一撃な上に、背中を見せていた相手から攻撃されたためケルベロスは体を引きつらせ、その動きを止める。 「敵意はないんだけど、ごめんね?」 麻痺したケルベロス。このまま鎖で縛れば。 だが。 『グルルルルルル!』 二巻きした頃に、ケルベロスの麻痺が解けて襲い掛かってくる。 「キャァッ」 相手に戦闘の意思がある限り、麻痺は治る可能性がある。 最悪、麻痺させても数秒と経たない内に回復してしまう。 何が正攻法だったか。それは、戦意を削ぐことだったのだろう。 そうでもしない限りは、状態異常など回復されてしまう。 すでにケルベロスはこちらへと敵意を剥き出しにしている。 しかもジェリーたちも二匹ほど残っている。厄介なことに割と強い個体だけだ。範囲攻撃を繰り返していたため、その状況は必然的だ。 吐き出した酸で、瑠姫と沙希が毒に侵される。 ケルベロスも水葉へと飛び掛ってくる。とっさに避けたが、状況は良くない。 「ああ、どうしよう……」 予定とは違うケルベロスの動きに郁が少し混乱する。その隙を逃すまいとジェリーが郁へ酸の塊をぶつけようと身構えていた。 だが、そこへ空の龍尾脚がジェリーを抉った。耐え切らずに霧散するジェリー。 「ジェリーは俺が引き受ける。ケルベロスのことは任せた」 後ろを向いたまま、空が言う。そのまま残ったジェリーへ向けて駆け出した。 その言葉に郁が決意の眼差しを向けて頷く。 一歩前へ。 水葉が再びパラライズファンガスでケルベロスを狙う。 「もう一度……!」 「待って」 攻撃の手を制止して、郁がケルベロスの目の前に立つ。 そのまま笑顔で話しかける。 「ここであったのも何かの縁、一緒に学園へ来る気は無いかな?」 『グルルルルル……ガァッ!』 「うっ……!」 ケルベロスが郁の肩に噛み付く。じわりと服に鮮血が滲む。 それでも、退かない。 「きっと、楽しいよ。だから」 そっと頭を撫でる。 敵意を与えないように。それだけを考えて。 そんな郁に敵わないと悟ったのか、次第に顎の力が緩まっていく。 顎を離すとそのまま振り返り、その場から退こうとする。 「あ、待って……」 近づこうとするが、拒絶するように唸り声を上げる。 郁に対する敵意はないようだが、どうやら不信感までは拭えなかったらしい。 特に周囲が近づこうとすれば、威嚇してくる。連れて帰るなど不可能に近い。 わずかな逡巡。 相手はゴースト。放っておけば、どうなるか。 答えは分かっている。分かっているが、動くに動けない。 その答えを真っ先に出したのは瑠姫と漣弥だった。 「ゴーストは放っておけないから」 「やりにくいのでしたら私が……」 夕日の朱と炎の紅が混じり、長剣がその赤を反射し光った。
「終わったか?」 最後に残ったジェリーを片付けた空が振り返る。さすがに強い個体を一人で相手するのは骨が折れたが、全員の攻撃を受けていたため何とか倒すことができた。 「うん……」 郁が悲しそうに呟く。自分の想いが届かなかったことが少しだけ寂しかった。 「うーん、学園につれて帰りたかったんやけど」 グローリアがゴーストたちのいた空間を見続ける。そこにはジェリーもケルベロスの姿もない。 虚実の化生たちは幻想にすべて帰っていた。 「何か後味悪ぃな……」 沙希が呟く。 だが、彼らの手によって平穏が訪れたことだけは確実で。 夕日は穏やかに学研都市を照らしていた。
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参加者:8人
作成日:2009/08/02
得票数:怖すぎ1
知 的1
せつない12
えっち1
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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