きょうの社説 2009年8月4日

◎裁判員裁判開始 貴重な経験生かしてこそ
 東京地裁で始まった裁判員裁判は、閉廷直後に傍聴者が反対を叫ぶ一幕があったものの 、初日の審理はおおむね順調に進み、分かりやすさを優先した検察、弁護側の立証活動は刑事司法の在り方が大きく変わっていくことを印象づけた。

 公判を重ねていけば制度の不備や想定外の問題が表面化する可能性もあるが、走り出し たからには一つ一つの事例を丁寧に検証し、よい方向へと変えていかねばならない。そのためにも裁判員の経験は貴重であり、審理や評議で感じたことを社会全体で共有していく必要がある。厳しすぎるとの批判もある「守秘義務」に裁判員が萎縮しないよう、司法関係者は体験者の生の声が制度改善に反映できる裁判環境を整えてほしい。

 裁判員裁判の対象となった殺人事件の初公判では、検察側が現場見取り図などを大型モ ニターに映して犯行状況を再現し、難解な法律用語をできるだけ避けるなど模擬裁判を重ねた成果をうかがわせた。被告が起訴内容を認めたため、焦点は量刑に絞られ、裁判員には殺意の程度や情状についての判断が求められることになる。

 否認事件や責任能力が問われるような事件は公判前整理手続きや精神鑑定などに時間を 要するため、裁判員裁判では当面、整理手続きが短時間で終了する事件が続くとみられる。制度はまさに手探りのスタートといえるが、法廷で新たな試みを導入するのはよいとしても、裁判の公正さや真相解明の機会が損なわれないことが前提であるのは言うまでもない。

 内閣府が7月下旬に公表した世論調査では、裁判員候補として呼ばれた場合、「義務だ としても行くつもりはない」と答えた人は25・9%に上り、抵抗感の根強さをうかがわせた。人を裁くことに不安を覚えるのは当たり前のことだが、負担に感じる人がさらに増えていけば裁判員制度の定着はおぼつかないだろう。

 制度をきっかけに国民が刑事司法に目を向け始めたのは望ましいことである。この関心 の高まりを司法改革につなげるためにも裁判所は制度の意義が実感できるような柔軟な運用を心掛けてほしい。

◎ふるさとの文学館 幅広い層が親しめる場に
 富山県の文学の拠点施設として、県が整備をめざす「富山ふるさと文学館」(仮称)の 方向性が、ふるさと文学資料評価・活用委員会に提示された。気軽に楽しみ、学べる場として、展示室や作家の書斎再現コーナーなどの設置を提案しているが、この一環で、県は、映画や漫画、アニメも含めた埋もれた資料の収集をスタートさせており、収集された多彩な資料が文学館で紹介されれば、言語表現だけにとどまらないさまざまな創作の粋に触れる場としての特徴も持たせられよう。

 石川県にも、地元の近代文学の業績を包括した施設として、金沢市の石川四高記念文化 交流館内に石川近代文学館があるが、全体としての入場者が好調なのに比べ有料ゾーンの石川近代文学館の入場者数が伸び悩んでいる状況で、県は、今春から有料ゾーンの「無料の日」を設けて、認知度アップを図っている。

 近年では、県出身の漫画家や映像作家の中にも中央で活躍している才能豊かな人材がい る。この際、文学ジャンルを柔軟に考えて、郷土が生んだ映像やアニメの資料なども加え、幅広い層が親しめるように、展示内容の充実を図ることも考えてはどうか。

 富山県のふるさと文学館はこれから内容を詰める段階だが、整備案では、映像コーナー や検索ブース、子ども用スペースの設置も検討すべきとした。堀田善衞氏ら多くの作家を輩出していると同時に、「ドラえもん」の生みの親である藤子・F・不二雄氏や、米アカデミー賞受賞作「おくりびと」の滝田洋二郎監督の出身地でもあり、文芸創作を幅広くとらえた展示構成の魅力は大きい。

 石川県内からは近年、七尾市出身の乃木坂太郎氏や宮下英樹氏ら、活躍著しい漫画家が 巣立っている。たとえば出身漫画家の代表作やアニメの原画などが展示されたり、映画の舞台として能登や加賀のロケに使った備品を発掘して展示すれば、県内だけでなく遠来客の関心も引くのではないか。文芸活動の未来を見据えるなら、基本を踏襲しながら「文学」の枠を飛び越えることも必要だろう。