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「フジヤマのトビウオ」古橋さんが急死

競泳自由形で世界新記録を連発した古橋広之進さん=1949年(共同)
競泳自由形で世界新記録を連発した古橋広之進さん=1949年(共同)

 「フジヤマのトビウオ」が逝った。戦後の混乱期に水泳選手として活躍した日本水泳連盟名誉会長の古橋広之進(ふるはし・ひろのしん)さんが2日、世界選手権を開催中のローマで死去した。80歳。現役時代は世界記録を33度も更新し、敗戦で疲れた国民の心をいやした。引退後は、日本水泳連盟会長、日本オリンピック委員会(JOC)会長など要職を歴任し、日本スポーツ界に貢献していた。葬儀・告別式の日取り、喪主は未定。

 現役時代「魚になるまで泳げ」をモットーに練習し続けた古橋さんは、ひっそりと息を引き取った。世界選手権の最終日に、滞在先のローマで亡くなっているのが発見された。同行している知人が午前8時ごろにホテルの部屋に呼びにいったが反応なく、さらに同10時半になっても応答がなかったため、担当者に事情を説明。カギを開けてもらうと、古橋さんはベッドの上で死亡していた。

 日本水連によるとイタリアの警察当局は、死亡推定時刻は2日午前8時(日本時間同日午後3時)ごろで「死因は不明だが自然死」と判断され、日本のチームドクターは「急性心不全による自然死」と解釈した。

 古橋さんは7月13日にローマ入りし、副会長を務める国際水連の会議などに出席。メダルのプレゼンターも務めていた。1日は体調が思わしくなく、ホテルで静養。その後、日本水連の佐野会長らとイタリア料理店でパスタ、イカリング、アイスクリームを食べるなど食欲はあったが「胸がゼーゼーする」と話していたという。飲酒はせず、午前0時には部屋に戻った。3日に帰国予定だった。

 戦後の国民的英雄だった。勤労動員中の1943年、作業中の事故で左手中指の第1関節から先を失った。競泳選手としては致命的だったが、猛練習で補った。終戦から3年たった48年。敗戦国日本はロンドン五輪に招待されなかった。出場していれば、金メダル候補だった。ならばと、日本水連は、日本選手権をロンドン五輪と同じ日程で行った。神宮プールで、古橋さんは400メートルと1500メートルの自由形で、同五輪での優勝タイムを破ってみせた。

 翌49年、日本水連は、国際水泳連盟のメンバーに復帰した。古橋さんは同年8月、ロサンゼルスで行われた全米選手権に出場。1500メートル自由形予選で18分19秒の世界新をマークした。前年の五輪優勝記録を約1分も上回っていた。一夜にして、全米中のヒーローになった。新聞の見出しは「Flying Fish of Fujiyama」。「フジヤマのトビウオ」が世界に知れ渡った。

 五輪には縁がなかった。52年ヘルシンキ大会に初出場し、日本選手団主将を務めた。しかし、50年の南米遠征でアメーバ赤痢にかかった影響が続き、400メートル自由形で8位にとどまった。五輪後に引退し、日大教授などを務めるかたわら、85年に日本水連会長に就任。低迷していた水泳界の競技力向上に努めた。

 90年から約10年間、JOC会長を務めた。事務局員で古橋さんを支えた川杉収二さんは「別格の存在で重みがあった。いてもらうだけでよかった」と振り返った。海外でもその名は知られ、国際水連だけでなく国際大学スポーツ連盟でも副会長の重責を担った。今年6月、日本水連は競泳日本代表の愛称を「トビウオジャパン」と命名した。フジヤマのトビウオは、後輩たちに魂を引き渡すようにして、天国へ旅立った。

 [2009年8月3日8時30分 紙面から]


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