けやき並木周辺整備
更新日 2008年4月1日
「馬場大門のケヤキ並木」を府中のブランドとして確立し、良好な状態で次世代に継承するため、けやき並木周辺整備に係る諸施策を総合的に調整する課として、平成18年度に「けやき並木周辺整備担当」が新設されました。
府中市のシンボルけやき並木
昭和50年代のけやき並木
現在のけやき並木
府中市のシンボルと言える馬場大門のけやき並木は、桜通りから大国魂神社の参道に沿って南北に約600メートル、幅約30メートル、けやき約150本の並木のことです。
けやき並木の歴史
1.奈良時代に、この場所に武蔵国の国府があったと言われ、その街路の1つとして、街路樹が植栽されていた可能性があると推測されています。
国府:国庁・国衙とその周辺に広がる諸施設や民家が広がる空間全体のこと。
国庁:国司が行政を掌る役所の中枢施設のこと。他国の発掘例では、正殿・脇殿がコの字に配置される。
国衙:国庁を中心とした周辺の役所群のこと
2.平安時代(1000年代半ば)に源頼義・義家父子が奥州安倍一族の乱を鎮圧するために祈願成就の御礼として、苗木千本を寄付したと言われています。
3.江戸時代(1600年前半)に大阪の役で戦勝した徳川家康がけやきの両側に馬場を献納し同時にけやき並木を補植したと言われています。
当時府中は湧水の質が高く、良質の軍馬を生産していたことが、馬場献納の理由とされています。また江戸幕府の五街道整備により、府中は甲州街道の重要な宿場町となったため、馬の需要が高くなった関係から馬場のあるけやき並木が成立したものと思われます。
けやき並木存在の確かな証拠で、現存する最も古いものは、「武蔵名称図会」本所社頭図にある、寛文7年(1667年)の制札です。その内容(馬場の土手に植えた苗木を抜き捨てないこと)からその時点での樹種は不明であるものの、馬場の土手に苗木が植栽され、遅くとも寛文7年には並木が存在していたことがあきらかです。
天然記念物であるケヤキ並木
「ケヤキ並木」は当時の「史蹟名勝天然紀年物保存法(大正8年)」に基づき、天然記念物として、大正13年7月12日に東京府より仮指定され、同年12月9日に指定されました。現在は、「文化財保護法(昭和25年、最終改正平成16年)」により、天然記念物として保護されています。
当時の指定事由は、「植物ノ一、著シキ並木、欅数六十本」とあり、文化財保護法としての指定基準としては、「特別史跡名勝天然記念物及び史蹟名勝天然記念物指定基準(昭和26年5月10日)による「植物1」、すなわち「(一)名木、巨樹、老樹、畸形木、栽培植物の原木、並木、社叢」であることとなっています。
種別:国指定天然記念物
名称:馬場大門のケヤキ並木
所有者:東京都(建設局)東京都西新宿2丁目8番地の1
宗教法人大国魂神社 東京都府中市宮町3丁目1番地
管理者:宗教法人大国魂神社 東京都府中市宮町3丁目1番地
指定年月日:大正13年12月9日
指定範囲:東京都府中市宮町1丁目、宮西町1丁目、寿町1丁目、府中町1丁目 地内
市政世論調査(けやき並木に関する質問)の結果
第38回(平成18年)、第39回(平成19年)市政世論調査における、けやき並木に関連する施策の調査結果について、こちらをご覧ください。
平成18年の結果 PDF 形式: 99KB
平成19年の結果 PDF 形式: 30KB
けやき並木と調和した魅力あるまちづくりの推進
府中を代表する歴史・文化的財産であり、市のシンボルでもある国指定天然記念物「馬場大門のケヤキ並木」を良好な状態で次世代に継承するとともに、けやきの植生や並木景観に配慮し、けやき並木及び周辺の整備を進めることにより、市民の憩いの空間を創出すると共に、車両交通の排除やモール化(けやき並木通りの歩行者専用道路化に向けての試行的な交通規制)などについて研究し、多くの人々が集い、賑わいと魅力あふれるまちづくりを推進します。
これはイメージ図で、整備計画等に基づくものではありません。
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お問合せ
このページは 地区整備推進本部けやき並木周辺整備担当 が担当しています。