高平寺通信

シンケンジャーの撮影が高平寺で行われました

     【関東の樹木葬墓地はみかも山の高平寺】

 

 

 毎週日曜日あさ730分に放送されている、子供たちに大人気の戦隊ヒーロー番組『侍戦隊シンケンジャー』の撮影が、622日に樹木葬の高平寺でおこなわれました。

 

 みかも山や岩船山は、都内から車で1時間しかも佐野インターを下りてすぐという抜群のアクセスにあるのに、豊かな自然が撮れるということで、古くは『西遊記(堺正章版)』から現在では数々のヒーロー物、時代劇、バラエティ番組にいたるまで多くの撮影がおこなわれます。

 

 

 

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<戦闘シーンが撮影されている岩船山を高平寺の樹木葬墓地から望む>

 

 

 

 その撮影に訪れたスタッフが高平寺の伽藍を見て、ぜひ本堂や客殿を舞台として使わせてもらえないだろうかと打診を受けたことから、今回の運びとなりました。

 

 

 

 朝7時すぎに、撮影隊が到着しました。

 案外、みなさん早起きなんですね。

機材とクルーを合わせて大型トラックが10台近くにもなる大所帯です。

 

撮影隊到着.jpg 

 

 

 

 

 霧雨の降るあいにくの天候でしたが、驚くほどの手際のよさで撮影準備がすすめられていきます。

 

 

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 シンケンジャー役の5人、若手イケメン俳優3人と若手人気女優2人が、次々とロケバスから本堂に移動してきます。

 おそらく1200年ある高平寺の歴史のなかでも、もっとも堂内のイケメン率が上がった瞬間でしょう。

 

 

 

 

イケメン.jpg<<シンケングリーンの谷千明さん

 

 

 

 お寺での撮影とあって、頭をクリクリに剃りあげた小坊主Aと小坊主B役のお二人もスタンバイします。

 

 

 そこにあらわれたのが...、

「あーッ、うっかり八平衛だっ!」思わず心の中でさけんでしまいました。

 

 

 

高橋元太郎.jpg<<住職役の高橋元太郎さん

 

 

 

 

 

本堂撮影.jpg<<本堂を使っての撮影

 

 

 撮影は遅くまでつづけられました。

 

 高平寺が舞台となる回の「侍戦隊シンケンジャー」は、82日(日曜日)あさ730分にテレビ朝日で放送されます。

 

 どうぞお楽しみに。

 

 

 

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季節は夏へ

      【樹木葬墓地のある高平寺です】

 

 

 

朝、雨上がりに大池のほとりで。

 

やなぎ.jpgのサムネール画像 

 

「朝雨 軽塵をうるおし

 客舎 青々 柳色新たなり」

 

 

季節は確実に夏へと向かっています。

 

 

夕暮れの光と雲が、それを実感させてくれます。

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樹木葬は歴史あり花木を大切に育てる高平寺で。

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高平寺の天井美術館

      【関東の樹木葬は高平寺・歴史あるお寺をご案内します】

 

 樹木葬をおこなうお寺・高平寺は、1200年の歴史を持ちます。

そしてその堂内には、寺宝とされるたくさんの彫刻や絵画がございます。

そのなかのひとつに、本堂の格天井の一枚一枚に描かれた138枚にもおよぶ天井画があります。

 

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子供のころからずっと見上げてきたこの天井画ですが、なにぶん場所が天井なものですから、細部までは見ることができませんでした。

それがこのたびの学術調査で、細部の造形がさまざまな新発見とともに明らかになったのです。

そこにはダビンチコードならぬ天井画コードとでも呼ぶべきたくさんの仕掛けがされておりました。

今回は、その興奮の影像をスライドショー形式でお伝えしてまいります。

多岐にわたる意匠と寓意に富んだ作品群は、まさに「天井美術館」と呼ぶにふさわしいものです。

 

 

<作品T‐27>

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おやおや、小犬がなにかを見上げていますね。

近寄ってみましょう。

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「!!コウモリです。なにかと思ったらコウモリを見ているじゃありませんか」

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「この顔は見ますね。たしかに見ます、だってこの顔怖いもの」

 

 

 

<作品№T‐40>

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「灯籠(トウロウ)に梟(フクロウ)というシャレです。きっと」

 三百年の時を越えて、絵師のギャグが伝わった瞬間です。

なんて壮大なトンチなんでしょう。

 

 

 

<作品№T‐33

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「サギです。でもこんなコワイ顔のサギって見たことありますか?」

「明らかにこれもカケてますね、サギと詐欺を」

「詐欺には注意。ほんと気をつけてくださいよ振り込め詐欺には」

 

 

 

<作品№T‐92

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「猿と柿ときたら、そう、あとはアレですよね。きっと木に登ってますよ」

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「おや、いないなぁ。これじゃ話が進まない」

でも・・・

 

 

 

<作品№T‐93

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「いました。となりの板ににちゃんといました」

とにかく芸が細かい。この絵師は。

 

 

 

<作品№T‐115

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「顔のところにキ・リ・ンという字が隠れているのがおわかりでしょうか?」

わたしにはハッキリと見えます。

 

 

 

<作品№T‐59

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この鹿にはゴヤの〈黒い絵〉サトゥルヌスに通じる狂気をかんじます。

わたしだけでしょうか。

 

sikanome.jpgのサムネール画像

 

「ほら、どうですこの目。これは間違いなく傑作です」 

 

つづきはまた次回

 

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高平寺境内の<詩季の丘>のご案内

 【樹木葬の高平寺の境内をご紹介いたします】

 

 

 関東で樹木葬をおこなっている高平寺は、みかも山のふもとにございます。

 

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 高平寺は、長きにわたって境内地の整備とみかも山の景観維持につとめてまいりました。

 

 そのひとつが、<詩季の丘>と名づけた墓地の上部の高台です。

 

 先の「観桜会」の会場となったのもこちらです。

 

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この<詩季の丘>には、ヤマボウシ、紅葉、柿をはじめ、ソメイヨシノ、しだれ桜、山桜など100本以上の桜の木をコツコツと植えてまいりました。

 

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 ご案内いたします。

 

入口は南口と北口の二つがございます。

 

 こちらは駐車場のある南口側です。

 

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樹木葬墓地ももちろんそうですが、高平寺の境内地はどの場所にでも車で行くことができるようになっています。

 

こちらは北口の桜並木です。

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 詩季の丘の中心部。

 

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休憩所からの眺めです。遠くに見えるのは筑波山です。

 

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さらに上へつづくみちもございます。ちょっとしたハイキング気分で。

 

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さらに上へ。 

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頂上の休憩所からのながめです。下に見えるのは墓地(樹木葬墓地も含みます)です。

 

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 いまの時期の<詩季の丘>にはたくさんのスミレも咲いております。

 

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樹木葬の高平寺は緑と花木を大切にするお寺です。

 

 

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高平寺で[観桜会]をおこないました

    【樹木葬の高平寺で[観桜会]をおこないました

 

 

45日(日)高平寺境内の<詩季の丘>にて、観桜会が開かれました。

 

絶好の晴天にめぐまれ、詩季の丘に植えられた100本の桜もほぼ満開です。

 

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 いまを盛りと咲く花の下にしつらえた特設舞台で、「琴と尺八の演奏」「落語」「オカリナの演奏」「お囃子」等が披露されました。

 

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 東京からおいでいただいた、鈴々舎馬風師匠門下の 柳家獅童師匠、鈴々舎やえ馬師匠のお二人には、屋外という制約があるにもかかわらず、これぞプロの芸という素晴らしい笑いを提供していただきました。

 

 

 

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 地元有志によって演奏された和楽、洋楽それぞれのテーマは「花」。

目でも耳でも春を堪能させていただきました。

 

 最後はにぎやかにお囃子で大団円となりました。

 

 

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 今回、初めての試みとして桜を楽しむ会を開催いたしましたが、皆様にたいへんよろこんでいただけました。

 ぜひ来年もという声にお応えできるよう検討して、次回はこの樹木葬のブログでも事前にお知らせしたいと思っております。

 

 

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さくら便り

                 【樹木葬の高平寺からのお知らせ】

 

高平寺は墓地の奥の敷地を 詩季の丘 と名づけて、15年にわたって100本以上の桜の樹を植えてまいりました。

akira 001.jpg<<高平寺のソメイヨシノと山桜

 

毎年4月の上旬になりますとみごとに咲き誇るソメイヨシノは地元でも評判です。

sion0404.jpg<<詩季の丘下から筑波嶺を望む

 

今年の満開時期は例年よりすこしはやまりそうです。

IMG_0668.JPG<<3月10日の桜のつぼみ

どうぞおでかけください。

 

 

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三毳山高平寺  毛はえ地蔵伝説 4

     【樹木葬の高平寺に伝わる毛はえ地蔵伝説】

 

 

 

『毛はえ地蔵・4  お地蔵様のはなし』

 

 

地蔵菩薩は、梵語名のksiti-garbhaつまり大地(kuksi)の母胎(garbha)を意訳して「地蔵」となりました。

 

 お釈迦様が入滅されたあと、567000万年たってようやく弥勒菩薩様が出現されます。そのあまりにも長い空白の期間、わたしたち衆生を救ってくださるといわれるのがお地蔵様なのです。

 

 

伝説によりますと、遠い昔のインドに二人の慈悲深い王様がいらっしゃっいました。一人は仏となることで人々を救おうと考え、一切智威如来という仏様になります。しかし、もう一人の王は仏になることをあえてこばみ、みずからの意思で人のまま地獄に堕ちてすべての苦悩とさまよいつづける魂を救おうとされました、それが地蔵菩薩です。

 

 お地蔵様は、他の仏様とちがって剃髪の僧形をされています。それは、たとえば阿弥陀如来がはるか遠くの極楽浄土にいらっしゃるのにたいして、いつもわれわれ衆生のちかくにいてくださる、そのことをあらわしているのだといわれます。

 

 汗かき地蔵・味噌なめ地蔵・あごなし地蔵・子育て地蔵・とげぬき地蔵・しばられ地蔵・油かけ地蔵...お地蔵様の異名は50以上もあります。

これだけたくさんの地蔵がうまれたのも、お地蔵様にたいする強い親近感からなのでしょう。

 

IMG_0294.JPG  ちなみに、六地蔵というのは、六道輪廻の思想にもとづき、六道それぞれ(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天)を六種の地蔵が救うという説からうまれたものです。ここにも、この世はおろか地獄までおもむき人々を救おうとされるお姿があります。

 

 

関西では824日に「地蔵盆」という行事があって、地区のお地蔵様をおまつりして、子供たちにお菓子をくばります。

なかでも京都府北部・宮津市では、変わった地蔵盆がおこなわれています。お地蔵様に子供たちが絵筆で色をぬってしまう"化粧地蔵"です。

 

地蔵盆の時期になると、地区のお地蔵様はひとところにあつめられ、そのまえで子供たちのための小さな宴がひらかれます。

そして、子供たちの手で一年のよごれをおとされたお地蔵様は、あらたに彩色をほどこされ、翌年の地蔵盆まで大切に地蔵堂におまつりされます。

 

特筆すべきはその彩色です。

子供たちのすきなようにぬってよいので、極彩色のハデ派手地蔵、ありえないデザインをつけくわえられた地蔵、あえてグロテスクと言わせてもらいたい地蔵、おかしな縁取りのある地蔵、これ...地蔵?と、それはにぎやかで楽しげなお地蔵様たちに化粧されるのです。

昔からお地蔵様は、子供たちととてもなかのよい仏さまなのですね。

 

 

ちなみに、お地蔵様のご真言は、

「オン カーカー カビサンマエイ ソワカ」とお唱えいたします。

どうぞ声にだして読んでみてください。

真言とは古代インドの音をそのままに伝えた呪文で、それは世界でもっともえらびぬかれた"響き"の配列だといわれます。

「オン カーカー カビサンマエイ ソワカ」

どうです、大地のように大きな気持ちになってきませんか?

 

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【お地蔵様からのお言葉】

「ステータ・プラグナタータ(何があっても、ほほえんでいなさい。どんなにつらく苦しくても、あなたの心だけは悲しまず、怒らず、ほほえんでいますように)」

 

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三毳山高平寺  毛はえ地蔵伝説 3

      【樹木葬の高平寺に伝わる毛はえ地蔵伝説】

 

 

 

『毛はえ地蔵・3  どうして三毳山は毛が三本なの?』

 

むかしむかし下野国に、とても心のやさしいおじいさんがすんでいました。

おじいさんは、なにかを手に入れても、すぐにこまっている人に分け与えてしまうので、くらしむきは貧しいものでした。

 

ある冬の日のことです。顔をにこにこさせたおじいさんが、山道をのぼってきます。

上機嫌のそのわけは、朝方、子供の手をひいたひとりの母親が訪ねてきたからでした。

 

「はて、どちら様でございましょうか?」

「そのせつは。お使いの帰りに怪我をして歩けなくなったこの子をおぶってとなり村まで送っていただきまして、ありがとうございました。これはほんのお礼でございます」

 

 母親がさしだしたのは、頭巾とえりまきでした。

 おじいさんはとても喜びました。というのも、おじいさんはほとんど髪の毛がないので、冬は頭が寒くてこまっていたのです。頭巾とえりまきがあればどんなに暖いことでしょう。

 

 

にこにこ顔のおじいさんは、しば刈りの山を目指します。

そこへふと道端のお地蔵さんが目にとまりました。

「あれあれ、そういえば、お地蔵さんもわしとおなじで毛がないんだったな。はて、どうしてほかの仏様には毛があるのに、お地蔵様にはないんだべ?...ああそうか、きっとわしらを近くで助けてあげようと、こうして雲水のかっこうをなさって国中を行脚してまわってらっしゃるからなんだな。あぁありがたい、ありがたい」

 そう思うと、おじいさんはいてもたってもいられません。

じぶんの頭巾をぬぐと、お地蔵さんの頭にかぶせてあげました。

 

「どうです、ちったぁ暖かくなりましたか。えりまきもさしあげてえけども、作ってくれたおかみさんの気持ちもむげにはできねえから、これはわしがしときます。ご勘弁くだせえ」

 

 

IMG_0141.JPGのサムネール画像  さて次の日、おじいさんは朝早く水くみへいきます。

「うひゃーっ!!!

沢の水に映ったじぶんの姿を見て、腰をぬかすほど驚きました。

「なんか朝から頭がおもてえなぁって思ってたんだけど...なんだこりゃ、たまげたなーっ、頭のてっぺんに長っげえ毛が三本もはえてるでねえか!」

 不思議なことに、禿げあがった頭に毛がはえているではありませんか。

 

そしてまた次の日。

「うわぁ、なんか今日は頭がくらくらするくれえおもてえ気がしてたんだが...やっぱりそのはずだよ、こりゃ尋常じゃねえ、もう三本もふえてらぁ!」

 なんと、またあたらしい毛がはえているのです。

その日から毎日、毎日、毛は増え続け、とうとうおじいさんの髪はふさふさになってしまいました。

 

 

IMG_0142.JPG 「きっとあのお地蔵さんのおかげだ」

 おじいさんの話は、またたくまに村中にひろがりました。

 

 

 そのうわさが、村で一番いじが悪いと言われるおじいさんの耳にもはいります。いじわるじいさんは、てっぺんがまるく禿げた頭をなでながら意味ありげに笑いました。そして不器用な手つきで針仕事をはじめます。

 

 

 いじわるじいさんは、お地蔵さんの頭にじぶんで作ってきた頭巾をかぶせて言いました。

「さあお地蔵様、おことわりしておきますが、わしはせっかちな性分でね、一本二本とけちくさいのはどうもあわねえ。やるなら一気にお願いします。一気にガンとですよ」

 

 

 ところが次の日の朝、いじわるじいさんは悲鳴をあげてとびおきました。

「ない!横のところの髪の毛がない...う、後ろもない...ま、ま、前もない!つるつるにっなってるっ」

 

おじいさんはお地蔵さんのところへ走ります。

 

タッタッタッタッタッ、

 

「あ、あ、あの地蔵め、なんてひでえことしやがるんだ!」

 

タッタッタッタッタッ、

 

とちゅうの居酒屋にとびこんで、

 

「ばばぁー、酒っ!」

 グイッと酒をあおると、お勘定もはらわずにまたかけだします。

 

タッタッタッタッ、

 

鬼の形相でお地蔵さんの前に立ちはだかりました。

 

ところが、いじわるじいさんは声もでません。

なんと、なくなった意地悪じいさんの髪の毛が、そっくりそのままお地蔵さんの頭からはえているではありませんか。

意地悪じいさんは、その場にへたりこんでしまいました。

 

そのときです、

「ひかえ、ひかえい!」

 侍の声が空からふってきます。

狩りにきていた殿様のいっこうが通りかかったのです。

そして、不思議なかたちをなされているお地蔵様のお姿が、馬上の殿様の目にツッととまります。

「おや、たしかこれはうわさの地蔵ではないか、例の毛がはえたという老爺の...」

「はッ。どうやらそのようにございます」

「はて?しかし話とはすこし違っておるぞ。地蔵には毛がはえており、この老爺はつるつるではないか...」

「御意」

 

「ははぁ、なるほどわかったぞぉ」

 殿様は得意げな顔で家来たちにうなずきました。

そして意地悪じいさんをキッと見すえると、

 

「あっぱれ、うわさにたがわぬこころねの優しい爺だな、そちは。自らに毛がはえたにもかかわらず、地蔵が寒かろうとその毛をあげたのだな、貼りつけたのか?...うんうん感心感心...えっなに、わたしはそんなことはしていません?...よいよいわかっておるわ、そんな謙遜することはない、予ぐらいになるとなんでもスッっとわかってしまうのだからな。お見通しだぞ。みなのもの、この慈しみの心、謙虚な振る舞いを見習うがよい、なかなかできることではない。よし、この者に褒美をとらせよ!」

 

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いじわるじいさんは、褒美をさしだす侍に、必死で訴えました、

「お侍様、人違いです、爺ィは爺ィでもわたしは意地悪なほうでありまして...」 

 侍は小声で答えます。

「よいから受けとっておけ。お上は少々、早とちりのけがおありになるのだ。間違いだったとなると、かえってご機嫌を損ねてしまう」

 

 そうして殿様は、たいそう満足そうなご様子で帰っていかれました。

 

 

いじわるじいさんは、過分のご褒美を手にしばらく呆然と座りこんでおりましたが、やがてお地蔵様のほうに向き直りましてすっと手を合わせます。

「お地蔵様、ありがとうございました」

 

その後、いじわるじいさんは、いただいたご褒美でお地蔵様の祠を建て、また、困った人たちに分け与えたといいます。

 

やがていつしかそのお地蔵様は、誰が呼ぶともなく"毛はえ地蔵"といわれるようになり、毛はえはおろか様々な願い事に霊験あらたかなお地蔵様として、諸国に知れ渡ったといわれております。

そして毛はえ地蔵のある 三毛山 は、おじいさんの毛はえの逸話をもとに、 三毳山 と書かれるようになったとさ。

 

 

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三毳山高平寺  毛はえ地蔵伝説 2

      【樹木葬の高平寺に伝わる毛はえ地蔵伝説】

 

 

 

『毛はえ地蔵・2  毛の国』

 

IMG_0472.JPGのサムネール画像  むかしむかしのはなしです。

 

 都から東にとおくはなれたところに、毛の国という国がありました。そこはお米のたくさんとれるとても豊かな土地でしたので、まわりの国々をすべてしたがえるほど大きなちからをもっていました。

 

ところが、毛の国におとらぬくらい大きな国があらわれて、その領地をどんどん広げはじめたのです。

 

毛の国の殿様はとてもおこまりになって、思案のすえに、都におわすミカドにおすがりすることにしました。

しかし、朝廷への工作はひそかにすすめなければなりませんでした。

どうやら家老を中心とした一派が、この機に乗じてお家ののっとりをたくらんでいるようなのです。

 

 

 

殿様が都への使者としておえらびになったのは、ひとり息子の若君でした。

 

殿様は言います。

「こたびはたいへん難しい使いとなるぞ。都にもわれらのことをこころよく思わぬ者たちが大勢おるのだ。ミカドのちからぞえを得るためには、その者たちを味方につけなければならない。そこで彼らの心を動かすような特別な貢物を贈ることにした」

 

「それはよほどのものでなければなりませんね」と、若君。

 

「そうだ。じつはな、開祖・豊城入彦命様は、この地に入られるおり、都にてある秘術を授かってまいられたのだ。だがそのワザはとうに都では途絶えてしまい、もはや当家にしか残っておらぬのよ」

 

「そのようなものがあったとは...」

 

「初代よりこのかた、当主にのみ伝えられてきた秘術である」

 

「して、その術がつくりだす物とは?」

 

「うむ...おまえはなぜわが一族が毛野という姓を名のるようになったのか、そのわけを知っておるか?」

 

「いいえ、不勉強にてございます」

 

「なぜわが一族が毛野なのか?...それは、みな髪の毛がフサフサだからなのだ」

 

「えっ、そんな理由だったのですか?!」

 

「そうだ、わが国が毛の国と呼ばれておるのはダテではないぞ。開祖様が都で授かった秘術の正体とは、毛はえのワザである。そのワザによってつくられた秘薬をおまえにたくす。禁裏でも薄毛に悩む人々も多いと聞く。行ってそれを救い、同時にわが国の窮地をも救うのだ」

 

 

こうしてたくさんの薬を背負わされた若君は、だれにも知られぬようこっそりと館をたちます。

 

 

当時、毛野国から都へ上るさいは、東山道と呼ばれる道を通りました。都の西、近江を起点として、美濃国→信濃国→上野国→下野国をへて陸奥国まで通じる幹線道路です。それはたくさんの峠を越えていく山道でしたが、東海道のようにいくつもの大きな川を渡らなくてもよいという利点があったのです。

 

 

 

若君は急ぎ足で西をめざします。

 

毛野国のくにざかいはもうすぐです。

 

目のまえにやさしげな姿の山が見えてまいりました。三鴨山です。あの山を越えれば追っ手につかまる心配もぐっとへり、ひといきつくことができます。

 

IMG_0140.JPG  しかしやさしげに見えた山ですが、いざ登りにかかるとこれがなかなかに起伏にとんでおります。でもそこは齢十五の若君、かまわずずんずんと登っていかれました。

 

萌えいずる新緑が目にまぶし季節です、山芍薬が白い花を咲かせ、躑躅はそこここに紅をつづる、かわいらしいイカリソウも見られます。

あまりの陽気の良さに、若君は急ぐ足を止めて、青竜ヶ岳を望む一角に腰をおろしました。

 

北には黄色い岩肌をあらわにした霊山・岩舟山が、そして東の地平には筑波嶺の特徴ある影がかすんで見えます。うららかな春の空には鳶が舞っている。

 

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 若君は、万葉の昔に詠われた歌を口ずさんでいました、

「しもつけぬ みかもの山の こならのす まくわしころは たかけかもたむ...あぁ世界は美しいなぁ」

 

 そのときです、どこからともなく放たれた一本の矢が、若君の首を射抜きました。

 続いてもう一本。

 

家老が放った追っ手のしわざでした。

 

 

 

若君はその場で息絶えました。

遺骸は村人たちによって、いまの一合塚のあたりに葬られたそうです。

そしてその塚からは、春になると毎年きまって、ふさふさと毛がはえたといわれます。

なぜ毛がはえてくるのか、理由は村人たちにもわかりませんでしたが、それでもいつしか 三鴨山 三毛山 と呼ばれるようになっていました。

 

 

やがて塚から毛がはえてこなくなると、人々はその場にお地蔵様を建てて若君の菩提を弔ったといわれています。

 

 

そののち、毛野国は内紛が激しさを増して、間もなく滅びてしまいます、毛はえの秘術とともに。

 若君の非業の死も、失われた毛はえのワザも、すべてが時の彼方に過ぎ去り、人々の記憶から消え去ったころのこと...

 

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三毳山高平寺  毛はえ地蔵伝説 1

            【樹木葬の高平寺に伝わる不思議な毛はえ地蔵伝説】

 

 

『毛はえ地蔵・1  史実としての毛の国』

 

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 三毳山・高平寺にお祀りされている"毛はえ地蔵"、その不思議な伝説を語るには、まず三毳山のはなしから始めなければなりません。

 

栃木県の南部、佐野市と岩船町のさかいにある「三毳山」は、おおむかしは「三鴨山」と書かれていました。ごくふつうの漢字表記です。

ところがそれがいつしか「三毛山」となり、やがて「三毳山」と書かれるようになっていったのです。

いつのまにやら毛がはえて、なぜだかこっそり毛が三本にふえている、その変化の間にはいったいなにがあったのでしょう?

これはその謎解きの物語でもあります。

 

 

 

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いまをさかのぼること1500年のむかし、日本には毛野国と呼ばれる国がございました。

毛野国、またの名を毛州。現在の栃木県から群馬県にまたがるあたりです。

えっ?けの国?おかしな名前だなと思われた方もいらっしゃるでしょうが、とおいむかしにはそんな名前の国がたしかにあったのです。

 

 さてその国ですが、なにゆえ毛野国と呼ばれたのでしょうか?

 

 

当時の日本は古墳時代、いまも各地に残るあの大きな古墳がたくさん造られた時代です。

畿内にヤマト政権が確立したとはいえ、まだまだ日本としてひとつにまとまっているとは言いがたく、中央では有名な蘇我氏・物部氏・大伴氏などが権勢をふるっておりましたが、地方では吉備氏や筑紫氏などの大豪族がそれぞれ幅をきかせているような状況だったのです。

 

 

 

 

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そのころ吉備氏・筑紫氏らとならぶ力をもち、毛野川(現在の鬼怒川)流域一帯を勢力下におさめていた大豪族が、毛野国のあるじ毛野氏です。

この毛野氏も他の例にもれず、先祖をたどっていけば第十代崇神天皇の第一皇子・豊城入彦命にぶつかるという毛なみの良さ、くわえてこの地域は当時指折りの穀倉地帯でございましたから、その意気たるや相当のもので、自らの国を毛野王国と呼んでいたなどという記述も残っているくらいです。

 

しかし盛者必衰のことわりのとおり、時がたちますとその勢いにもだんだんとかげりがみえ始め、毛野国上毛野国(かみつけのくに)と下毛野国(しもつけのくに)に分裂して、さらにいつしかそこから毛が抜けて上野国(こうずけのくに)と下野国(しもつけのくに)と変わってしまいます。こうして毛野王国の栄華も、はかなき夢のごとく人々の記憶から忘れ去られていったのでありました。

 

 それにしても、国の名前からは毛が抜けてしまう一方、それとは逆に山の名前には毛がはえてくるとは、なんとも不思議なはなしですね。

 

 

以上これまでが、いわゆる歴史的事実とされております毛野国の興亡史ですが、巷間にひそかに残る言い伝えにもそれなりの真実は隠されているようでして......以下は、それらの言い伝えをもとに編纂いたしました、『毛の国物語』ならびに『毛はえ地蔵‐どうして三毳山は毛が三本なの?』というお話でございます。

 

 

 

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高平寺への道(お車でお越しの場合) 其の二

【樹木葬の高平寺への道のりをご案内いたします】

 

7.みかも山公園の隣が 栃木花センター です。  <佐野インターから5分

 珍しい山野草の展示や販売、園芸教室も開かれています。

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大きな温室には、熱帯植物が展示されています。

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8.花センターの向かいには 栃木フルーツパーク があります。

 季節ごとに、イチゴ狩り・ブドウ狩り・トマト狩り・ナシ狩りやブルーベリー摘みが楽しめます。

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9.お寺の入口です。右に弥勒菩薩、左には地蔵菩薩。

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10. 高平寺 に到着しました。  <佐野インターから6分

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11.みかも山の北側には かたくりの里 みかも山ハーブ園 がございます。

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かたくりの里は、大規模なかたくりの自生地で、3月下旬から4月の初旬に見ごろになります。

 

終わり

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高平寺への道(お車でお越しの場合) 其の一

【樹木葬の高平寺への道のりをご案内いたします】

 

1.佐野インターは東北自動車道の入口・浦和インターからちょうど30分です。

 東北自動車道を北へ下って、最初に当たる山が 三毳山(みかも山) です。

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2.佐野藤岡インター で高速道路を降ります。

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3.国道50号線を 佐野プレミアムアウトレット とは反対側(小山方面へ)向かいます。

IMG_0309.JPG   ←佐野アウトレットから望むみかも山

4. 道の駅みかも を過ぎます。 <佐野インターから1分

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5.三つ目の信号を左へ曲がります。

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6. みかも山公園 が左手に見えます。 <佐野インターから5分

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公園内の フラワートレイン に乗れば、道沿いに植えられた四季折々の花のトンネルをくぐりぬけながら山頂まで登ることができます。春の桜、梅雨のアジサイ、初秋の彼岸花、晩秋は紅葉。

 

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また、山野草を見つけながらのハイキングを楽しまれるご家族も大勢いらっしゃいます。

みかも山では、福寿草・やぶ椿・マンサク・ニリンソウ・ヤマツツジ・ヤマブキ・藤・ヤマボウシ・ホタルブクロ・ヤマユリ・ノカンゾウ・ヤマハギ・ツワブキ・ムラサキシキブ・キツネノミソリなど、大変多くの山野草が見られます。

 

つづく・・・

 

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