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「フジヤマのトビウオ」古橋広之進さんが死去 ローマで

2009年8月2日20時38分

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写真古橋広之進さん

写真1947年8月9日、東京・神宮プールでの全日本選手権男子400メートル自由形決勝で、4分38秒4の世界記録(当時)を出した古橋さんの泳ぎ

写真1947年8月9日、東京・神宮プールでの全日本選手権男子400メートル自由形で、前日記録した世界記録をさらに更新する4分38秒4の世界記録を樹立、控室で祝福を受ける古橋さん

写真日本が不参加のロンドン五輪が開催された1948年8月6日、東京・神宮プールでの全日本選手権1500メートル自由形で18分37秒0の世界記録をつくった古橋さん

写真北島康介選手ら北京五輪代表の選手たちと記念撮影に臨む古橋広之進さん(左端)=08年8月17日、北京、矢木隆晴撮影

写真競泳の北京五輪代表選手たちと記念撮影に収まる古橋広之進さん(前列中央左)=08年8月17日、北京、矢木隆晴撮影

 戦後まもなく「フジヤマのトビウオ」と称賛された世界的な競泳選手で、日本オリンピック委員会(JOC)や日本水泳連盟の会長を務めた古橋広之進(ふるはし・ひろのしん)さんが2日、世界水泳選手権が行われているローマで死去した。80歳だった。通夜、葬儀は未定。国際水泳連盟と日本水泳連盟がローマで2日夕(日本時間3日未明)から記者会見して説明する予定。

 28年、静岡県浜名郡雄踏町(現・浜松市)生まれ。12歳で100メートル、200メートル自由形の学童日本新を記録するなど、幼いころから水泳が得意だった。旧制中学時代は戦争のため水泳から離れたが、45年に日大へ進学して終戦を迎えてから一気に開花した。

 47年、未公認ながら400メートル自由形で世界新をマーク。48年には400メートル、1500メートルでその年のロンドン五輪金メダル記録をはるかにしのぐ世界新をうち立てた。49年全米選手権でも1500メートルで世界新を更新し、米国マスコミから「フジヤマのトビウオ」と呼ばれた。特にこの米国での称賛は、戦後混乱期の不安に包まれていた日本の国民を強く勇気づけた。

 競技の第一線を離れてからは後進の指導に尽力。51年に就職した大同毛織(現ダイドーリミテッド)から、66年に日大文理学部体育学科の教員に転身し、75年から教授を務めた。日本水泳連盟では85年に会長となり、JOCでは90年から会長を5期9年間務め、水泳に限らずアマチュアスポーツの発展に力を注いだ。昨年、スポーツ選手としては初めて文化勲章を受章した。

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