現在位置:
  1. asahi.com
  2. 社説

社説

アサヒ・コム プレミアムなら過去の朝日新聞社説が最大3か月分ご覧になれます。(詳しくはこちら)

自民党の公約―気迫が伝わってこない

 自民党が総選挙のマニフェストを発表し、各政党の公約が出そろった。

 「マニフェスト」という政治の手法が、有権者の支持を背に市民権を得たのは6年前の総選挙だった。こんどの総選挙は、それから5回目の大型国政選挙。完成度が高まってきていいころだが、自民党のマニフェストにはがっかりさせられた。

 読んでみよう。具体的な予算額や手順などはほとんど書かれていない。

 たとえば「10年で家庭の手取りを100万円増やし、1人当たり国民所得を世界トップクラスに引き上げる」という目標。では、そのために4年の任期でどこまで達成するのか、どんな手をどの時期に打ち、予算をいくら使うのか、具体的な記述はない。

 景気が回復すれば消費税率を引き上げる、それまでは国債発行でしのぐしかない、ということのようだ。だとすれば、おおづかみでも工程表の形で財源調達の見通しを示し、国民を説得すべきではないのか。

 盛り込まれたのは内政から外交、自主憲法の制定まで68の項目だ。07年の参院選では155項目もあったから、それなりに政策の優先順位に気を配ったと見えなくもない。

 だが、それでも自民党の訴える政策像ははっきりしない。税収は伸び悩み、財政赤字は膨らむばかり。どの政策を優先し、何を省くのか、その絞り込みこそが肝心なのに、そこがぼやけていては責任ある公約とは言い難い。

 政府の歳入や歳出のデータを十分持っていない野党の民主党でさえ、子ども手当など8分野を最優先と位置づけ、所要額や達成時期を明記した工程表をマニフェストの柱に掲げている。

 それに比べて、自民党マニフェストのあいまいさは政権党として恥ずかしい。これでは民主党を「財源が不明確」と攻撃はできまい。

 詰まるところ、自民党はこれまでの政策、財政運営を「基本的に継続する」と言いたいのかもしれない。麻生首相は「改めるべきは改め、伸ばすべきは伸ばす」と記者会見で語った。細かなことはいい、引き続き自民党に任せてくれということなら、有権者の理解を得るのはかえって難しかろう。

 自民党は長く政権党であり続けた。800兆円を超す途方もない借金はその結果だ。さらに、この2年でふたりの首相が政権を放り出した。自民党の政権担当能力そのものに疑問符が突きつけられている。なのに、その危機感も反省も伝わってこない。

 有権者に具体的に政策の実現を約束し、政権選択を問う。それがマニフェスト選挙の一丁目一番地だ。だとすれば、自民党はまだスタート台にも立っていないということになりはしないか。これからの論戦でよほど性根を据えて補強するしかあるまい。

歩道橋事故―「起訴」が市民の感覚だ

 検察官が「不起訴」と判断して裁判にいたらなかった事件でも、選挙人名簿からくじで選ばれた市民でつくる検察審査会が「起訴相当」と2回続けて議決すれば、容疑者は自動的に起訴される。検察審査会の仕組みが、5月からそう変わった。

 この新制度のもとで、神戸第二検察審査会は、兵庫県明石市で8年前に起きた歩道橋事故について、警備にあたった地元警察の元副署長を業務上過失致死傷罪で起訴するのが相当だと議決した。

 検察審査会はこれまでにも2回、起訴相当の議決をしており、通算では3回目の議決である。

 花火大会でごった返した歩道橋で11人が死亡し、247人がけがをするという大惨事だった。

 事故後、兵庫県警は明石署の元署長(2年前に死去)と元副署長を、署員ら10人とともに書類送検した。だが、神戸地検が起訴したのは同署の元地域官や、明石市の当時の担当者ら5人。「現場の状況が十分伝わらなかった」として元署長ら2人は不起訴にした。

 遺族の申し立てによって審査会が2度、起訴相当と議決しても、「新たな証拠は得られなかった」と地検の態度は変わらなかった。雑踏事故で警察の刑事責任が問われるのは異例のことだった。検察から警察への配慮や遠慮はなかっただろうか。

 裁判所も検察の態度に疑問を呈している。大阪高裁は元地域官への実刑判決の際、警察では現場責任者だけが起訴されたことを「公平の観点から正義に反する側面がある」と指摘した。

 今回、検察審査会は、メンバー11人のうち8人以上が起訴すべきだと判断した。警備本部の副本部長だった元副署長は雑踏警備計画の策定にもかかわっており、危険は予見できたはずだという理由だ。5年の公訴時効に関しても、「共犯」にあたる元地域官が上告中であることから、時効は停止していると判断した。

 審査会は、元副署長の責任が追及されないことは「国民感情として納得できない」とまで述べている。

 これまでは起訴の権限を検察官が独占していたが、起訴するかどうかの判断に市民の良識や感覚を反映させたい。検察審査会法の改正はそんなねらいからだった。裁判員裁判とともに司法制度改革の柱の一つである。

 神戸地検がまた不起訴にしても、審査会がさらに「起訴」を議決すれば、元副署長は起訴される。

 ここにいたれば、神戸地検は元副署長の過失について再捜査したうえで起訴し、過失とその責任の有無について法廷ではっきりさせるべきだ。

 それが市民の感覚に近づくことであり、検察審査会法の改正の趣旨を生かすことにもつながる。

PR情報