ひとりプラネタリウム

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<<   作成日時 : 2009/03/27 05:50   >>

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みなさまおはようございます。ミナルです。桜も咲いてまいりましたね。あたらしい春がやってきました。
来月より新生活を始められるみなさまには、わたしのつたない言葉などより『Whatever』を贈りたいです。(名曲だよね〜♪)
わたしもじつは4月より、あらたな試みに挑戦いたします。厳しい日々とはなりますが、これまで同様書き続けるきまんまんでいます。今後ともどうぞよろしくおにがいいたします。

きょうはおひつじ座で新月が起こる日です。いちねんでいちばん、あたらしいことを始めるのに適した日だということです。(なにしよっかなあ。)

Bon Voyage!


(↓)































































取るに足らない議論の果てに、放課後が深くなっていた。そんな散会のカケラのように、Mは廊下を歩いていった。ロの字をつくる校舎の3階。ふと見下ろせば人影のない中庭で、高い棕櫚の木がひとりそよいだ。白けた空気の角を折れると、何処からともなくポピーオイルの匂いが掠る。石膏の影。サモトラケのニケがひろげるつばさ。そしてシーザー。
『美術室・・。』
開け放たれた窓からふっと中を覗くと、そこにひとつの人影をみた。小林多愛が、絵を描いていた。おもわずそこに立ち止まる。彼女はこちらにきづいていない。Mは迷った。するとまったくおもいがけなく、迷いのなかかから誰かがいきなり振り切った。
「ねえ、・・入っても、いい?」
多愛は鋭く振り向いた。尖ったままの表情で、彼女の視線はあっというまに彼を離れる。そんなかたちでたぶん了承されたのだ。Mはゆっくりドアに向かった。きょうがすいようでなくてよかったと、こころの何処かでふとおもう。
筆を取る手は止まらない。Mは彼女の背後に回った。くるしみながら、生きる世界をそこにみた。
「すごい絵だね。」
「そう?」
それはちいさなつぶやきだった。ちいさなこえの、その空白から真っ黒な渦が始まっていた。イキモノのように回転し、他を取り込みつつ成長している。やがて光が生まれでて、それが七色に輪舞する。虹は輝き、せめぎ合い、ゆるしゆるされ和解していく。それぞれの色は透明になり、東の端では夜明けになった。西にかぼそい月がかかって南に淡い雨が降り、北にはきょうの青空が待つ。瞼のような雲をたたえて、うつくしかった。
「・・すごい絵だとおもうよ。」
多愛が初めてMをみた。
「すごいって、・・どんなふうに?」
「なんて言うか。うまくは言えないけど。」
ほかに言葉が浮かばない。Mはそこからすこし離れて壁にもたれた。きづいたことを言ってみる。
「そのカンヴァス、変わってるよね?・・正方形だ。」
やっぱり筆は止まらない。まるで利発な少年のような、その横顔も動かない。
「そうなの。これね、従姉妹に作ってもらったの。正方形のが欲しくって・・。」
「ふうん。でもそれ、ちゃんと生かされてるとおもうけど?」
多愛がひとりごとのように言う。
「ときどき居なくなっちゃうのよね、Mくんって。」
Mはたまらず反対側の窓をみる。とおくに幹線道路がみえる。ポピーオイルの間を縫って、走り去る。花ではなくて蜂蜜でもない。それは緑の風だった。
「すいようびにね。」
「何処行ってるの?」
彼女は特に、興味があってこれを聞いているわけじゃない。Mにはわかる。そのときなぜか、言葉は口を突いて出た。
「女のところ。」
多愛の絵筆がいっしゅん止まる。Mのこころは『Tilt』と言った。もう遅い。しかし不思議と痛まなかった。絵筆が動き、彼女も動く。
「付き合ってるひと?」
「ちがう。」
「じゃあ、まだ付き合ってはいないけど、すきなひと?」
「ちがうよ。」
「それ以外ってことね。」
「そうだよ。」
多愛は日頃から敏感だった。『女のひとと、会ってお話をする』だけの関係ではないことを、何処かでけどってしまっただろう。かまわない。ウソはつけない。キミには特に・・。
「嫌われちゃったかな。」
多愛はそれには答えなかった。すこし間をおいて口を開いた。
「わたしね、正方形じゃなくっちゃ、だめだっておもったの。」
「この絵?」
「そうよ。」
緑の風がまた吹き抜けた。Mはあの、高いプラタナスをおもいだす。
「何週間まえのすいようだったかな。ちょうどきょうみたいに、すっごく天気がよくってさ。あの公園に行こうっておもった。学校でも家でもできないような考え事、のんびりしたくなっててさ。たったそれだけの、さいしょは気まぐれだったんだ。でもそこで、おもいがけないものをみて、おもいがけないことにきづいた。通りすぎればたぶんそれだけだったんだけど・・。」
多愛がかすかに微笑んだ。
「『学校でも家でもできないような考え事』って、なんだかわかるわ。」
「あるじゃない?」
「あるとおもう。Mくんの場合、どんなことなの?」
Mはその場にゆっくりしゃがむ。
「そのときによっていろいろなんだ。ジブンの将来のことだったり、もっと壮大なことだったりね?いまキミの、その右肩の辺りについてる糸くずくらいちいさいことだったりもするよ。」
「あ・・。」
と彼女は右肩をみた。筆を置き、その糸くずをつまんで言った。
「こんなこととか?」
「そうだよ。でもさいきんは、もっと深刻。」
「深刻・・?」
「ああ。壮大でかつきわめて個人的なこと。」
「どんな?」
Mはこころもち躊躇っている。
「言ってもいいの?」
多愛はまっすぐMをみた。
「聞きたいわ。」
顔を上げ、Mは眼線でそれに応えた。
「言うとバカみたいに聞こえるとおもうよ。でもさ、正直言うと、半分くらいはおもってるんだ。ボクたちってもう、失敗してるんじゃないかってさ。」
多愛はそのままMをみつめた。
「『ボクたち』って、・・つまりわたしたちってこと?」
「そうだよ。つまり、人類ってことさ。ただ残りの半分に関しては、ボクじゃまだなんとも言えない。その半分に関して、どうおもっててどうなりたいかもはっきり言えない。みえなくってさ。ただ・・、」
「ただ?」
「それを言い訳にしたくないってことだけは、はっきりしてる。『すでに失敗かもしれない』ってことを言い訳にして甘えるなんてぜったい嫌だ。」
多愛はカンヴァスにまた向き合った。
「それがあなたの半分なのね・・。」
Mはそおっと立ち上がる。
「どっちの?」
多愛はふたたび絵筆を取った。
「ねえMくん?これもういちどみてみて?・・わたしがなにを描いてるかわかる?」
Mは彼女に寄り添った。
「なんだろう。」
「これね、ヴァニシングポイントなの。」
失われない。
「消失点?遠近法の?」
得ることもない。
「そうよ。」
「消失点か。あのさ、中学んときの美術の先生が教えてくれたんだ。確か、フラ・アンジェリコの『受胎告知』の絵を使ってさ。」
多愛が僅かにその白い歯を覗かせる。
「この絵って、・・すっごく稚拙なほうの抽象画でしかないし、精緻な遠近法で描かれた絵には程遠いともおもうわ。でもわたし、どうしてかしら。消失点そのものを描いてみたくなってたの。」
「中心部分は空白のままになってるね。」
「そうなの。」
青空のほうに吹き上げている。
「いいとおもうよ。すてきだとおもう。」
雨をひたすら吸い込んでもいる。
「どうして?」
Mは空白を指差した。
「『受胎告知』の消失点が、なにを意味するかしってる?」
「さあ・・。わからないわ。おしえて?」
多愛の横顔に寄り添いながら、Mは答えた。
「『神の視点』だ。」
処女は驚いてMをみた。言葉はのまれ、沈黙がきた。やがておもいが溜められて、やっとのこえがそこに零れた。
「なんだかちょっと、怖いきがする・・。」
Mが微笑む。
「どうして?神は花嫁をみてるだけだよ。それも格子窓の外からそっとね。・・優しいじゃない?」
多愛もなんとか微笑んだ。
「わからないけど、やっぱりすこし、わたし怖いわ。でもMくん、ありがとう。お話できて、よかったわ。」
「そう?」
「ええ。よかったわ・・。」
Mはそこからドアへと向かう。途中でいちど、振り向いた。
「ああ、あのさ。キミがこうしてここでひとりで描いてるときに、またボク来てもかまわないかな?」
多愛も振り向き、笑みを浮かべてうなずいた。
Mはゆっくり歩いて行った。窓を通してジブンはいまだ、彼女の視野のなかにある。ゆっくり歩け。まだ抜けてない。緑の風が頬を掠った。角を曲がって階段に出る。もう消えた。彼女の視野の外に出た。Mはいきなり駆け出した。たまらなくなって駆け出していた。とてもじっとしていられない。駆け出さずにはいられなかった。
のどの奥から、いましんぞうが飛び出しそうだ・・。























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