あしゅから元気!
書いた人:しおしお
その4.1「あしゅかちゃんは、不思議な娘?」の巻
マンションのリビングにアスカは座っていた。
しかし、いつものような笑顔のアスカではなかった。
「うにゅ〜」
アスカは不機嫌だった。
おもいっきり不機嫌だった。
何に不機嫌なのかは言うまでもなく、不機嫌だった。
「にゅ〜」
頬を膨らませてそっぽを向いている。
理由は簡単だ。
修学旅行に行ける予定はキャンセルになりつつあったからだ。
僕としては……。
最悪の予想として考えていたけど、まさか本当に行けなくなるなんて思っても居なかった。
ネルフ側の言い訳としては、使徒がいつ来るのか判らないと言うことらしい。
まあ理由としてはそうだけど、アスカは聞く耳を持ってくれなさそうだ。
「アスカ。仕方無いじゃないか…」
「うにゅ。チンジは大人達の味方なの〜?」
「いや、そう言うわけじゃないけど…。一応、僕達はエヴァに乗ってる大事な仕事があるわけだし…」
「でも、子供なの〜。仕事は、大人がするものなの!」
確かにその通りかもしれない。
エヴァに乗れるのがチルドレンだけって言うのも、取って付けたような理由にしか感じられない。
そもそもなんで子供じゃないと、エヴァに乗れないんだろう…。
それにアスカが来るまでは、実質初号機だけで対処していたような…。
だったら、次の使徒だって僕一人でどうにか出きるかもしれない…。
アスカだけでも修学旅行に行かせるべきかもしれないよね。
「にゅ〜? どうちたの、チンジ」
「アスカ…」
「にゅ?」
「修学旅行…。やっぱり行きたい?」
「うにゅ〜。いけるんだったら行きたいの〜」
「だよね……」
やっぱり、ミサトさんとかけあってみるか…。
僕は我慢すればいいけど、アスカには余り多くのものを背負わせる訳にはいかないし…。
その夜
ミサトさんは早めに帰ってきた。
前回の使徒戦から幾日か経っていたからなのか、事後処理も終わり時間が出来たんだろう。
アスカを先に部屋に追いやると、ミサトさんに相談することにした。
「アスカだけでも、修学旅行に行かせられませんか?」
「あら、シンちゃんったら優しいわね〜」
「誤魔化さないでください。アスカを修学旅行に行かせるのか、行かせないのか。はっきりとして欲しいんです」
「まあ、シンちゃんの言いたいことも判るわよ。でもね、エヴァのパイロットであるあなたたちを簡単に遠くまで行かせる訳にはいかないのよ」
ミサトはシンジを納得させようと、あれこれ言う。
しかしシンジは納得した表情では無い。
「そんなの、勝手ですよ」
「そうなんだけど。今動かせるエヴァは初号機と弐号機だけなのよ」
「だから、初号機だけ動かせれば良いじゃないですか」
「そうも、行かないのよ…」
「パイロットなら、綾波だっているし…」
「だから、弐号機はアスカしか動かせないのよ」
「なんでですか?」
「なんでって……。なんででしょう……」
シンジの質問にミサトはアタフタしていた。
まるでエヴァンゲリオン弐号機は、アスカ専用と言わんばかりに……。
しかし、弐号機は初号機や零号機のようにテストタイプやプロトタイプではない。
制式タイプのエヴァンゲリオンである。
つまり量産型とも言えるもので、アスカ以外にも乗れても不思議では無い。
しかし、ミサトの言い方だと弐号機のヒミツを握っているようであった。
「なにか知ってるんじゃ無いですか?」
「あ、アタシは何も知らないわよ」
「本当ですかぁ?」
「ほ、本当よ…」
いかにも誤魔化しているのがミエミエのようにビールをあおるミサト。
結局、アスカの修学旅行は御破算になってしまった。
数日後…。
チルドレン達のクラスメートは第三新東京国際空港から旅立って行った。
遠くに見える飛行機をアスカは名残惜しそうに見ている。
シンジは楽しそうに修学旅行に行ったクラスメートよりも、寂しそうにしているアスカが気になっていた。
「アスカはやっぱり行きたかった?」
「にゅ〜。そうだね〜。行きたかったけど〜」
「けど?」
「チンジが行かないんだったら、行っても面白く無いの〜」
「無理しなくても良いんだよ」
「無理じゃないの〜。やっぱり旅行はみんなで行くものなの〜」
「それなら、良いけど……」
やっぱりどこか無理しているのかなあ。
いつかアスカも笑っていける日が来れば良いけど……。
クラスメートが旅行中だからと言っても、チルドレン達は遊んで良いと言う訳じゃない。
研修と言う名目でネルフ本部にて待機することになっていた。
シンジは待機中は遅れ気味の勉強をする事にしていた。
学校の授業で使っているノートパソコンをパイロット待機室に持ちこんで勉強しようとしていた。
アスカとレイは待機室にはいない。
どうやらリツコに連れて行かれている様子であった。
静まった待機室にて準備をするシンジ。
そして勉強に取りかかろうとノートパソコンの電源を入れようとしたとき、待機室の扉が開いた。
「にゅにゅ〜」
「あ、アスカ?」
「チンジみ〜っけ」
「見つけたって……何かあったの?」
「ん〜ん〜。暇だから〜色々歩いていたの〜」
「ああ、そうなんだ…」
「チンジは何をしてるの〜?」
「え……っと、勉強かな…。エヴァに乗っていると待機とかあって勉強が遅れ気味だから…」
「にゅ〜。あしゅかちゃんも勉強したほうがいいの〜?」
「いや、アスカは勉強する必要無いんじゃないかな? この間のテストだって……」
シンジはそこまで言うと言葉を飲み込んだ。
実はアスカのテスト結果は余り良いものでは無かった。
なぜ良いものでは無いのか…。
アスカは日本語の漢字の理解力が低かったからである。
しかしリスニング……つまり聞き取り能力は、日本の中学生程度は十分にあった。
授業にもちゃんと付いて来れるアスカには、勉強はさほど必要でなかった。
「うにゅ、あしゅかちゃんもテストの成績悪いの〜」
「大丈夫だよ。アスカはもうちょっとすれば、良い点取れるようになるから」
「ほんと〜?」
「うん。本当だよ」
「わ〜い」
シンジに言われて喜びを一杯に表現するアスカ。
そんな様子を見ながらシンジは勉強をはじめようとする。
しかしアスカはジッとシンジの顔を見ていた。
「ど、どうしたの?」
「うにゅ〜。チンジは勉強ばかりするの〜?」
「でも、他にすること無いし…」
「だったら〜。プールに行くの〜」
「へ?」
「プールがあるって聞いたの〜。だから行こ〜」
思わぬアスカの提案。
シンジは戸惑ってしまう。
うう、勉強が出来る時にしないと、アスカに負けるのは目に見える……。
少ないけど僕にもプライドっぽいのはあるわけで……。
「チンジ〜。行こ〜行こ〜」
「……わかったよ」
「わ〜い。やったぁ〜」
「でも、僕は水着もって無いよ」
「大丈夫なの〜。あしゅかちゃんは持ってきてるの〜」
「持ってきてるって?」
「チンジの水着も持ってきていたの〜。だから大丈夫なの〜」
しまった……最初からアスカは泳ぐことを目的に来たんだ…。
そういえば、ネルフにはプールや銭湯まであるって聞いていた。
それを知っていたアスカは、プールに行こうって思ったんだろうな…。
修学旅行へ行けなかったってことがあるのかなあ。
「にゅにゅ? チンジは行きたく無いの?」
「いや……。プールにいこうか?」
「わ〜い」
喜び勇んでプールのある場所へと向かうアスカ。
アスカの胸にはデパートで買った水着が袋のまま入っている。
購入してから一度も着ていないことが良くわかる。
楽しそうに歩いているアスカとシンジの前にレイが歩いてきた。
レイも何か用事で、ネルフ本部を歩き回っているのであろうか。
アスカは笑顔を浮かべながら、レイの前に立ち止まる。
いつものようにレイは、表情を変えずに立ち止まる。
「にゅにゅ〜。おはよ〜なの〜」
「おはよう……」
「うにゅ。レイたんは〜忙しいの〜?」
アスカは『レイさん』もしくは『レイちゃん』とでも言いたかったのだろうか……。
しかし思いもかけないような名前の呼び方に、表情が変わらないはずのレイの表情が固まったように見える。
「れ、冷淡?」
「うん、レイたんもプールに行こ〜」
「え……?」
アスカの申し出にレイは驚いた表情を見せる。
殆ど表情の変え様が無いレイが見せる表情にシンジは驚いていた。
シンジがレイの表情の変化をみるのは、アスカが来る前の使徒を倒して以来であった。
「そ、そうだよ。僕らこれからプールに行くんだけど……どう?」
「どうって……わからない…」
レイは再び表情を隠そうとする。
しかしレイを見上げていたアスカはニッコリと微笑む。
そんなアスカを見て、レイはなぜか頬を赤らめ視線を逸らす。
「わかったわ……。あとで行くから」
「わ〜い。レイたんもいっしょ〜いっしょ〜」
シンジはアスカの様子をじっと見ていた。
不思議な魅力を持っているのかな……。
誰でも引きこむような…。
ぼ、僕も引きこまれてしまうのか……。
<つづく>
(2003年2月20日発表)