あしゅから元気!

書いた人:しおしお


その3.2「ユニゾン訓練だ、あしゅかちゃん」の巻

 

 分裂使徒との敗戦から始まったトレーニング。
 使徒のコアへの同時攻撃。
 アスカとシンジは練習を始めることになった。

 マンションのリビングにて、マットが2つ敷かれ、2人はその上に立っている。
 マットは一昔前にあったダンスゲーム用のコントローラーの改造版らしい。
 ダンスゲーム用のコントローラーは9つの踏み場があったのだが、ユニゾン用のコントローラーは、さらに踏み場を増やしてあった。

 昨夜、ミサトに泣きつかれたリツコが、エヴァンゲリオンの修理をしている技術班を徹夜させて作らせたらしい。

 その技術班の出来映えをたまたま通りかかった冬月がポツリと言った事……。
「ツイスター……」
 その場に居た技術班は、誰もその意味を判っていなかった。

 

 それぞれのマットの後ろには、点数らしき物を表示させるような機械が設置されている。

 

「だけど、なんでこんな格好に……」
 シンジは練習用に着させられたレオタードを引っ張りながら抗議の声を上げる。
 隣に立っているアスカは、オモシロそうにレオタードを引っ張ったりしている。

「じゃあ、音楽に合わせて動いてもらうわ。マットの光った部分に、手足を乗せていってね」
「手足を乗せるって……大丈夫なんですか?」

 ミサトの説明を聞いたシンジはアスカの方を見る。
 どう見ても、手足がそんなに長く無いアスカは、光った部分に反応できるかどうか心配である。

「大丈夫よ。これは早さを競ってるんじゃないの。2人の息を合わせる訓練だから」
「そうですか……」

 シンジは納得したような、納得出来ていないような返事をした。

「うにゅ? がんばろ! チンジ!」
「あ、うん……。そうだね……」
 とりあえずは、アスカの笑顔につられてシンジもやってみることにした。

「じゃ、ちょっと出てくるから練習しててね」
 ミサトはそう言うとマンションを出ていった。

 

 小一時間後……
 用事を終えたミサトは、練習風景を見て唖然としていた。
 一向に、シンジとアスカのリズムが合わないのである。

 マットの後ろに設置された判定マシンは“ERROR”の表示ばかり出されていた。

「どうしたのよ。2人とも動き合わせてよ…」
 2人のリズムが一向に合っていなかった。
 シンジもアスカもお互いに合わそうとするものの、どこかずれているのである。

「あ、合わせてますよ……」
「うにゅ、あしゅかちゃんもがんばってるの〜」

 2人とも、ミサトに言い返す。
 しかし普段から仲の良いように見えるアスカとシンジが全く合っていない。
 ミサトは1日でうまくいく物だと思っていただけに、表情も思わしく無い。

「シンジくん」
「はい…」
「照れて無い?」
「う……」

 ミサトの想像は図星であった。
 どちらかと言えば恥かしがりやなシンジは、女の子と一緒の動きをするのは照れるらしい。

「うにゅ? あしゅかちゃんだめなの〜?」
「そ、そんな事無いよ。アスカはちゃんとしてるよ。出来て無いのは僕の方だよ……」

「でも、こんなんじゃいつまで経っても出来ないわよ……」

 ミサトはチラリと後ろを振りかえる。
 用事ついでに連れて来たレイが立っていた。

「レイ……」
「はい」
「アスカと踊って見せて」
「はい」

 レイは、シンジが練習していたマットの上へ立つ。 ヘッドフォンを拾い上げると自分の頭に装着する。
 アスカは自分のマットの上に立って、レイとシンジの顔をちらちらと見る。

 あどけない表情のアスカとは対照的にシンジの表情は、緊張している様にも見えた。

 

「じゃあ、始めて」
 ミサトの合図で音楽が流れだし、アスカとレイの2人は踊り始める。

 2人の息は何故かピッタリ一致しており、アスカが身体を一杯に伸ばしてマークを踏む場面でも、レイがその動きにきっちりあわしている。
 シンジの場合は、合わせているようでも微妙にずれていた。
 シンジの心の中に『合わせてやっている』と言う気持ちがずれを呼んだのであろう。

 結局、エラーを出すことも無く曲は終了した。
 アスカとレイは、踊りきった充実感があった。
 シンジの表情には、驚きと自分が出来なかった悔しさが表情に浮かんでいる。

「シンジくん」
「はい……」
「これじゃあ、初号機をレイで動かしてもらうことになるわ」
「綾波が初号機を……」

 シンジはそこまで言うと立ち尽くしてしまった。
 浮かぶ情景は、エヴァンゲリオン初号機に乗れなくなった自分の姿。
 周りの皆からも『女の子に合わせず酷いわね〜』『シンジくんってワガママなのね』『あれじゃあ、ゴハンを作るだけね』など、悪い想像しか浮かんでこなかった。

「うひゃぁ〜あ〜」
 突然シンジは大声をだした。
 それに驚いたミサト、アスカ、レイの三人。
 三人ともシンジが何を想像したのかさっぱり判らなかった。

「うわ〜ん。僕捨てられるんだ〜」
 大声で泣きながらシンジは、マンションを出ていった。
「チンジ〜」
 アスカは慌ててシンジの後を追い駆けて行った。

 リビングに残されたのは、ミサトとレイの2人だけである。

「葛城一尉……」
「なに?」
「私はどうすれば良いんでしょうか?」
「う〜ん。待ってましょう」
「はい?」

 

 

 

 マンション近くの公園
 シンジはベンチの上にて、膝をかかえ体育座りをしていた。

「ふふ。父さん。僕は要らない子なんだね……。やっぱり綾波が良いんだね……」

 夕日を浴びながら、シンジはブツブツと繰り返していた。
 どうみても危ない少年にしか見えないので、公園を散歩する人々は、すこし離れて歩いている。
 考えてみれば、夕方にレオタードをきた少年が体育座りで呟いていれば、誰もが避けるだろう。

「ああ、母さん。母さんに会いたいよ……」

 シンジの呟きがクライマックスに近づいているのか、天を仰ぐように声を出し始める。

「チンジ〜。チンジ〜」
「はっ……今の声は……」

 さきほどまで、別世界に行っていたシンジは、耳に届いてきた少女の声により、我に返った。
 そして、声があったであろう方向をキョロキョロと周りを見まわす。
 すると、右手側から懸命に走ってくるアスカの姿が見て取れた。

「チンジだ〜。チンジ〜」

 とことことこ……

 決して走るのが速いとは言えそうに無いアスカの疾走。

「アスカ……。僕の為に……」

 しかし、懸命に走ってきてるアスカの姿にシンジはベンチから降りるとアスカへ近づく。
 ここで、がっちりと抱き合えば感動の場面なのだが……。
 重心がそんなに低く無い幼児体型なアスカは……。

 べちょっ……

 シンジとの距離が数メートルの所で、思いっきり転んでしまった……。
 大の字で地面へ伏せたアスカは、少し立ってから動き出した。
 そして身体を起きあがらせると、シンジを一瞬見てから綺麗な瞳が潤み始めた。

「ふぇぇ……」
「あ、アスカ……」
「痛いの〜。あしゅかちゃん、ころんじゃったの〜」

 突然大声で泣き出したアスカをあやそうとシンジはなだめようとする。
 しかしアスカは、一向に泣き止む様子を見せなかった。

 周りに人が集まり出したために、シンジはアスカを連れてベンチの上に座らせることにした。
 ようやく泣き止んだアスカをベンチに置いたままシンジは公園内で売っているアイスクリームを買ってきた。

「はい、アスカ」
「わ〜い、アイスクリームなの〜♪」

 アスカは嬉しそうに受取ると、アイスクリームを舐め始めた。
 シンジもアスカの隣に座る。

 2人とも、何も言うことなく沈み始めた夕日を眺めていた。

 もう食べ終えたのか、アスカはシンジの横顔を見ている。
 それに気がついたシンジはアスカの方に顔を向ける。

「ねえ、チンジ〜」
「ん? どうしたの?」
「アタチ、チンジに合わせるから、チンジ戻ってきてほしいの〜」

 いつものような笑顔はアスカに無かった。
 かなり僕が逃げ出した事がショックなのだろうか……。
 なんて事をしちゃったんだ……。
 笑顔でいてくれるアスカに…。

「アスカ……」
「やっぱり、チンジと使徒さん倒したいの〜。だから、だから〜」
「ゴメンね、アスカ。僕は、遠慮してたみたいだったよ。だから、一緒にやろうっか……」
「ほんと〜?」
「うん。本当だよ」
「わ〜い。わ〜い」

 僕がそこまで言うと、アスカは笑顔を取り戻した様に明るくなった。
 良かった。
 やっぱりアスカには笑顔が似合うね…。

「えへへ〜。じゃあ、やくそくなの〜」
「やくそく?」
「うん。あしゅかちゃんと、一緒に使徒さんを倒すやくそく〜」
「うん。判ったよ」
「ん〜っと、ん〜っと。それとずっとチンジが居なくならないように……」
「うん。約束するよ」
「やったぁ〜」

 夕日の中で僕とアスカは約束を交わした。
 必ず使徒を倒す事を……。
 アスカの傍にずっと居てあげる事を……。

 でも、ずっとって……。
 いつまでの事を言うんだろうか…。

<つづく>

 

 

 

 

 

 おまけ
 既に暗くなりつつあるリビング。
 そこには、ショートカットの少女とビール片手にくつろいでいる女性が座っていた。

「葛城一尉……」
「な〜に〜?」
「いつまで、待つのでしょうか……」
「……さあ……」

 レイはこのとき、不信感と言う感情を覚えたらしい。

 

<おちまい>


(2001年12月8日発表)

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