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閣僚級による初の「米中戦略・経済対話」が28日終了した。気候変動対策から北朝鮮核問題まで議題は広範囲にわたり、21世紀の新たな米中関係の構築を印象付ける一方、「強気」の中国に米国が「配慮」をにじませる場面もみられ、両国の政治力学の微妙な変化もうかがわせた。主要8カ国(G8)や20カ国・地域(G20)会議が扱う包括的テーマに米中主導で取り組む野心的な試みだが、両国による「G2」体制がどこまで進むかは未知数だ。【ワシントン及川正也、北京・浦松丈二】
2日間の会合では、米中間の懸案が「封印」され、「協調」ムードが演出された。主導したのは米国だった。
オバマ米大統領は開会式で「米中関係が21世紀を方向付ける」と強調した。中国新疆(しんきょう)ウイグル自治区での暴動鎮圧問題を先鋭化させず、中国船による米艦船への妨害行為や中国からのサイバー攻撃に対する対応よりも、米中軍事交流の再開を急いだ。
「月旅行の話題を除き、主要問題は全部議論できた。この対話は成功したと思う」。共同議長を務めた中国の戴秉国(たいへいこく)・国務委員(副首相級)は共同会見で満足げな表情を見せた。ウイグル自治区の暴動鎮圧など人権問題を巡る摩擦を避け、金融危機や気候変動対策での協力強化を議論の中心にできたことは中国の思惑通りだった。
中国にとっては、オバマ大統領の年内訪中で合意できたことも大きな成果だ。今年10月に建国60周年を迎える中国にとって、この時期に大統領の訪中が実現すれば、自国の国際的な地位向上を内外に強く印象付けることができるからだ。
ブッシュ前政権が「中国脅威論」を唱えたのに対し、オバマ政権は「対中融和論」に立ち、関係強化を打ち出している。政権発足半年で米中戦略・経済対話をスタートさせたのも、その意欲の表れだ。
背景には、経済再建や核不拡散を掲げるオバマ政権にとって中国との関係構築抜きに政策目標を実現できない実情がある。中国は米国債の最大の保有国であり、「核なき世界」の達成には中国の協力が不可欠だ。
だが、米中間にはなお深い溝がある。今回の協議では突出を避けたが、人権問題は米国にとって「絶対不可欠」(クリントン国務長官)な要素。ウイグル問題の成り行き次第では議会側の対中圧力が強まる可能性もある。
一方、気候変動対策で、中国は欧米主導の温室効果ガス削減目標設定を一貫して警戒している。米国内でも大幅な削減目標設定への反発は根強い。このため、米中の接近は削減目標の後退につながるのではないか、との懸念を欧州側が抱く恐れもある。
中国メディアも「米国が厚遇と引き換えに、実利を中国に求めてくることを警戒すべきだ」との識者談話を伝えるなど、自国の地位向上を手放しでは喜んでいないようだ。
クリントン長官は今回の対話について「(米中間の)基礎構築がすぐに多くの成果を生むわけではないが、あらゆるステップが効果的な投資となる」と評価した。あくまで長期的な関係強化の第一歩と位置付けたもので、米中「G2」体制の見極めにはなお時間を要しそうだ。
日本政府は、米中関係の緊密化が将来、両国だけでアジアの諸問題を動かす契機になるのではないかと警戒している。日米中の間では3カ国対話の枠組みを模索する動きもあるが、米中に日本が追従する場になりかねない「もろ刃の剣」の側面もあり、日本としてどう臨むのかを定められずにいる。
日本政府は基本的には「米国と中国は本質的に異なる国」(外務省幹部)として、米中関係は依然、互いの意向を探り合う段階と踏んでいる。日米同盟を基礎に中国と向かい合う「2対1」の構図を堅持したい考えだ。
一方で、今夏にも中国が主導する形で、日米中の局長級協議を開催する方向で調整が進んでいる。日本にとって、米中主導で物事が決まるのは避けたいが、3カ国協議に必ずしも積極的ではない。特に安全保障問題に関しては、同盟関係にある日米と中国が同じテーブルで話し合うことに強い警戒感を抱いている。
現実に米中関係が深まる中、日米中の枠組みで協議が行われた場合、たとえ一部であっても米国が日本を明確に支持しない局面が出てくれば、中国側に外交的得点として利用されかねない。外務省幹部は「外交上、客観的には日中の引き分けでも、日本にとっては失点になってしまう」と懸念する。「2対1」の構図が「正三角形」に近づくことは最も避けたい事態だ。
一方、対中関係でも、長期的には、中国の経済力をはじめとする国力が日本を上回る見通しも現実化している。外務省幹部は「中国に対し、日本との関係強化が利益になると理解させる努力を継続するしかない」と話している。【須藤孝】
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▽オバマ大統領の今年中の訪中。両国軍の交流拡大。今年末までに人権対話
▽米国は貯蓄率の向上、中国は内需拡大を目指す。金融システム改善で協力。保護貿易に反対
▽気候変動対策、クリーンエネルギー開発などで利益を共有
▽6カ国協議再開と朝鮮半島非核化への努力継続
▽反テロを確認、核不拡散などで協力
▽今回の「対話」は新時代の両国関係発展に向けた主要な一歩
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01年1月 ブッシュ大統領就任
4月 南シナ海で中国軍機が米軍機と接触、墜落。江沢民国家主席が謝罪要求
02年2月 ブッシュ大統領と江主席が会談、ロイター。対テロ協力で一致したが、人権問題などでは平行線
03年3月 胡錦濤国家主席就任
07年1月 中国が人工衛星破壊実験
08年3月 チベット暴動で、ブッシュ大統領が懸念表明
8月 北京五輪開会式にブッシュ大統領が出席
9月 中国が米国債保有高で日本を抜いて首位に
09年1月 オバマ大統領就任
3月 南シナ海で中国艦船が米海軍音響測定艦を妨害
4月 オバマ大統領と胡主席がロンドンで初会談、ロイター。戦略・経済対話の枠組み創設で合意
7月 米中戦略・経済対話初会合
毎日新聞 2009年7月30日 東京朝刊