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いのうえ・しょういち 1955年、京都市生まれ。京都大工学部を卒業、その後文化系にかわり、歴史をてがけている。とりわけ、近現代の風俗史に力を入れてきた。モットーは興味本位。

井上章一氏 関東中心の歴史観に異議

 日本の中世は、鎌倉時代にはじまる。武家が台頭し、公家の時代を終わらせる。関東に自らの幕府を、こしらえる。それまでは古代で、そこからあとが中世になる。私は、日本史の授業で、そうおそわった。
 近世の開始をつげたのは、江戸幕府の成立である。関東にできたこの政権は、戦国の乱世を最終的におわらせた。太平の世、安定した社会を、きずきあげている。だから、中世と近世は、江戸幕府のできたことでわけられる。以上のようにもおしえられたことを、私はおぼえている。
 今でも、こういう教育がまかりとおっているのかどうかは、よく知らない。しかし、私たちの世代は、たいていそんな時代区分で歴史をまなばされた。中世は鎌倉、近世は江戸ではじまる、と。そうだそうだ、自分もそうならったという人は、すくなくないだろう。
 今の私はこの分類に、不満をいだいている。中学や高校のころは、ピンとこなかった。だが、大人になった現在、これはおかしいと思うようになっている。
 考えてもみてほしい。中世や近世の新しい時代は、つねに関東地方できりひらかれている。そして、新時代にのりこえられる旧時代は、いつも近畿を中心としていた。平安時代が鎌倉時代へ、安土桃山時代が江戸時代へとうつっていく。近畿から関東へ、政権の中枢が移動する。それが新しい時代の到来なんだとする教育を、われわれはうけてきた。あるいは、うけさせられてきたのである。
 近畿の政権が衰退、もしくは崩壊する。関東が中心地にのしあがる。どうして、それが新しい時代になるんだ。歴史教育に名をかりながら、関東を美化しすぎてはいないか。近畿をおとしめているんじゃあないか。近畿は因循姑息(こそく)で古めかしく、関東は進歩的で新しい。歴史の授業は、けっきょくわれわれに、そんな考え方をすりこんできたのではないか。
 周知のように、明治維新で江戸は東京へと、その名をあらためた。天皇の玉座も、京都から東京へうつしかえている。関東の東京は、これで名実ともに、日本の首都となった。明治以後は、東京時代とでもよぶべき時代を、きりひらいている。そして、いっぱんには、これが日本における近代の幕開けだとされてきた。
 東京が近代という新時代を、ひきいていく。京都から東京への奠都(てんと)をへて、世のなかは一新した。そんな歴史が、そのまままるごと、古い時代にも投影されている。おかげで、中世や近世にまで、関東地方がえらそうな顔をするようになった。京都や近畿は、腰をひくくすることが、しいられている。
 首都の東京、関東がふんぞりかえる。明治以後のそんな地勢学が、けっきょくは歴史の時代区分をもねじまげた。関東地方さえはなやげば、それが歴史の進歩なんだとする見方を、国民におしつけている。今、私はそのからくりを、史学史的においかけだしているところである。乞ご期待。
(国際日本文化研究センター教授)

[京都新聞 2007年02月18日掲載]

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