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【社会】

死刑執行 葛藤の日々 立ち会った元刑務官訴え

2009年7月31日 朝刊

「裁判員には死刑の実態を知らせるべきだ」と語る坂本敏夫さん=宇都宮市内で

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 凶悪事件を扱う裁判員裁判では、死刑が求刑されるケースが避けられない。だが、死刑がどう執行されるのか、その実態はベールに包まれたままだ。生命を奪う刑罰の正体を知らずに、裁判員は死刑判決を下すかどうかの選択を迫られる。死刑執行に立ち会った経験がある元刑務官で作家の坂本敏夫さん(61)=宇都宮市=は「司法を担う裁判員には死刑の現実を伝えるべきだ」と話す。

  (大西隆)

 坂本さんは一九六七年に大阪刑務所の刑務官に就き、広島拘置所総務部長を最後に九四年に退職した。その間に複数回の死刑執行に携わったという。

 死刑は法相が「死刑執行命令書」に署名してから五日以内に執行される。坂本さんがある拘置所の幹部だったとき、自分を入れて職員十人が事前に執行担当者に指名された。

 死刑囚の首に真っ白いナイロン製ロープが固定されるのを確かめ、坂本さんは左手を振り下ろした。階段脇の五つのボタンが一斉に押された。そのうちの一つが通電し、目隠しされた死刑囚の足元の、九十センチ四方の床板が下方に開いた。ダンッという大音響とともに死刑囚は落下した。

 刑務官が階下で揺れ動く死刑囚の体を押さえ、医師が聴診器で心臓の停止を待つ。十四分後に死亡が確認された。が、生き返らないよう、さらに五分間はつるしておく決まりだ。遺体を清めて納棺し、遺族に死刑の執行を告げると、兄弟が遺骨を引き取った。

 死刑囚は死んで初めて刑が完結する。だから労役のある刑務所ではなく、拘置所の独居房で執行まで自由に過ごす。「逃がさず、殺さず、狂わさず、が死刑囚の処遇のモットーだ」と坂本さん。殺すために心身ともに元気に生かしておくという不条理を処遇担当の刑務官は抱えている。

 「刑が確定した死刑囚の多くは、一度は自暴自棄になる。これを親子のように一緒に泣き笑いして信頼関係を築き、償いの気持ちを持たせられるのは刑務官しかいない。心から反省して『お世話になりました』と言って死んでいってほしい」

 それが、死刑囚の処遇にかかわる刑務官にとってせめてもの救いだ。更生を願い気を使って接してきた同じ刑務官が、今度は手にかける「後味の悪さといったらない」と。

 ある死刑囚は「びくびくしながら『今日は生き延びた』と確信が持てる、午前十時の室内体操の音楽を待つんです」と坂本さんに言ったという。今も百人余の死刑囚がいる東京、名古屋、大阪など全国七つの拘置所でそんな葛藤(かっとう)が渦巻いている。

 「死刑判決を下すというのは、死の宣告者になるということ。三、四日の審理で『あなたは死になさい』と言えるのか。裁判員には死刑囚が首をくくられて死んでいく様子を伝えるべきだ。刑場くらいは見せるべきだ」と坂本さんは訴える。

 

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