「青い空」より
タバコと健康 ―最近の話題も含めて―
副院長(第一内科部長)
宮田 明
1)「タバコ病」について

喫煙により引き起こされる病気を喫煙関連疾患、いわゆる「タバコ病」といいます。国民の死亡原因の第一位は「がん」ですが、タバコと「がん」との関連性は医学的に明らかになっており、中でも肺癌はその関連が深くタバコ消費量に比例して肺癌死が増加し、1998年に胃癌を抜いて「がん」死の原因第一位を占めるに至りました。「がん」以外にも心臓の冠動脈疾患などの動脈硬化性疾患をはじめ幾多の「タバコ病」があります。最近特にタバコとの関連が注目されているは肺気腫などの慢性閉塞性肺疾患(COPD)です。COPDはタバコ中の有毒粒子やガスにより末梢気管支が炎症を起こして破壊され、気づかないうちに肺の機能が低下し、20年位経って酸素を吸わなくては生けて行けなくなる病気です。COPDの90%がタバコによるものと言われています。COPDは現在死亡原因の第8位くらいですが、2020年には第4位になると予測されています。それらの「タバコ病」により、わが国では毎年10万人以上が天寿を全うすることなく亡くなっており、その数は全世界では400万人以上におよぶと考えられています。そして、21世紀中の全世界の「タバコ病」による死亡者は10億人以上と予測されています。

ところで、「タバコ病」には自分がタバコの煙を吸う事(能動喫煙)により病気になるものと、自分が吸わないのに人のタバコが出す煙(副流煙)を吸わされて(受動喫煙)病気になるものがあります。副流煙は喫煙者自身が吸う主流煙より毒性が強く、近年受動喫煙のみでも健康被害を生じることが、医学的に明らかになりました。すなわちタバコは喫煙者のみならず周囲の非喫煙者の呼吸器疾患、循環器疾患、「がん」等のリスクを上昇させます。たとえば15〜29歳の若くして「がん」になった患者さんの調査では、父親が喫煙者の場合に発癌の危険が1.5倍に増加することが報告されています。わが国では年間約5万人が肺癌で亡くなっていますが、そのうちの千人は他人のタバコの煙が原因と考えられており、夫がタバコを1-14本、15-19本、20本以上吸う場合、非喫煙者の妻の肺癌がそれぞれ、1.42倍、1.53倍、1.91倍に増加することは有名な話です。また、20本以上喫煙する夫を持った妻の心臓死は1.31倍と報告されています。家族の喫煙が、子どもに肺炎、気管支炎、喘息、中耳炎になりやすい、風邪がなおりにくい、呼吸機能が低下する、身長が伸びない、乳幼児突然死症候群が増える、などの影響を与えることも報告されています。

2)「健康増進法」と「タバコ規制枠組み条約」

昨年5月に「国民の健康の増進を図り、国民保健の向上を図ることを目的」として、「健康増進法」が施行されました。その第二十五条に非喫煙者をタバコの煙から保護するため「学校、体育館、病院、劇場、観覧場、集会場、展示場、百貨店、事務所、官公庁施設、飲食店その他の多数の者が利用する施設を管理する者は、これらを利用する者について、受動喫煙を防止するために必要な措置を講ずるように努めなければならない」と規定されています。この法律は、今まで曖昧であった受動喫煙の被害を生じさせないようにする義務を、その場所を管理する事業主に課したものです。そして、その責任者は、その施設が完全な分煙になっていなかったため生じた非喫煙者の職員や客の急性、慢性のタバコによる健康被害に対し、その責任を追及される可能性が生じました。当院でもその趣旨に沿って、昨年4月より全館禁煙としております。

すでに新聞などでご存知の先生方も多いと思いますが、職場での分煙を要求したのに改善されず、受動喫煙で健康被害を受けたとして、東京都江戸川区職員が区に約30万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は12日、区の安全配慮が不十分だったとして5万円の支払いを命じました。江戸川区は控訴しない方針で判決が確定しています。判決理由で裁判長は「職場の施設を管理する区は、受動喫煙から原告の生命、健康を保護するよう配慮する義務を負う」と指摘しています。たばこ被害をめぐる訴訟で賠償を命じた判決は初めてで、健康増進法施行後の事案なら、なおさら賠償責任が問われやすいと考えられています。今やたばこが健康被害を引き起こすのは社会の共通認識になったということで、今後禁煙・分煙の流れがさらに加速するものと思われます。この法律に沿った具体的な分煙方法については、厚生労働省ホームページhttp://www.mhlw.go.jp/houdou/2002/06/h0607-3.htmlを参照下さい。

この法律の趣旨に沿って学校においても全国的に学校内全面禁煙の学校が増えてきています。広島市で平成15年度2学期から市立の幼稚園、小中高校、養護学校計234校で敷地内禁煙化を決定されたことは記憶に新しいことと存じます。われわれの病院のある福山市においてもすでに99校の小中学校のうち39校で実施されています。しかし、学校での禁煙を進める意義は別のところにあります。喫煙者の半数以上は未成年期にタバコを始めます。そしてニコチン依存症となり、最後はタバコ病となり命を縮めます。未成年者はすぐには病気になりませんからタバコの害を体で実感しません。できるだけ若いうちに、できれば小中学校のときにタバコの害を教え込むこと、そして最初の1本に手を出させないことが非常に重要なのです。タバコの有害性は成人には理解され始め、若い女性を除き喫煙率は低下しています。しかしタバコの総売上本数は減少していません。その原因は恐ろしいことに未成年者喫煙の増加にあると言われています。これは将来の国民の健康を考える上で由々しきことです。学校で先生方がタバコの害を正しく理解し生徒に教えるだけでなく、自分も吸わない姿勢を示すこと、タバコは大人になっても吸ってはいけないものだということを身をもって示すことに大きな意味があるのです。

タバコ対策へのもう一つの朗報は、6月8日わが国が「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約」(いわゆるWHO「たばこ規制枠組み条約」)を世界で19番目に批准したことです。この条約はたばこの消費等が健康に及ぼす悪影響から現在および将来の世代を保護することを目的としており、これまで各国が個別に実施していたタバコ対策について国際協力の枠組みを与える第一歩で、タバコの健康問題に関する世界共通の認識とルールが生まれることになります。この条約は40カ国が締結した日の後90日目に効力が発生し、(1)屋内の職場、公共輸送機関、屋内の公共の場所等において、受動喫煙防止などの効果的取り組みを行うこと、(2)たばこ製品の包装・ラベル表示の見直し(ライト、マイルド等形容的表現の抑制)、(3)たばこの包装・ラベルの表示面積の30%以上を使って、健康に関する警告文をつけること(たばこの含有物や排出物についての情報も含める)、(4)たばこの広告・販売促進などの制限または禁止、(5)未成年者に対するたばこ販売を禁止するため効果的な処置を実施すること、などを義務付けています。年内に批准国が40を超すのは確実といわれており、今年度中に発効する予定です。今後のわが国のタバコの健康対策にとって画期的な節目になるものと期待されます。

3)ニコチン依存症

喫煙者10万人のうち5万人がタバコのために命を縮めると言われています。また非喫煙者も人のタバコの煙を吸わされて、10万人のうち5000人が命を縮めているといわれています。もしタバコさえ吸わなかったら、あるいは他人のタバコの煙を吸わされなかったら、それらの人たちはもっと長生きできたはずです。タバコはわれわれが日常遭遇する病気の原因のなかで予防可能な最大のものです。タバコが止められない大きな原因はニコチン依存症(中毒)と言われています。タバコ中の4000種類の化学物質のうちで体が欲しているのはニコチンだけです。ニコチン自体には発癌性は有りませんが、麻薬より強い依存性がある神経作動物質といわれています。つまり、ニコチンを欲してタバコを吸うのですが、同時に大量の毒物と発癌物質を摂取しているわけです。急にタバコをやめるとニコチンの禁断症状が出ます。そのためにタバコは止めにくいのです。

ニコチン依存症の生理学的な仕組みとしては、最近以下のように考えられています。ニコチンは本来の神経伝達物質である抗不安作用のあるセロトニン、多幸感を生むドーパミン、興奮作用のカテコールアミンなどと競合的に脳細胞のリセプターに結合します。そのためだんだん本来の神経伝達物質が出なくなりタバコからのニコチンがその代わりをするようになります。そしてニコチンが切れると禁断症状が出るため次のタバコに手を出しニコチンを補給するという行動を繰り返すということになります。そのため喫煙欲求は、喫煙者にとって、生理的欲求のように感じられるようになります。そして喫煙者は、理性で考えて喫煙という行動を選択するのではなく、無意識から沸き起こる生理的欲求に突き動かされて喫煙し、喫煙することが自分の本質であるかのように感じるようになるわけです。生理的欲求となっている喫煙欲求に打ち勝ち、禁煙することは容易なことではなく、タバコを吸うことを正当化しよう(合理化)、タバコの害を無視しよう・好きで吸っていることにしよう(否認)という防衛機制の心理が働くようになります。受動喫煙の害を考えると、喫煙者は加害者のようですが、本当のタバコの被害者は、喫煙者自身です。しかしそういった防衛機制の心理のため自分が被害者であるとは、気づかなくなります。

禁断症状を抑え比較的楽に禁煙する方法として、タバコから入るニコチンをガム(薬局で販売)やパッチ(医療機関で処方)に置き換えるニコチン代替(置換)療法があります。禁煙の成功率は5%といわれていますが、ニコチン代替療法により成功率は大幅に高くなっています。喫煙されている方の大半は本当は止めたいという気持ちを持っておられるというデータがあります。まだ喫煙されている方がございましたら是非お試しいただき、自らのあるいは家族や生徒たちの健康のため一日も早くタバコの世界から縁を切られることを心よりお祈りしております。当院では禁煙を希望される方や禁煙に興味をお持ちの方を支援するために禁煙外来を設け、内科の宮田、小栗栖(循環器)、久山(呼吸器)が禁煙指導をしております。またご希望により禁煙教室も行っております。詳細は内科外来までご相談ください。

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