【第25回】 2009年07月27日
拉致問題、もはや萎縮などしている場合じゃない
「貴殿は4月25日に放映された番組「朝まで生テレビ」のなかで、「横田めぐみさんと有本恵子さんは生きているという前提で」行う現在の日本政府の交渉をまともでないと誹謗し、「外務省も生きてないことは分かっているが、生きていないという交渉をするとこてんぱんにやられる。田中均が爆発物を投げ込まれた」と話して、横田めぐみさん、有本恵子さんの死亡を既成事実のように扱った。その上で、娘の生存を信じていのちがけで救出運動に取り組んでいる横田・有本両ご夫妻をはじめとする家族会・救う会が、過激な行動で異論を封じているかのように述べた。貴殿の言動からは同胞である拉致被害者を助け出すという意思が全く感じられない。
貴殿は雑誌「世界」昨年7月号で「北朝鮮側が“死亡した”と発表した8人を“生きている”と主張している日本側に無理があるのではないか。(中略)私は、いつまでも頑迷にフィクションの部分にこだわって圧力一辺倒をつづけるのではなく、現実的な交渉をすすめるべきだと思う」と書いている。そこで貴殿が挙げた「根拠」は、北朝鮮の宋日昊大使と6時間話して聞いたことだけである。
(中略)確実な根拠も示さず被害者死亡説を公共の電波を使ってまき散らしたとすれば、著しい人命軽視であり、家族と多くの国民の気持ちを踏みにじるものだ。ここに強く抗議する。」
番組は僕も観た。「世界」も読んだ。そのうえで書くけれど、「圧力一辺倒を続けるのではなく、現実的な交渉を進めるべきだと思う」との趣旨に、基本的には同意する。政府の施策に異議を唱える行為に対しては、普通なら「誹謗」ではなく「批判」という言葉を使う。「まき散らす」とか「踏みにじる」とか、あまりに感情的な述語が、この抗議書には多すぎる。
もちろん僕には、横田めぐみさんと有本恵子さんの今の状況はわからない。だから田原さんの発言が事実かどうかの判断はできない。でもそれは問題ではない。問題にすべきではない。
なぜなら拉致問題は、もはや、日本国内だけの問題ではない。北東アジアの安全保障に関わる問題だ。これまで日本政府が、何度も北朝鮮政府との約束を破ってきたことを、蓮池さんはインタビューでも述べている。僕に語ってもくれた。もしも蓮池さんの言うとおりの経過ならば、北朝鮮政府が、これほどに誠意のない日本とはもう交渉できないと考えることも当然だ。
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著者プロフィール
- 森達也
(テレビディレクター、映画監督、作家)
1956年生まれ。テレビディレクター、映画監督、作家。ドキュメンタリー 映画『A』『A2』で大きな評価を受ける。著書に『東京番外地』など多数。
この連載について
テレビディレクター、映画監督、作家として活躍中の森達也氏による社会派コラム。社会問題から時事テーマまで、独自の視点で鋭く斬る!
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