シリコンバレーで今もっとも資金を集めているのは、情報通信ではなく環境・エネルギーだという。検索エンジン最大手のグーグルが力を入れているのも、スマート・グリッドと呼ばれる電力網だ。グリッドというのは送電線のことだが、アメリカでは老朽化して大停電が起きたりしている。これを更新するとともに、太陽光発電などのグリーン・エネルギーによって家庭や企業で自家発電される電力を配分するために情報ネットワークで制御しようというものだ。
ところが日本の電力会社の反応はにぶい。電力会社が「アメリカの電力網はボロボロだから更新する必要があるが、日本の電力の信頼性は世界一高い」というのも、たしかに一理ある。アメリカでは年間の停電時間が160分にものぼるが、日本は16分だ。また日本では、アメリカのように発電会社と送電会社が分離されていないので、電力会社がライバルになる自家発電を送電網に入れるのをいやがる。グリーン・エネルギーの安定性が低く、それを制御するコストがかかるのも確かだ。
しかしオバマ政権がスマート・グリッドを国家戦略と位置づけ、グーグルやIBM、GEなどの大企業が巨額の投資を行なっているのは、かつてインターネットが世界の情報産業を変えたように、今度はスマート・グリッドが世界のエネルギー産業を変える可能性があるからだ。特にエネルギー面でも環境面でも大きな比重を占める自動車産業が電気自動車に転換すると、ガソリンスタンドが電力網に置き換わるかもしれない。日本の企業は、太陽光発電や省エネでは世界最高の技術をもっているが、それもこの規格にあわないと世界の市場から孤立し、「ガラパゴス化」してしまうおそれがある。
1990年代後半、世界各国の政府は、電話の加入者線のアンバンドリング(分離)によって新規参入を促進する規制改革を行なった。日本のNTTはその規制に忠実にアンバンドリングを行ない、ソフトバンクが参入してブロードバンドが急速に普及したが、アメリカの地域電話会社は政府を相手に訴訟を起こし、アンバンドリングを妨害した。その結果、インターネットの祖国であるアメリカのブロードバンド化は大きく立ち後れ、オバマ政権では通信インフラの整備も課題になっている。
たしかに今の日本の電力会社のサービス品質は高いが、アメリカがスマート・グリッドによって送電網を情報化すれば、日米の立場が逆転するかもしれない。それを防ぐには、日本の送電網も発電会社からアンバンドルする規制改革を検討する必要があろう。「発送電一体だから品質が高い」という電力会社の主張は、今は正しいが、電力の消費者が発電する時代には、正しくなくなるかもしれない。政府は、インターネットの教訓に学ぶべきだ。