◇ラッキードッグ1 ルキーノ誕生日ショートストーリー
「the Dog Star Days」
 監修:Tennenouji


 ラジオからは始終、東海岸を襲う熱波への注意報が流れていた。
「クソ、暑ぃ……」
 つまり。これで『まだ』熱波が来ていないと――こんな暑さはまだガキの遊びだと、
ラジオはくだらねえCMの間に叫び続けているわけだ。
 冗談だろ、オイ。カンベンしてくれ…………。
「ン? なんか言ったか、ジャン」
「……あー、いーや、なんでもねえ」
 暑さでアタマが煮えて、独り言のグチがお口を動かしちまってたようだった。
 ロックフォート港から市街に延びるストリートを歩きながら、俺は、そして俺に日陰
をつくってくれている巨躯――ルキーノは、うんざりしたように、同時に、空を見た。
「いい天気だな。こんな日にセーリングしたら、気分がいいぜ」
「ひでえな、こんな時にマイアミの海、思い出させんなよう……休暇なんて当分無理
なんだからさ」
「クリスマス終わったあたりに、またまとめて休めばいいさ。南国の海は逃げないぜ」
「そりゃーそーだけどー」
 暑かった。
 7月の終わりのデイバンは、空焼きしたオーブンの中みたいに焼けていた。
 もう夕方の5時近いのに、太陽はとても、高い。
 安い煙草の箱みたいに真っ青な夏の空、そこにイヴァンのバカが45口径をぶち込ん
だまぶしい太陽の穴。10時間近くその太陽に炙られていたアスファルトとビルの谷間
は、下手なサウナよりも暑く、むっとした熱気をこもらせていた。
「そりゃー、車もラジエーターがふっとぶよなあ……」
「たまには歩くのもいいもんだろ? もう少し我慢しろ」
 その日は、いつもルキーノの仕事――市街の挨拶回りに、二代目カポになったばかり
の俺も同行していた。そのタイミングを狙ったように、この暑さ。
 俺たちが乗っていたフォードはつい先ほど、ラジエーターから降霊会のタマシイみた
いな蒸気を吐いてご臨終となった。しかも、こんな暑い時間帯はタクシーの運ちゃんも
木陰でシェスタの真っ最中だ。
「……ボスのリーンカーンだったら、エンコなんてしねえのになあ。あれ、クーラー
ついてるし」
「俺の仕事に、あんなクルマ使えるわけないだろ」
「……わかってるよ。あんなの乗ってたら、まるきりヤクザだもんな」
「最初から丸出しで出てくるストリッパーはいない。そういうことだ」
 ルキーノは、俺の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれていた。俺は、彼の長身が作る
日陰に入るようにして、ストリートを歩く。
 ……どこまで? そう、本部に連絡がつけるための電話がある、シマの店まで。
 死んだフォードを降りて、まだ10分も歩いていないだろうが、それでももう俺は、
そして隣を歩くルキーノも、汗まみれだった。きっと、俺たちの背後と、そして前方
10歩くらい先を、目立たないように進んでいる護衛の部下たちも汗まみれのはずだ。
 ……兵隊さんたちは、この緊急事態で冷や汗もかいているだろうからなおさらだ。
「くそ、麻のシャツが台無しだ……雑巾みたいにはりついて……気持ち悪い」
「夏服だけで5着は要る、って俺が言ってた意味、わかっただろ?」
「ああ。洗濯屋サンにアタマがあがらねえよ」
 ルキーノは汗が流れ落ちそうな顔で、だが何か楽しんでいるようなさわやかな顔で、
俺の頭上に笑い、ウィンクする。……ったく、元気なヤローだ。
「しかし、今日は暑いな。こんな陽気だと、町中でもシャツ一枚でぷらぷらしていや
 がるイヴァンの野郎が少しだけうらやましいな」
「だったら、明日は俺のシャツ貸そーか?」
「星が昼間に見えるのか? バカいえ。明日は市長と昼食会なんだぞ。おまえも」
「わーってる……。あー、靴がアスファルトに張り付いて歩きにくいぜ」
 俺は愚痴をこぼし、ここでゆるめたらおそらく二度と締められなくなるネクタイを
触って――……歩きながら、そっとルキーノのほうを見上げてみる。
 汗にまみれ、ライオン髪とうなじのあたりをシャワー上がりみたいに濡らしている
ルキーノは……いつもと同じように、どっしり構え、何か笑っているように口元を
結んで……歩いていた。
(……聞いちまうか、このへんで……)
 数日前から、ずっと俺のハラの奥に引っかかっていたある『言葉』を、俺はアタマの
ほうまで引っ張り上げて整理し、そして口に――
「な、なあルキーノ、さ。明後日、ちょうど……」
 ……クソ、口が渇いてまともに声が……。
 その時、ルキーノが足を止めた。俺もどきっとして身体も口も固まる。
「あそこだ。やっとひと息つけるぞ」
「……あ、ああ」
 やっと、俺もルキーノと同じモノを見て気づいた。俺たちの前を歩いていたルキーノ
の兵隊たちが、ある店のドアを開け――その中に異常がないのを確認して、俺たちに
小さく手を動かして合図を送っていた。

 薄暗く、埃っぽいその店の中には当然のようにクーラーなんて無かった。
 だが、あの残酷な陽光から逃れられただけでも、カフェだか雑貨屋だかわからない
その乱雑な店の中は素敵な空間だった。妖精の女王がほほえむ氷の洞窟のようだった。
「うっわ、日陰に入ったら……なんかまた、どばっと汗が出てきた」
「たまには、いいもんだろ? さて――」
 ルキーノは、俺たちのほかには誰も居ないその店の中をぐるり見渡すと、入り口の
ほうを固めていた伊達男の部下たちに命令を飛ばす。
 そして……俺は、ルキーノの肘でつつかれて小さなカウンターに、くっつかされる。
「本部への連絡はあいつらにやってもらおう。話すのも苦痛なくらい喉がからからだ」
「左に同じ〜。なんか、飲むか……」
 俺たちに気づいて、慌てて店の奥から出てきた寝ぼけ眼のバーテンに、俺は指を立て
て――だがその俺より早く、
「すまないな。こんな時間に。電話を借りるぞ」
 ルキーノが俺の前で指を振った。その動きに、髪がぼさぼさのままのバーテンが愛想
わらいとイタリア語のお世辞をばらまき……そして俺は、コーラの瓶と、身体に悪そう
な真緑色のソーダ水の選択肢を吹っ飛ばされて、ルキーノをジト目で見上げる。
「ん? まさか、アイスキャンデーでもしゃぶりたかったのか?」
「あー。それもイイネ。……てかさ、さっき言い損ね……」
 その俺と、そしてルキーノの前に、ドン、と――
「オ……」
「こんな日は、これに限る……だろ?」
 グラスの尻や煙草の火がびっしり痕を残したカウンターに、これもびっしりと――
俺たちと同じように汗をかいたグラスが、俺たちとは真逆に、キンキンに冷たくひえた
でかいグラスが二つ。もちろん中身は、たっぷりの泡の王冠をかぶったビール!
「……喉が渇きすぎてて、この発想は出てこなかった〜」
「こんな時は――どんなシャンパンやブランデーよりも、コイツが最高の酒だ」
 カチン、と俺たちはグラスをぶつけ合ってそれを口元に運ぶ。
 ふわん、と微かに甘く苦い香りが、埃で汚れた鼻腔に刺さって……それを追っかけるように、グラスの冷たさに飢えた口と唇と舌が、冷たいビールをグビンと飲んでいた。
「――………………!!」
「――………………!!」
 そういう機械のように、俺とルキーノは同じ動きでグラスを傾ける。
 歯にしみる冷たさが、舌と喉をとろかせる水分が、意識をぜんぶ持ってゆく。
 一日分の呼吸でこびりついた塵埃が。繰り返された言葉と、カビの生えたお世辞と、
さりげない恫喝と無機質な約束と、疲れた相づち、言葉の残滓が。それらがみんな、
魔法の液体で一発で洗い流され、胃袋という奈落の深淵に落ちてゆく。
「……くあああぁぁぁ〜〜〜ッ」
「……ふう。いいもんだろ?」
 言葉が出てこない。グラスの中、半分くらいに減ってしまった茶色い快楽を、俺は
冷たさで痛む喉も気にせず、一気に流し込む。
 体温で煮沸された炭酸が、胃袋と食道で心地よく暴れて、思わず閉じた目の端から
ぽろっと涙がこぼれた。
「……ふ、ああ……生きてるって素晴らしいよネ」
「まったくだ。世の中、こういう快楽は決まって苦痛のやつに付き添ってるからな。
 行きつけの店と、ポケットに5セントあれば人生、暑いのを我慢する価値はある」
「違いない」
 俺たちは、2杯目のビールをバーテンから受け取る。カウンターに置かれたグラスの
中、無音で立ち上る小さな泡を、俺はこれ以上ないくらいのやさしい目で見つめる。
 その頃には、ルキーノの部下たちもビールや氷を入れたウィスキーを楽しんで、
そして――入り口の見張り役以外は、俺たちからは少し離れた場所で、ラジオや、賭け
ダーツの周りに集まって自分たちの空間を作っていた。
 ……さすがルキーノの兵隊は出来ている。こんな場所でも、いちおうはカポの俺と、
直属の上司の会話が耳に入ったりしないように心得ていらっしゃる。
 ここなら、さっき言いかけた話を……。
「なあ、ルキーノ。さっき……」
「ん、なんだ?」
 数度、喉を鳴らしただけでグラスを干したルキーノが――こちらも見ずに答え、
そして――大きな手で、汗に濡れたライオン髪と、首のあたりをこすった。
「…………」
 濡れた首筋と、ほつれ、張り付いた髪を見て……不意に、その大きな手で抱きすくめ
られ、強く、強く――息も出来ないほど抱きしめられたときのことを思い出してしまい
俺は唇が動かなくなってしまっていた。
 離れているのに、ルキーノの匂いと、抱きしめられたときにぼんやり見える首筋の
あたりに目と、意識を持って行かれて……。
 そこに、溺れたみたいにあえぐ俺の口と鼻があって、耳元をキスされているときの
記憶が、ずきんと背骨を――
「なんだよ?」
「い、いや。……明後日さ、週末の――その日……」
 ……バカか、俺は? なんで普通に言えない?
 だが俺の自己嫌悪より先に、ルキーノがちらと腕時計を見て、言った。
「ああ、週末な。金曜日は俺、朝から出かけるぞ。戻りは遅くなる」
「え……っと」
「昔使ってた家まで行ってくる。少し片付けをして――いろいろ、持ってくるものも
 あるからな……」
「あ、うん……」
「なんだ? 何か、別の予定でも入っていたか」
「い、いや。そうじゃねえよ。……なんでもねえ」
 俺は、ごまかすために残りのビールを喉に流し込む。さっきまでは天使が踊っていた
グラスの中は、ぬるくて甘ったるい、ただの液体になっていた。
 俺は、機械的に持ってこられた三杯目の液体を前に――
 ……くそっ、なに、泣きそうになってるんだ俺は?
「そろそろ迎えの車がくるぞ。それで本部に戻ってくれ」
「あ、ああ。ルキーノは?」
「少し野暮用があってな。夜には戻るさ――」
 俺はそれ以上、なにも言えないまま……。

 7月29日――それに気づいたのは、1週間前のことだった。

「ルキーノの誕生日? ああ、そうか。たしか7月だったな」
 最初にそのことを聞き、確認したのはベルナルドにだった。
「そうだ、29日だな。ああ……しばらく、抗争やらムショやらで、それどころじゃ
なかったからな……いかんな、忘れていた。ありがとう、助かるジャン」
「いや……その。なにか、組でパーティーとか……昔はしてたのか?」
「んー……。言われてみれば……あまり、した記憶は……ルキーノの聖命記念日とか
に、アレッサンドロ親父が晩餐会を開いたりとか……それくらいだったかな」
「……そっか。そりゃそうか。ヤクザもんが誕生パーティーもねえよな」
「いや、役員や……たとえばカヴァッリ顧問の誕生日はけっこう盛大にやるだろう?」
「ああ、そういやそうだった。毎年、逆に小遣いせびってたなあ」
「なんというか、うちは――CR:5は、所帯持ちの幹部が……その、居ないだろう。
 ああいうパーティーは、その……家族ぐるみが普通だしな」
「あ…………。そう、か……ルキーノ……」
「……まあ、そういうところもあってな。うちでは、幹部の誰かの誕生日パーティーと
 いうのはやったことがないな。そろそろ組織も落ち着いてきたんで、これを機会に
 始めるというのもアリ、だと思うんだが……どうする?」
「……すまねえ、少し考えておくわ。……その、ルキーノに聞いてみる……」
「そうだな――」

「誕生日、だあ? ああ、ルキーノの野郎のか」
 次に聞いてみたのは、三日前、イヴァンにだった。
「ああ、なんというかな――ハハ、お誕生日パーティー、ってトシでもないだろ俺ら。
 だからさ、なんか……日ごろの感謝というか、なにか……プレゼントとか、さ」
「ルキーノの野郎に、か? ンなもん。そのへんのスタンドで煙草買ってやっとけ」
「ほんとうにきみにはデリカシイがないな」
「つーかさ。あんなリアル充実野郎に、プレゼントっていってもなあ。役員連中の
 お誕生日会みたいに、翌日捨てられるバラの花とか送っとくのか?」
「…………」
「だいたい。おめー、あいつに服とか靴とか時計とか。みんな見繕ってもらってるん
 だろ? そのおまえが、あいつを驚かせるようなモノ用意できるのかよ」
「……むかっとするけどなにも言えないとはこのことか」
「言ってんじゃねえかボケ。まあ、俺の見たところ……あいつに不足してそうなモノ、
 やったら喜ばれそうなモノ、っていったら……クルマ、くれーかなあ」
「くるま?」
「あの野郎。自前のクルマにはぜんぜんッ、気をつかわねーだろ?」
「あ……そういえば……」
「まあ、おめーとお出かけの時には組のリンカーン使えるからいんだろうけど、あいつ
 一人の時は未だに、へーきで中古のフォードとかタクシーだぜ? あいつ頭おかしい
 んじゃねえの? あんだけ、服とかにはうるせーくせしやがってよう」
「そっか……クルマか、そう言う手もあるか。なあイヴァン、おまえのメルセデス、
 あれっていくらぐらいなんだ? どこで買える?」
「………………ハアアアアアアァァァァ!?」
 そのあと、俺はイヴァンにみっちり1時間オーバーの説教を食らって、あのおクルマ
が普通では手に入らない、欧州じゃ王様専用の特注最新型だと叱られまくった。
 ……ついでに――その値段を聞いて、ガックリ来た。
 ……無理。組のカネ横領しないと、いやそれでもたぶん無理……。

「ルキーノが……欲しがりそうなもの、ですか?」
 次に聞いてみたのは昨日のこと――会議の帰り、トイレで連れションの形になった
ジュリオにだった。
「わかりません……すみません、お役にたてなくて……」
「い、いや、いいんだ。ハハ……あいつがもらって喜びそうなモノとか、さっぱり、
 想像もつかなくってさ……」
「ジャンさんになら……なにをもらっても、嬉しい……と思いますが」
「そ、ソウカナ」
「……あ…………ルキーノは、服や持ち物にはカネを使っていますから、確かに……
 普通のものだと、けちをつけられかねませんね」
「……そ、そうかな。そんなこと無いと思うけど……」
「彼は、金持ちと言うより浪費家、ですから……すみません、お役に立てず……」
「……ハ、ハハ。いや、なにか……ジュリオの詳しそうなモノで、いいアイディアが
 あったらいいなーって、まあ、軽い話だから。そんなにしょげないでくれよ」
「すみません……ルキーノに、やったほうがいいもの、ですか――銃、とか……?」
「オ。それ、いいかも。なんつーか、マフィアっぽい?」
「ですが……あいつの銃、ブローニングの新型、ですよね」
「だ、だったっけ?」
「はい、複列弾倉の、自動拳銃で……彼には、いい銃だと思います」
「そ、そうなの?」
「はい、なんといいますか……タマが、たくさん入ります。多少外れても、すぐ次の
タマが撃てれば……なんとかなる、かもしれませんから」
「……下手な鉄砲も、って……ひでえー、ジュリオ、ひでー」
「……すみません……」
「い、いや。……あ、じゃあジュリオ、ほかにさ、そのナントカ弾倉でタマのいっぱい
 入る、なるべく高級な銃って、何か……あるか? そいつにしようかと――」
「ありません。おそらく、あいつのブローニングが、いまのところ唯一かと。あとは
 マシンガンになってしまいます……それでよろしければ、俺が――」
「そ、そっか……サンキュ……」
「あ……ジャンさん、手を洗ってからのほうが――」

 そして、当日――やめておけばいいのに、俺はカヴァッリの爺様に話を聞いてしまっ
ていた……。
「そうか、あやつの誕生日か……」
「……俺さ、ずっとあいつの世話になりっぱなしでさ。……ルキーノいなかったら、
 こうやってボスになれてなかったし――これからも、やっていけないと思うんだ。
 だから……なんていうか、俺に出来る限りのコトで、あいつを……喜ばせてやれ
 たらいいなって……感謝って言うか、その……」
 ――――好きだ、って言葉よりも、それは難しく思えていた。
「ふむ、そうか……。ルキーノは、昔使っていた家に……行っておるのじゃろ?」
「ああ、そう聞いてる。今日は、戻りが遅くなるって……」
「だったら……そっとしておいてやるのがいい、かもしれんの」
「なんで……! ……って、あ――そう、か。あいつの家…………」
「……あやつも、割り切ったふりはしておるが――おまえも知っておるじゃろう、
 ルキーノのやつは、ああ見えて、な……。まだあれから、そんなに経ってはおらん
 からの。……アリーチェたちのことを思い出す時間も、たまには必要じゃろう」
「――…………」
「黙っておこうかとおもったがの……。あの子の、アリーチェの誕生日はおとつい
 じゃった……。昔は、ルキーノは娘と一緒に誕生日パーティーをやってたものじゃ」
 ……俺は、ルキーノが……何か、避けていたその理由を悟って……。
「ジャンカルロ。おまえの気持ちもわかるが……こんなときは、ひとりにしておいて
 やるというのも、ひとつの贈り物かもしれん……ぞ?」
 俺はその言葉に…………。
「……ああ。ありがとう、爺様。……そうしてみる――」

 こうして――――――

「…………なんて週末だ……」
 その金曜日は、ルキーノ、そしてアレッサンドロ親父の予定もあわなかったので、
恒例の幹部食事会は中止となっていた。
 そして俺はひとり……自分の寝室にすっこんで、メシを食う気も風呂に入る気にも
ならず、安い動物園のケモノのように、部屋のベッドでずっとうずくまっていた。
「……誕生日なんかで浮かれてて……バカそっくりだ、俺……」
 あのとき――薄暗いカフェのカウンターで、ルキーノに週末のことをはぐらかされた
時点で、誕生日のことなんか忘れておくべきだった。
 それを、うじうじ悩んで……とどめで、カヴァッリ爺様に話を聞かされたせいで――
 自分の中で、割り切ったつもりでいたことが……ルキーノの過去を、俺が全く癒せ
ないでいることが――そもそも、俺があいつの、なんの役に立てているのかと……。
 このまま、窓から飛び降りたい気分で……そんな気力も無いまま、俺は……
 ――その時だったった。
 knock knock!!
「う、うわ!?」
 ドアがノックされ――鍵をかけていなかった扉がいきなり、開いた。
「おう、やっぱりこっちだったか。ちょっと入るぞ」
「ル……ルキーノ……!?」
 声が、ひっくり返ってしまっていた。俺は、安い映画のヒロインみたいに、口に
両手を持って行きそうになり――慌てて立ち上がり、あせって……時計を、見た。
「もう夜中じゃねえかよ……な、なんだよ、今日は……家のほうに、行ってたんじゃ
 ないのかよ……?」
「ああ、行ってたさ。今、戻ってきたんだよ!」
 ルキーノの顔には、そして夏のジャケットには、熱帯夜の夜をくぐってきた汗の
跡が、生乾きのまま残っていた。それを大きな手でぬぐい、にやりと笑ったルキーノは、何かのデカイ包みを抱えたまま……。
「な……なんだよう?」
 ドアに鍵をかけた音にびくっとして、俺の声は情けなくしぼんでしまっていた。
 その俺の横を、汗と混じったコロンの香りが通り過ぎて――
「こんな時間まで、なにしてたんだよ……」
 クーラーの入った部屋で、汗を浮かべている俺に……ルキーノがニッと笑った。
「コイツを見つけるのに手間取ってな。仕立屋に特急でなおさせたんだが……間に合うかひやひやしたぜ」
「な、なんだ……?」
 ルキーノは、持ってきたあの包みをバリバリと開いていた。
「このあいだ、不意に思い出して、な」
 その包みから出てきたのは……少しくすんだ白いシルクのシャツに、すらりとした
黒のスラックス、ネクタイと……靴の箱……?
「な、なんだそれ?」
「――今日、俺の誕生日だろう?」
 いきなり、ルキーノの背中からトンできたその言葉に、俺はあぜん、と……。
「わ……わかってる、よ。……あんた、その――避けてたんじゃ……」
「ああ。――俺ももう28だぞ。ベルナルドあたりに捕まって、あと2年だね、って
 笑顔でパーティーなんか開かれてみろ。死にたくなる」
「な……じゃ、じゃあ。やらないのか、その……誕生――」
「いや、やるさ。誕生日プレゼントくらい欲しがってもいいだろう?」
 イイ顔で笑ったルキーノが、俺にさっきのシャツとズボンを放り投げてきた。
「それ、やるよ。と言うことで、さっそく着てみてくれ」
「な……やる、って。俺がプレゼントもらって、どう――……って、着ろ、って。
 そもそも、なんだよ、この服はよ?」
「ブレザーとネクタイもあるぞ。そいつは……」
 気づくと、ルキーノの顔がすぐ目の前にあった。
「俺の通ってたハイスクールの制服だ。俺のヤツを、ジャンにあうサイズに仕立て直さ
 せておいた。それで……もう一着あるんだが、さすがに俺はもう着られないな」
「な、な!? ガッコーの制服? なんで? なんで俺がそれを??」
 うろたえている俺のアタマと、背骨の奥の方で……バチッと、何かの火花が。
「ま、まさか…………」
 ルキーノはそれに答えず、さわやかな笑顔で俺を見……そのまま、部屋のカウチに
どっかり腰を沈めて――俺を、見る。
「これ、着ろってか!? なんで!? い、いや、なんとなくわかるけど!!」
「誕生日プレゼントのリクエストさ。さて、レッツショータイムだ」
 すっごくうれしそうなルキーノの声に、俺は……泣きたいような、このまま大笑い
してあの野郎に飛びついてしまいたいような、ごっちゃの気分で……いた。
「ど、どうせ……これ着せて、エロいことする気なんだろこのレイプ魔め……」
「――自由の女神はデカイのか? ずーっと楽しみにしてたんだから、頼むよ。
 ハイスクールの制服着てるおまえを犯したら、どんな感じかなって」
「……なんだよう、それ……フツー、じゃ……ダメなのかよう」
「いいだろー、誕生日ぐらい。それとも……なぜか家にあった、女子用の制服とか
 チアリーディングのドレスとかのほうがよかったか?」
「あ、あほーう!! ……このやろう、心配して損した……」
「ん、なんの?」
「うるせー。……クソ、わかったよ……! 向こうで着替えてくる……」
「なに言ってるんだ。そこで着替えるんだよ」
「は、はあああ!?」
「あー、いや。ちょっとまて。いきなりそのスタイルで出てきた方がそそるかな。
 ちょとまて、考えさせろ」
「し、知るかああ……!!」

 結局――間にシャワーを挟んで、2回ぐらいその服を着るハメになった。

「……ありがとう、な……ジャン」
「な、なんだよう。いきなり」
「……おまえがいてくれて、俺は――俺で、いられる……」
「……ひとのことレイプ後の汁まみれにしておいて言うセリフかよう……」
「……ハハハ、ジャンは……どんな俺が、好きだ?」
「……どんなって。……俺は――」
「……自分の誕生日からも逃げているような男は、嫌いか?」
「このやろう……」
 俺は、ネクタイで縛られて悲惨なことになってる身を起こし……。
「ッ、ん……ふ……」
「う……ジャ……ん……っ……」
 ルキーノに覆い被さるようにして、深く、長いキスをした――
END