新宿に行くと、少し恐いのと同時に大人にまぎれられる喜びみたいなものを感じられた
シンガー・女優・モデル・DJ
川村かおりさん


多感な10代の時期に新宿に通いつめていた川村さん
その後しばらく新宿から遠去かっていたものの
最近ふたたびこの街に足を運ぶようになったという
彼女のコスモポリタンな魅力ときわ立つ個性には
新宿の街とどこか共通するものがあると感じられるのは気のせいだろうか



PROFILE
1971年、モスクワ生まれ。1988年にシングル『ZOO』および同名アルバムで音楽界にデビュー。その後、シングル11枚、アルバム5枚、ビデオ3本をリリース。1993年より一時活動を休止してニューヨークなどで暮らした後、1995年にRe-STARTシングル『Big Beat』で音楽活動を再開。希有なキャラクターを生かして女優としても活躍し、主演映画『東京の休日』(1991年)、NHK-BSの『新宿鮫』(1996年)&『新宿鮫・毒猿』(1997年)、今春放映されたCXの連続ドラマ『WITH LOVE』などで好演。現在、J-PHONEのCMに出演中。モデルとして、雑誌やファッションショーなどにも登場している。来年公開予定の映画『白痴』(手塚眞監督)にも出演。


”行かなきゃいけない場所“だった『ツバキハウス』と『ロフト』
 新宿に通い出したのは中学生ぐらいの時からです。当時の新宿には、自分にとっての”行かなきゃいけない場所“があって、それが『ツバキハウス』であり『ロフト』だった。『ツバキハウス』に週2回、『ロフト』にも週2回は行ってたから、1週間の3分の2は新宿にいたと思います。特に『ロフト』は、異常に盛り上がってた80年代のロックシーン、特にインディーズにとって不可欠な存在だったから、そこにいる自分がカッコイイと思えるような一種のステータスだった。あと『ローリングストーン』という昔からある飲み屋にもよく通ったし、何か考え事をする時にはコマ劇場前の噴水のところに行ってました。
 新宿に行くと、少し恐いのと同時に大人にまぎれられる喜びみたいなものを感じられて、すごく緊張しながら背伸びして歩くような感じでしたね。
 でも一番好きな街と言えば原宿になります。自分が育った街だから、たとえ街が変わっても思い入れは変わらない。新宿も、もう少し長く通っていればそうなったかもしれないけど、新宿にいた時期よりも原宿にいた時期のほうが長かったから。


新宿はコスモポリタンな街
 新宿の中で好きだったのは歌舞伎町と2丁目。新宿、とりわけ歌舞伎町のあたりは、東京で唯一コスモポリタンな場所、外国を感じられる場所じゃないかな。混沌としていて、国籍、文化、階級などが入り混じった感じは、ニューヨークなんかに共通するものがあると思う。特に歌舞伎町がそう。あと2丁目は今ではほとんど行かないけれど、一時期通ってたんです。ノーマルな人たちがすごく嫌いだった時期があったから。それは自分がまだ若くて、人間の裏表とか腹黒さみたいなものについていけなかった時のことです。よく「オカマの人のほうが優しい」とか、「ゲイのほうが物事をハッキリ言う」とか言われるけれど、当時はそれをしみじみと感じたな。「ずいぶん下手な女装ね」なんて言われて、「女装じゃない!」なんて答えてた。でも当時はリーゼントに皮ジャンという格好で宝塚チックだったし、何より若さがあったから2丁目ではとてもかわいがってもらったんです。新宿に足を運ぶ回数がパタッと減った最大の理由は『ツバキハウス』がなくなってしまったから。花園神社の近くに『ミロスガレージ』というのができて、そこに『ツバキハウス』でやってたようなイベントが引き継がれてはいたけれど、そっちに行くことはほとんどなかった。『ミロスガレージ』が『WIRE』と名前を変えて、そこでDJをやるようになってから新宿にふたたび顔を出すようになりました。この1年ぐらいのことかな。でもプライベートで新宿に来るのは夜だけです。昼間の新宿には興味がない。ネオンあっての新宿だと思ってますから。

新宿との浅からぬ縁
 実は、新宿には意外と縁があるような気がしてます。1990年にリリースし、シングルになった『金色のライオン』という曲があるんですが、これは新宿でプロモーションビデオを撮影しました。フォークソング調の、70年代の学生運動をテーマにした新宿の歌だったので、アルタのあたりから反対側(西口)に抜けるトンネルみたいなところと、コマ劇場の前で早朝に撮影したんです。それに『新宿鮫』と『新宿鮫・毒猿』では、晶(注:主人公の刑事・鮫島の恋人でロック歌手)の役をやったし。劇中に登場する曲も書いてほしいと言われて、”新宿“や”鮫“などのテーマに合わせた曲も書きました。
 新宿にまた顔を出すようになっても、あまり街が変わったという印象は受けないですね。逆に”何でここまで変わらないんだろう、この街は“という思いが強い。変わってるところもあるんだろうけど、昔から同じ場所に改装もせずにある店も多いし、まあ貧乏くさい街だなと思ってます(笑)。でもそこが自分には良くもある。あんまりキレイキレイなものって好きじゃないですから。ただ、今の新宿は以前よりもスリリングになっているような気もします。人間の生活が前よりもむき出しになってるみたいで、街にいる人が生きてるんだなっていうのをいっそう実感できるようになった。


大人が新宿という街を手放さない
 新宿はいろんな意味で世代交代ができてない街だと思います。新宿を愛する大人たちがあまりにも多くて、彼らが新宿という街を手放さないからじゃないかな。普通、お店とかは世代交代していくけど、新宿は同じ人が同じ店をいつまでもやってたりする。これは若者のせいじゃなくて、よき時代の新宿にいた人が街を手放さないから。でも無理に若者の手に奪い返す必要もないかなとも思いますよ。
 今『WIRE』ですごい盛り上がりを見せている「ロンドンナイト」などのイベントに行くと、はっきり何かとは言えないけれど、15年ぐらい前から受け継がれてるものを感じるんです。自分の中でも言葉になってないものなんだけど、”何か“がある。昔『ツバキハウス』のお客さんだった人が、今の『WIRE』のイベントを作り上げていて、そこには世代交代があるわけだし、店に来ている10代の子たちもいずれはその流れを汲んで世代交代していくはず。でもそこに流れる空気は昔とほとんんど変わってない。『ツバキハウス』とちがうのは、ゴハンが食べられなくなったことぐらいかな(笑)。
 とりあえず、第3月曜日に『WIRE』でDJをやってるイベント「ロックス」が、さらに盛り上がりを見せて定着するまでは新宿に足を運び続けるんじゃないかと思ってます。


川村さんの格言
新宿はいろんな意味で世代交代ができてない街。
それは新宿を愛する大人たちがあまりにも多くて、
彼らが新宿という街を手放さないから。
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川村かおり

■11月17日(火)に渋谷『ON AIR WEST』にてソロライブを予定。開場6:30PM〜、開演7:30PM〜。
お問い合わせはディスク・ガレージ(03-5436-9600)まで。

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