本山直樹 Website

過去の記事‎ > ‎

松くい虫防除の薬剤散布の健康影響

(2009年7月29日)

NHKテレビ総合放送クローズアップ現代で、昨年5月に島根県出雲市で起きた松くい虫防除の薬剤散布と「眼のかゆみ」その他の症状との関係について放送予 定(2009年7月30日7:30pm~)との情報がある。NHKが事実をどのように報道するか、どのような切り口になるか、影響が大きい番組だけに興味 深い。私は松くい虫防除で散布された薬剤の周辺地域への飛散状況と健康影響の可能性については、2004年以来研究テーマとして取り上げ、毎年各地で現地 調査を行ってきた。それらの結果の一部はすでに以下の原著論文として印刷公表し、残りは現在投稿準備中である。
 
市川有二郎・盛山 充・本山直樹:群馬県で松林にスパウターを用いて散布されたアセタミプリド液剤の飛散状況. 日本農薬学会誌33(3), 281-288(2008)
市川有二郎・本山直樹:静岡県で無人ヘリコプターで松林に散布されたフェニトロチオン乳剤の飛散状況ならびに健康影響評価. 日本農薬学会誌33(3). 289-301(2008)
市川有二郎・佐々木 碧・田畑勝洋・本山直樹:秋田県潟上市天王浜山地区で無人ヘリコプターにて松林に散布されたフェニトロチオンMCの飛散状況. 日本農薬学会誌34(1). 45-56(2009)
 
島 根県出雲市では2008年5月26日早朝に松くい虫防除目的で有人ヘリコプターによるスミパインMC散布を実施(市内5ケ所、計351ha)し、当日およ び翌日に多くの児童・生徒から「眼のかゆみ」その他の症状の訴えがあった。出雲市では計8回の健康被害原因調査委員会[委員長:山本広基島根大学教授 (現、学長)、2008年6月11日~9月18日]を開催したが、健康被害の原因に関して最終的に統一した結論に達することができず、2008年9月24 日に3論併記という形の報告書を市長に提出した。報告書は今でも出雲市役所のホームページに公開されている。
健康被害原因調査委員会について(2008年9月24日登録)
(出雲市役所ホームページ→市政→暮らしの情報→産業・雇用・労働→農林水産業→健康被害原因調査委員会報告書について)
 
私 は当時まだ農林水産省農業資材審議会農薬分科会長の任にあった(2008年12月まで)ということと、私自身が取り組んでいる研究テーマに深く関わってい るということから、事実関係をできるだけ正確に把握するために第3回(2008年7月14日)から第8回(2008年9月18日)までの委員会を傍聴し た。驚いたことに、委員会は一部の委員の強引な議事進行と一部の傍聴者の声の暴力によって科学的な議論が妨げられ、1960年代の大学紛争当時の大衆団交 の雰囲気を思いださせた。その辺の様子は、第6回委員会を傍聴した科学ライターの松永和紀氏が新農林技術新聞(2008年9月15日)に報告している。最 初からスミパインMC原因説を取った二人の委員は、実に巧妙に記者席を意識したプレゼンテーションを行い、私が宿泊していた(委員会は毎回7-9pmに
開 催されたので)ホテルで翌朝テレビのニュースをひねったり新聞を開くと、たいていこの二人の委員の主張がそのまま見出しになっていた。メディアの記者が、 いかに操作され易いものかと初めて目の当たりにした気がしたのを思い出す。私も当時委員会を傍聴した感想を何回か本山メモとして残したので、この機会に公 開しておく。
 
松くい虫防除のために散布されるスミパイン乳剤についても、スミパインMC(マイクロカプセル)についても、マツグリーン 液剤2についても、私達は散布された松林の周辺地域への飛散(薬剤の気中濃度と落下量)を測定する度に、大気を捕集するポンプを設置させてもらう小学校や 保育園、老人ホーム、病院、付近の住民に健康影響について聞き取りをすることにしているが、今までに松くい虫防除で散布された薬剤で体調が悪くなったとい う声を聞いたことがない。出雲市でも2008年以前にも松くい虫防除の薬剤散布は何年にもわたって行われているが、2008年に限って何故このような事件 に発展したのか、不思議である。松林をマツノダラカミキリによって媒介されるマツノザイセンチュウの被害から守るか守らないかは、各々の地域
の住 民の選択である。守らなければ、加害された松は確実に枯れ、やがてその地域から松林はなくなることが知られている。松は日本の文化に深く関わっているだけ でなく、美しい景観を作り出したり、飛砂被害を防ぐ海岸の砂防林や崖崩れを防ぐ山の防災林の役割を担っているところもある。マツタケが過疎地の経済に重要 な貢献をしているところもある。松くい虫防除の薬剤散布を行うかどうかは、松林の価値(果たしている役割)と守るためのコストを考慮した上で、判断をすべ きであろう。
 
NHKのクローズアップ現代が、存在しない恐怖を作りだすようなことをしないことを期待する。

添付ファイル (2)