掲載日:2006年10月5日
更新日:2009年3月2日
この研究班の見解として、現時点で科学的に妥当な研究方法で明らかにされている結果をもとに、日本人のためのがん予防法を提示します。
現段階では、禁煙とWHOやWCRF/AICRなどの食事指針に基づく日本人の実状を加味した食習慣改善が、個人として最も実行する価値のあるがん予防法といえるでしょう。さらに、感染経路が明らかなウイルスの感染予防も重要です。
この内容は、今後、新しい研究の成果が積み重なることにより、内容が修正されたり、項目が追加あるいは削除されたりする可能性があることが前提となります。
なお、各項目についての解説は、がん情報サービス(国立がんセンターがん情報対策センター)の「日本人のためのがん予防法」でご覧になることができます。
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推奨1 |
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喫煙 →たばこは吸わない →他人のたばこの煙をできるだけ避ける。 |
目標 |
たばこを吸っている人は禁煙をしましょう。吸わない人も他人のたばこの煙をできるだけ避けましょう。 |
【国際評価の現状】
喫煙は、肺がんだけでなく、口腔、咽頭、喉頭、食道、胃、膵臓、肝臓、腎臓、尿路、膀胱、子宮頸部のがん及び、骨髄性白血病に対して発がん性があることが"確実"と評価されています(IARC 2004)。また、禁煙した人では、吸い続けた人と比べて、口腔、喉頭、食道、胃、肺、膀胱、子宮頸部のがんのリスクが低いことが"確実"と評価されています(IARC 2007)。これらのうちほとんどのがんで、禁煙期間が長くなるほどリスクが低くなることが示されています。喫煙は、がんだけでなく、冠動脈疾患(狭心症、心筋梗塞など)や脳卒中など循環器の病気、肺炎や慢性閉塞性肺疾患など呼吸器の病気の原因でもあります。
受動喫煙は、肺がんの"確実"なリスク因子とされています(IARC 2004)。今までに報告された、受動喫煙と肺がんとの関係を調べた55の研究のメタアナリシスによると、非喫煙女性の肺がんのリスクは夫からの受動喫煙がない場合に比べて、ある場合では1.3倍に高まることが分かりました(Taylor R et al. Int J Epidemiol 2007)。受動喫煙が関連するその他の疾患として、副鼻腔がん、乳がん(閉経前)、胎児発育(低出生体重児、乳幼児突然死症候群、早産)、呼吸器疾患(急性下気道感染(小児)、喘息、慢性呼吸器症状(小児)、眼球・鼻粘膜炎症、内耳感染)、心疾患(心疾患死亡、急性・慢性心不全、血管変性)があげられます(California Environmental Protection Agency 2005, U.S.Department of Health and Human Services 2006)。
【日本人のエビデンス】
本研究班では、日本人を対象とした研究に基づいて、喫煙により、がん全体のリスクが上がることは"確実"と評価しました。部位別では、食道、肺、胃に対しては"確実"、肝臓と膵臓に対しては"ほぼ確実"、大腸と乳房に対しては"可能性あり"という評価です。
非喫煙者に対する喫煙者のがん全体のリスクは、本研究班では、5つのコホート研究のメタアナリシスにより1.5倍(男性:1.6倍、女性:1.3倍)と推計しました(Inoue M, et al. Jpn J Clin Oncol 2005)。また、日本人を対象とした複数のコホート研究を統合したデータに基づくと、がん死亡のリスクは、男性2倍、女性1.6倍程と推計されています(Katanoda K, et al. JE 2008)。上述の相対リスクと喫煙者の割合などから推計すると、日本人のがん死亡の約20%〜27%(男性では30〜40%程度、女性では3〜5%程度)は喫煙が原因であり、即ち、喫煙していなければ予防可能であったと言えます。禁煙の方法については、厚生労働科学研究費補助金(第3次対がん総合戦略研究事業)「効果的な禁煙支援法の開発と普及のための制度化に関する研究」班(研究代表者 中村正和)で作成された、「脱メタバコ支援マニュアル」(http://www.kenkoukagaku.jp/top/tabacco/metobacco.html)が参考になります。
受動喫煙については、日本人非喫煙女性を対象としたあるコホート研究で、肺腺がんのリスクは、夫が喫煙者である場合に、非喫煙者である場合と比べて、約2倍高いことが示されました (Kurahashi N, et al. Int J Cancer 2008)。
推奨2 |
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飲酒 →飲むなら、節度のある飲酒をする。 |
目標 |
飲む場合は1日あたりアルコール量に換算して約23g程度まで(日本酒なら1合、ビールなら大瓶1本、焼酎や泡盛なら1合の2/3、ウィスキーやブランデーならダブル1杯、ワインならボトル1/3程度)。飲まない人、飲めない人は無理に飲まない。 |
【国際評価の現状】
飲酒は口腔、咽頭、喉頭、食道、大腸(男性)、乳房のがんのリスクを上げることが"確実"とされています(WCRF/AICR 2007)(WHO/FAO 2003)。さらに、肝臓、大腸(女性)のがんのリスクを上げることも"ほぼ確実"とされています(WCRF/AICR 2007)。
【日本人のエビデンス】
本研究班では、日本人を対象とした研究に基づいて、飲酒によりがん全体のリスクが上がることは"確実"と評価しました。部位別には、肝臓、大腸、食道のがんにおいてその影響が"確実"としました。
日本人男性を対象としたあるコホート研究で、1日2合以上の飲酒で40%程度、3合以上の飲酒で60%程度、がん全体のリスクが上がることが示されました。これらの飲酒量に該当する人の全体に対する割合も考え合わせると日本人男性のがんの13%程度が、1日2合以上の飲酒習慣によりもたらされているものと推計されます(Inoue M et al. Br J Cancer 2005)。大腸がんではよりはっきりした関連が見られ、日本人を対象とした複数のコホート研究を統合したデータに基づくと、1日あたりの飲酒量が1合、2合、3合と増すと大腸がんのリスクも1.4、2.0、2.2倍と上昇し、4合以上では3倍近くになることが分かりました(Mizoue T, et al. Am J Epidemiol 2008)。その一方で、ある程度の量の飲酒は、心筋梗塞や脳梗塞のリスクを下げる効果があることが知られています。したがって、節度のある飲酒が大切です。飲む場合は1日あたりアルコール量(純エタノール量)に換算して約23g程度(日本酒なら1合、ビールなら大瓶1本、焼酎や泡盛なら1合の2/3、ウィスキーやブランデーならダブル1杯、ワインならボトル1/3程度)の量にとどめるのがよいでしょう。飲まない人や飲めない人の飲酒はすすめません。また、健康日本21では、「節度ある飲酒」として約20g程度までをすすめています。 (http://www1.mhlw.go.jp/topics/kenko21_11/b5f.html)
推奨3 |
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食事 →偏らずバランスよくとる。 *塩蔵食品、食塩の摂取は最小限にする。 *野菜や果物不足にならない。 *加工肉、赤肉(牛・豚・羊など)はとりすぎないようにする。 *飲食物を熱い状態で取らない。 |
目標 |
* 食塩は1日あたり男性10g、女性8g未満、特に、高塩分食品(たとえば塩辛、練りうになど)は週に1回以内に控えましょう。 * 野菜・果物を1日400g(たとえば野菜を小鉢で5皿、果物1皿くらい)はとりましょう。 * ハム・ソーセージ・ベーコンなどの加工肉、牛・豚・羊などの赤肉の摂取は控えめにしましょう。 * 飲食物を熱い状態でとらないようにしましょう。 |
食事については、これをとっていれば確実にがんを予防できるという単一の食品、栄養素は、現在のところわかっていません。また、とりすぎるとがんのリスクを上げる可能性がある食品中の成分、あるいは調理、保存の過程で生成される化学物質等があります。したがって、そのようなリスクを分散させるためにも、偏りなくバランスの良い食事をとることが原則になります。
【国際評価の現状】
国際的にも食塩及び高塩分食品は胃がんのリスクを上げることが"ほぼ確実"とされています。塩分濃度の高い食品を控えると共に、食品の加工・保存に食塩を使わない工夫も必要でしょう(WCRF/AICR 2007)。
野菜・果物については主に消化器系のがんと肺がんでの関連が指摘されています。野菜と果物は口腔、咽頭、喉頭、食道、胃、及び肺(果物のみ)のがんに、それぞれ予防的に働くことは"ほぼ確実"と評価されました。なお、この場合の野菜には穀物やイモ類は含みません(WCRF/AICR 2007)。
また、ハム・ソーセージ・ベーコンなどの加工肉や赤肉(牛・豚・羊など。鶏肉・魚は含まない)は大腸がんのリスクを上げることが"確実"と評価されました。赤肉や加工肉は鶏肉などに比べて動物性脂肪含有量が高く、がんの発生にかかわる化合物や成分も含むことが知られています(WCRF/AICR 2007)。
南米で非常な高温で飲まれる習慣のあるマテ茶が食道のがんのリスクを上げることは"ほぼ確実"であると指摘されています。また、口腔、咽頭、喉頭のがんについても、"限定的"ではありますが、リスクを上げるとする研究結果が見られます。
【日本人のエビデンス】
本研究班での食塩の評価は胃がんにおいて"ほぼ確実"にリスクを上げるというものでした。日本人を対象としたあるコホート研究では、食塩摂取量の多いグループで胃がんのリスクが高まることが男性で示されました。女性でははっきりした関連は見られませんでしたが、いくら、塩辛、練りうになどの特に塩分濃度の高い食品をとる人ほど胃がんのリスクが高いことは男女共通して見られています(Tsugane S et al. Br J Cancer 2004)。塩分の摂取量を抑えることは、日本人で最も多い胃がん予防に有効であるのみならず、高血圧を予防し、循環器疾患のリスクの減少にもつながるでしょう。1日あたりの食塩摂取量としてはできるだけ少なくすることが望まれますが、厚生労働省は日本人の食事摂取基準として、男性は10グラム未満、女性は8グラム未満を1日あたりの目標値として設定しています(厚生労働省策定 日本人の食事摂取基準 2005年版)。
本研究班での野菜・果物の評価は食道、胃、および肺のリスクが低くなる"可能性がある"というものでした。日本人を対象としたあるコホート研究では、週1回でも野菜・果物を食べる人ではほとんど食べない人に比べて胃がんのリスクが低いことが分かりました(Kobayashi M, et al. Int J Cancer 2002)が、脳卒中や心筋梗塞等をはじめとする生活習慣病全体に目を向けますと、野菜・果物を毎日とることがすすめられます。健康日本21では、1日あたり野菜を350gとることを目標としています。 (http://www.kenkounippon21.gr.jp/kenkounippon21/about/kakuron/index.html)
果物もあわせた目安としては、野菜を小鉢で5皿分と果物1皿分を毎日食べる心がけで、400g程度になります。この量は、日本人の平均値に当たります(平成17年厚生労働省国民健康・栄養調査報告)。
本研究班では、ハム、ソーセージなどの加工肉は大腸がんのリスクを上げる"可能性がある"と評価した一方で、赤肉(牛・豚・羊など。鶏肉は含まない)については今のところ"データ不十分"でした。国際的な基準では赤肉の摂取は1週間に500gを超えないようにすすめています。
飲食物を熱い状態でとることが食道がんや食道炎のリスクを上げることを示す研究結果は多数あります。飲食物が熱い場合はなるべく冷ましてからにして、口腔や食道の粘膜を傷つけないようにしましょう。
推奨4 |
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身体活動 →日常生活を活動的に過ごす。 |
目標 |
たとえば、ほとんど座って仕事をしている人なら、ほぼ毎日合計60分程度の歩行などの適度な身体活動に加えて、週に1回程度は活発な運動(60分 程度の早歩きや30分程度のランニングなど)を加えましょう。 |
【国際評価の現状】
身体活動を上げること(運動)は、大腸(結腸)がんのリスクを下げることは"確実"、また、閉経後乳がん、子宮体がんのリスクを下げることは"ほぼ確実"、と評価されています(IARC 2002, WCRF/AICR 2007)。
【日本人のエビデンス】
本研究班では、日本人を対象とした研究に基づいて、身体活動は、大腸(結腸)がんのリスクを下げることは"ほぼ確実"と評価しました。日本人を対象としたあるコホート研究では、仕事や運動などからの身体活動量が高くなるほど、がん全体の発生リスクは低くなることが示されています(Inoue M, et al. Am J Epidemiol 2008)。さらに、身体活動量が高いとがんのみならず心疾患の死亡のリスクも低くなることから、死亡全体のリスクも低まることが分かりました(Inoue M et al. Ann Epidemiol 2008)。身体活動量を保つことは、健康で長生きするための鍵になりそうです。厚生労働省は「健康づくりのための運動指針2006」(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/undou.html)の中で、週に23エクササイズ以上の活発な身体活動(生活活動・運動)を行い、そのうち4エクササイズ以上の活発な運動を行うことを目標としています。1エクササイズに相当する活発な身体活動とは、生活活動としては、20分の歩行、15分の自転車や子どもとの遊び、10分の階段昇降、7〜8分の重い荷物運び、また、運動としては、20分の軽い筋力トレーニング、15分の速歩やゴルフ、
10分の軽いジョギングやエアロビクス、7〜8分のランニングや水泳などが該当します。
推奨5 |
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体形 →成人期での体重を適正な範囲に維持する(太りすぎない、やせすぎない) |
目標 |
中高年期男性のBMI(体重(kg)/身長(m)2)で21〜27、中高年期女性では19〜25の範囲内になるように体重を管理する。 |
【国際評価の現状】
肥満は、大腸、乳房(閉経後)、食道、子宮体部、腎臓、膵臓の各部位のがんのリスクを上げることは"確実"と評価されています(IARC 2002, WCRF/AICR 2007)。
【日本人のエビデンス】
本研究班では、日本人を対象とした研究に基づいて、肥満は、閉経後乳がんのリスクを上げることは"確実"と評価しました。また、大腸がんに対しては"ほぼ確実"と評価しました。ところが、BMIとがん全体の発生リスクとの関係を調べた、日本人中高年期(40〜69歳)男女約9万人を対象としたコホート研究では、男性の21未満のやせでのみ、リスクの上昇が認められました(Inoue M, et al. Cancer Causes Control 2004)。また、別の日本人中高年期(40〜64歳)男女約3万人を対象とした研究では、女性の27.5以上の肥満でのみ、リスクの上昇が認められました (Kuriyama S, et al. Int J Cancer 2005)。BMIとすべての原因による死亡リスクとの関係は、日本人中年期(40〜59歳)男女約4万人を対象とした研究では、男性はBMIで23〜27、女性では19〜25あたりが低いことが示されています(Tsugane S, et al. Int J Obes 2002)。このように、肥満とがん全体との関係は、欧米とは異なり、日本人においてはそれほど強い関連がないことが示されています。むしろ、やせによる栄養不足は免疫力を弱めて感染症を引き起こしたり、
血管を構成する壁がもろくなり、脳出血を起こしやすくしたりすることも知られています。その一方、糖尿病、高血圧、高脂血症等、やせればやせる程リスクが低下する病気もありますので、このような疾患のある人は、その治療の一貫として、太っていれば痩せることが効果的でしょう。
推奨6 |
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感染 →肝炎ウイルス感染の有無を知り、感染している場合はその治療の措置をとる。 |
目標 |
地域の保健所や医療機関で、一度は肝炎ウイルスの検査を受けましょう。 |
【国際評価の現状】
B型・C型肝炎ウイルスの持続感染は、肝がんの発がん要因であるのは"確実"、と評価されています(IARC 1994)。
【日本人のエビデンス】
本研究班でも、日本人を対象としたB型肝炎ウイルスと肝がんの33研究と、C型肝炎ウイルスと肝がんの10研究に基づいて、B型・C型肝炎ウイルスは肝がんのリスクを上げることは"確実"と評価しました。献血者約15万人を追跡し、B型・C型肝炎ウイルスマーカーが陰性の人と比べて、陽性者のリスクは100倍を上回ることが報告されています(Tanaka H, et al. Int J Cancer 2004)。また、肝がんの約8割がB型またはC型肝炎ウイルス陽性者から発生するとの報告もありますので(Ishiguro S et al. Eur J Cancer Prev 2009)、これらのウイルスに感染していなければ、肝がんはまれにしか発生しないことになります。B型・C型肝炎ウイルスは、主に血液や体液を介して感染します。出産時の母子感染、輸血や血液製剤の使用、まだ感染リスクが明らかでなかった時代の医療行為による感染ルートが考えられています。その他、医療従事者は肝炎ウイルスに感染している人の血液が付着した針を誤ってさした場合に感染する恐れがあります。
現在中高年の方は、輸血や血液製剤の使用などに思いあたることがなくても、昔受けた医療行為などによって、知らないうちに感染している可能性もありますので、地域の保健所や医療機関で、一度は肝炎ウイルスの検査を受けることが重要です(検査の日時や費用は各施設によって異なります)。もし陽性であればさらに詳しい検査が必要ですので、ウイルス駆除や肝臓の炎症を抑える治療、あるいは肝臓がんの早期発見のために、肝臓の専門医を受診してください。B型肝炎ウイルスの母子感染は産科で予防が可能です。
肝炎ウイルスについてもっと詳しく知りたい方は→「厚生労働省>健康>感染症情報>肝炎について」http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou09/index.html を参考にされるとよいでしょう。
※その他のがんを引き起こすウイルス・細菌
【国際評価の現状】
全世界でウイルスや細菌等の持続感染が原因で発生するがんの割合は、18%程度と推計されています(IARC 2003)。持続感染によるがんは、B型肝炎ウイルス(HBV)、C型の肝炎ウイルス(HCV)による肝がん、ヘリコバクター・ピロリ菌による胃がん、ヒトパピローマウイルスによる子宮頸がんが、その大半(16%)を占めています。
【日本人のエビデンス】
感染に起因するがんは、先進国全体では9%と比較的低いのに対し、発展途上国では23%となっていますが、日本では胃がんや肝がんが多いため、B型・C型肝炎ウイルス、ヘリコバクター・ピロリ菌、ヒトパピローマウイルス感染に起因するがんは20%と推計されていて、先進国の中では高いほうです(IARC 2003)。
・ヒトパピローマウイルスと子宮頸がん
子宮頸がんの原因となるヒトパピローマウイルスは、性交渉により感染することが知られています。なるべく感染を避けるには、性病予防と同様な心がけが必要です。ただし、それで完全に感染を予防できるわけではありませんので、感染や症状の有無にかかわらず定期的にがん検診を受ける、禁煙するなどの配慮が必要でしょう。
・ヘリコバクター・ピロリと胃がん
研究班では、日本人を対象としたヘリコバクター・ピロリ菌と胃がんの19研究に基づき、ヘリコバクター・ピロリ菌が胃がんのリスクを上げることは"確実"と評価しました。ヘリコバクター・ピロリ菌と胃がんの発生リスクとの関係を調べた、日本人中高年期(40〜69歳)4万人を15年追跡したコホート研究では、ヘリコバクター・ピロリ菌陰性者と比べて、陽性者のリスクは10倍を上回ることが報告されています(Sasazuki S, et al. Cancer Epidemiol Biomarkers Prev 2006)。しかしながら、日本人中高年の感染率は非常に高く、胃がんになった人の6-10割近くが感染者であったのに対し、胃がんでない人でも4-9割の人が感染者であることが報告されています。除菌療法で将来の胃がんリスクが低くなるのかどうか検討されている段階です。現段階では、感染の有無にかかわらず、禁煙する、塩や高塩分食品のとりすぎに注意する、野菜・果物が不足しないようにするなどの配慮が必要でしょう。また、特に、感染していることがわかっていれば、定期的な胃の検診を受けることをすすめます。
今回は日本人のためのがん予防法には盛り込みませんでしたが、その他にも注目を集めつつある要因があります。
・コーヒーと肝がん、大腸がん
コーヒーががんのリスク低下と関連することは本研究班において肝がん、および大腸がんでそれぞれ"ほぼ確実"、および"可能性あり"と判定しました。肝がんや大腸がんの予防の可能性を示す大規模研究の結果が複数あります。一方、国際的には"証拠が不十分"で、結論に至っていません。今後、メカニズムの解明とともに無作為化比較試験での検証が必要です。現段階では、飲む習慣のない人が無理して飲むことはすすめません。
・授乳と乳がん
母乳を長期間与えることで、母親の乳がんリスクが低くなることを指摘する研究が数多くあります。本研究班でも授乳が乳がん予防に関連することは"ほぼ確実"であると判定しました。国際的にも授乳の乳がん予防効果は"確実"とされています。初経年齢が早いことや初産年齢が遅いことなどは乳がんのリスクを上げる確実な要因として知られていますが、今さら変えることは出来ません。子供を産んだ後はなるべく母乳で育てることは子供のためだけでなく、母親本人の乳がんリスクを低くすることも期待出来ます。
確実、あるいは可能性が高いとまでは評価されていなくても、がんのリスク要因として疑われているもの(動物性脂肪など)は、生活の利便性や嗜好(しこう)とのバランスを考えながら、なるべく避ける努力をしましょう。一方、がんの予防要因の可能性が示唆されているもの(食物繊維、葉酸など)は、不足しないように心がけるとよいでしょう。また現状では、がんを予防することが確実と評価された単一の食品や食品成分は存在しません。むしろ、通常の食事からは摂取できないレベルの高用量のβ-カロテン(1日20mg(Alpha-Tocopherol Beta-Carotene Cancer Prevention Study Group. N Engl J Med 1994)、30mg(Omenn GS et al. N Engl J Med 1996))の摂取で肺がんのリスクが増加したとの報告もあります。したがって、たとえがんを予防する可能性が示されている成分でも、サプリメントなどにより、過剰にとりすぎないようにしましょう。
良いものは多くとるほど効果が上がるという直線的な関連になるとは限りません。この点は、特に栄養補助剤(サプリメント)の服用に際して注意が必要です。
例えば、日本人ではかかりやすいがんの種類が違ったり、肥満の割合が少なかったりという特徴があります。その違いを踏まえたうえで、日本人ではどうなのかを解釈する必要があります。
例えば、肥満に関連するがんや糖尿病を予防するにはやせればやせるほど効果的ですが、やせ過ぎてその他の部位のがんや感染症のリスクが高くならないよう、総合的な健康に配慮し、バランスをとる必要があります。
がん予防のための予防戦略は、ひとりひとりの体質、生活習慣やライフステージなど、さまざまな条件との兼ね合いの中で、あらためてその位置づけを問い直さなくてはなりません。
日本人のためのがん予防法に掲げた6項目は日本人を対象とした研究にもとづいた、科学的根拠の明らかなものですが、数値目標としてあげた値はがんのみならず広く生活習慣全体をも考慮し、逆効果の可能性や、既存の指針などの情報も加味して総合的な判断のもとに設定したものです。がんは多数の要因が複雑に折り重なって長い時間をかけて発生してくるものであり、1つの要因のある値を境に急にがんのリスクが上がったり下がったりすることはむしろまれでしょう。したがって、この目標値より少しでもはずれたら意味がないというものでもありません。がん予防法を具体的に実践に移すための手がかりとして、ひとつの目安とお考えください。
現段階では、研究の進んだ欧米のデータからの情報が先行していますが、日本でも現在、がん予防のために有用であろう科学的根拠が蓄積されつつあります。
がんをはじめとする生活習慣病予防のための、厚生労働省研究班による多目的コホート研究 (JPHC Study) 、文部科学省科学研究費によるJACC Study 、宮城県コホート研究 、高山コホート研究、三府県コホート研究、広島・長崎原爆被爆者コホート研究という、いずれも大規模で長期的な研究が実施され、結果が集積されつつあります。