第14話:くりたと千亜希の策略
「ちょ・・・待ってくれ。いきなりそんな事言われても。」
突然仁之から告白された俺は戸惑った。
「迷惑なのは分かってる。でもお前の事が好きなんだ!」
仁之は立ち上がって言った。
「そんな事言われても・・・俺にも好きな人がいるし。」
「誰だ?」
「都留男だ。」
驚いて座り込む仁之。
「そうだったのか・・・。」
「ああ。」
「いつからだ?」
「割と最近だな・・・1回目のリスト騒動あたりかな。」
「そうか。」
その時、電話が鳴った。
受話器を取る俺。
相手はくりただった。
「で、話って何だ?」
おいらはくりたに言った。
くりたはさっきのリストに載っているメンバーをここに呼び出した・・・のだが、それぞれの仕事の関係で全員は来ていない。
「ふふっ、実はね。この事務所を「探偵事務所」から「萌え事務所」に替えようかと思うのよ。」
「「萌え事務所」?」
おいら達は目を?にした。
また妙なことを言い出したな。
おいらの周りは妙なことを言い出す奴ばっかりだ。
「そうよ。裕豊からあんた達に人を萌えさせる能力「ポペマン」がある事を聞いたわ。それを利用して新しいビジネスを始めるのよ。そう、依頼者の元へ出向いてその能力を生かすの!これが「萌え事務所」よ!」
自信満々のくりたを前に、おいら達はがく然とした。
「何が「萌え事務所」よ!だ。そんなもん流行るわけねえだろ。」
「そうだそうだ。」
「大体お前、本当に探偵なのか?」
おいら達は口々に言った。
「ちょっと待て!」
スーツ姿の男達とラフな格好の男達が突如現れ、スーツの男のうちの1人が言った。
「あらっ、あんた達は確か「萌えおやじ委員会」」
何じゃそりゃ。
ってか前も見たことがあるような気がするのは気のせいか?
「そうだ!それよりもくりた、「萌え事務所」だと?!そんなものは許さん!」
「あらっ、なぜかしら?」
「なぜって、我々と名前が被るからに決まってるだろ!」
ば・・・馬鹿馬鹿しい・・・。
「萌えおやじ委員会」とやらを冷めた目で見るおいら達。
「何言ってんのよ。そんな事言ったらこの世の中は被りのオンパレードよ。そう、世界は被りで成り立ってるの!」
「で、あんたとあたしのキャラも被ってるわね。」
好男さんが突如現れて言った。
「よ、好男!」
「この際だからどっちがこの小説にふさわしいかはっきりさせようじゃないの!」
「ふんっ、何言ってるのよ。あんたよりあたしの方が先に出来たのよ。」
そのセリフが好男さんの胸に突き刺さったみたいだ。
「しかもあんたはただの隣の隣に住んでるオカマ作家だけど、あたしはこの事務所の所長なのよ。あたしの方が主要に決まってるじゃないの。」
「きーっ!覚えてらっしゃい!」
好男さんはそう言って悔しそうに去っていった。
「さあお前達、こんな所にいないで我が「萌えおやじ委員会」へ」
「うるせえ!」
「お前らも出て行け!」
おいら達はそう言って「萌えおやじ委員会」を追い出した。
「あらあんた達、「萌え事務所」の方を選んでくれたのね。」
くりたはにっこりして言った。
「残念ながら、その「萌え事務所」とやらも選ばねえぞ。」
「え?」
「そうだ!もう付き合ってられねえよ!」
「さようなら。」
おいら達は口々にそう言って出ようとした。
「待ちなさいあんた達!」
「何だよ?!」
おいらはだるそうに振り向いて言った。
他の奴らもだるそうに振り向く。
「あたしから逃げたらどうなるか分かってるでしょうねえ!」
くりたは目を光らせて言った。
「知るか!」
「帰るぜ。」
おいら達はそう言って去っていった。
「まったく、あいつ何考えてんだ?」
「さあな。」
帰宅したおいら達は言った。
「沙由理め、変なところを紹介しやがって!」
【ちょっとあんた達!沙由理を責めるのはやめなさい!】
え?
「今、くりたの声がしたよな?」
大己が驚いておいらに確認した。
「そう・・・だな。・・・あっ!」
「何だ?」
「あれ!」
おいらは天井を指差して言った。
そこには見慣れないカメラのようなものが付いていた。
「何だあれ?!今までなかったぞ!」
「いつの間に!」
【ほほほほほ、あたしが知り合いの業者に頼んで監視カメラと盗聴器を付けさせたのよ。】
「いつだよ!何でこんな早く付くんだ?!」
「てかくりたってものすごく人脈広いな。いい意味でも悪い意味でも。」
大己が冷や汗を掻いて言った。
【大己、最後のは余計よ。とにかく!あたしに逆らった罰として、あんた達を監視するわ。】
「完全にプライバシーの侵害じゃねえかよ!訴えるぞ!」
「いや、その前にこれを外してもらおうぜ。」
「そうだな。」
おいら達は業者に頼んで監視カメラと盗聴器を撤去してもらった。
「ありがとうございました。」
おいらはお金が入った封筒を業者の方に渡しながら言った。
「いえいえ。こういうのはまたいつ設置されるか分からないのでくれぐれもご注意ください。」
「はい。」
「それでは。」
業者の方は去っていった。
「ふう。これで普通の生活が出来るな。」
大己は伸びをして言った。
「そうだな。」
「じゃっ、俺は買い物に行ってくる。」
大己は買い物の準備をし、玄関で靴を履いた。
「大己」
おいらはふと大己の名前を呼んでしまった。
なぜだか知らないけど、もう会えないような気がしてしまったのだ。
「ん?どうした?」
振り向いて答える大己。
「いや・・・何でもない」
「?いってきます。」
「いってらっしゃい。」
大己は玄関のドアを開け、家を出た。
ドアが閉まる。
なぜだかおいらは運命のドアが閉まったような気がした。
「さっ、仕事しよ。」
おいらは書斎に向かい、パソコンの電源を入れた。
さっきの嫌な予感は何だったんだろう?
まあ忘れるか。
そう言えば最近ゲイ雑誌でボーイズラブ小説を載せさせてもらうようになったな。
何でもその雑誌の編集長さんがおいらのエッセイを気に入ってくださってみたいで。
そんな事を考えているうちにパソコンが付いた。
このパソコンは一応ユーザーが「都留男」と「大己」の2つに分かれてるんだけど、大己がアフィリエイトをやめて警備員になってからはほとんどおいらしか使ってない。
おいらは「都留男」でログインし、メールチェックをした。
そう言えばイマゾンでDVD予約してコンビニ先払いにしといたけど、在庫まだかな?
また変な出会い系のメールが来てんじゃねえだろうなあ!
そんな事を考えていると、メーラーが新着メールを表示し始めた。
「な、何じゃこりゃあ!」
おいらは驚いて言った。
なんと、くりたからの「盗聴器と監視カメラを取り除いても無駄よ」というメールが山のように来ているのである。
間に出会い系のメールやら仕事関係のメールやらもあるけど、くりたからのメールに埋もれてタイトルが最後まで読めない。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああ!」
おいらは叫びながら書斎を出、リビングへ走った。
「はあ・・・はあ・・・と、とりあえず落ち着くためにTVでも」
おいらはそう言ってTVのチャンネルを付けた。
画面が付いた途端、くりたの顔が現れた。
【無駄よ、あたしの顔しか出てこないようにしたわ!】
「うわああああああああああああああああああああああああああああああ!」
急いで消すおいら。
何なんだよ?!
そうだ、ラジオを聴こう!
TVがダメならラジオしかない!
おいらはそう言ってステレオの電源をいれ、ファンクションをラジオに設定した。
さすがにラジオは・・・と、思った瞬間くりたの声が聞こえた。
【無駄よ!あたしの声以外は・・・・】
「わあああああああああああああああああああああああああああああああ!」
おいらは泣きながらラジオの電源を切り、急いで家を出た。
ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおお!くりたの奴うううううううううううう!
「あらっ、沙由理早いわね。」
好男はマンションの廊下で帰宅した沙由理に言った。
好男が家に入ろうとすると、隣の沙由理が帰ってきたのである。
「ええ、ちょっと千亜希が妙なことをやってて・・・」
「あの女、都留男と別れてから電波化したからねえ。」
「そう言えば好男はどこに行ってきたの?」
「ちょと・・・ね。」
好男は冷や汗を掻いて言った。
「わあああああああああああああああああああああああああああああああ!」
その時、叫び声が聞こえて沙由理の隣の部屋から都留男が飛び出して来、泣きながら走り去っていった。
「何なの?」
訳が分からず、沙由理に訊く好男。
「さあ。大己とケンカでもしたんじゃないの?」
まったく!都留男は何であんな変な奴とばっかり知り合いなんだ?
俺はそう思いながら派出所に戻ってきた。
さっきまで都留男の知り合いの変な探偵(?)の事務所に行ってたのだ。
それかあれか?あの変な奴らのバックにはヤクザとかのあっち系の奴らがついてて脅されてるのか?
ん?
俺は目の前にある牛丼屋に目を凝らした。
俺と同じハゲの会社員が中に入っていった。
そう言えばあいつほぼ毎日派出所の向かいの牛丼屋に来るな。
外回り担当なのか?
なんかかわいいな。
ん?かわいい?
俺今「かわいい」って思ったよな?
そうか、都留男が俺を「かわいい」って思ったときもこんな感じだったのか。
「いただきます。」
ボクは手を合わせてそういい、牛丼を食べ始めた。
営業マンという職業柄、昼食は外食が多い。
特にここの牛丼屋さんには仕事がなくても来てる。
なぜなら向かいの派出所にボクと同じハゲのかわいいお巡りさんがいるからだ!
タイミング悪くて派出所にいなくてがっかりする事もあるけど、それでも大抵はいるので毎日見に来てる。
さすがにいっつも来てたら変思われるかな?
そんな事を考えてると携帯が鳴った。
見てみると、仁之からメールだった。
『民之亮へ
こんな言い方も変だが、仕事に行っといて良かったぞ。
またくりたが訳分かんねえ事言って変な奴らが来るだけだった(−−〆)
俺も時間を無駄に使っちまったな(^_^;)
まあしゃあねえ。
じゃあな(^_^)』
あ〜っ、やっぱりそうだったか。
都留男から「何かこないだのリストとおんなじような奴にお前も載ってて、くりたから来るように言われてるんだけど」って連絡もらったけど、行かなくて良かった。
くりたの奴、平日だってのに変な電話を都留男に掛けさせないで欲しいよ!
しかも会社に掛かってきたから、取引先からの電話だと装うの大変だったよ!
ボクは携帯を閉じて再び牛丼を食べ始めた。
あんまり多く食べる方じゃないから、ここで頼むのはいつも並だ。
牛丼じゃなくてカレーだったりカレーと牛丼が1個のお皿に盛られてる奴だったりする事もある。
そうか、俺はあいつの事が好きだったのか。
そう言えば勝正と同棲してる時から好きだったような気がする。
俺は派出所で仕事をしながらそう思った。
表向きにはまじめに仕事をしているように見える(はずだ)が、向かいの牛丼屋に良く来るあいつの事が気になって身が入らない。
ふと、脳裏に拓志の顔が浮かんだ。
『父ちゃん、まだ男の人と一緒に暮らしてるの?』
やっぱり拓志の為にも吉江とやり直すべきなのか?
だったら男を好きになってる場合じゃないんじゃないか?
でも好きという気持ちに変わりはないんだ!
そうこうしているうちに、あいつが牛丼屋を出、横断歩道を渡ってこちらへやって来た。
そして左に曲がって走っていった。
その時、肩からスーツの上着が落ちた。
「あっ!」
俺は咄嗟にそう言い、上着を拾って追いかけた。
「おーい!お前!」
自分の事を呼ばれたと分かったのか、奴は立ち止まって振り向いた。
「ボク・・・ですか?」
「そうだ。上着落ちたぞ。」
俺はそう言って上着を渡した。
「あ、ありがとうございます。」
「そう言えばお前、よく派出所の向かいの牛丼屋に行ってるな。」
「あなたはよく派出所で仕事をしてらっしゃいますね。あっ、当たり前ですね。すみません。」
やっぱり知ってたか。
まあ毎日行ってるからそりゃそうだな。
「・・・名前は、何て言うんだ?」
「酒井・・・民之亮です。」
「俺は山本紋次郎だ。」
「山本・・・紋次郎さん。・・・ありがとうございました。仕事があるので失礼します。」
民之亮はそう言って深々とお辞儀し、去っていった。
酒井民之亮か。
変わった名前だな。
まあ俺もよく変わった名前って言われるんだけどな。
都留男さん、あなたの文章は最高です。神の域です。
俺、腰山兵吉は電柱の影から都留男さんを見て言った。
数年前にある文芸誌で都留男さんの文章に出会い、「これだ!」と脳にこの世のものとは思えない衝撃を与えられた。
あの何とも言えない独特の雰囲気、センスある言葉選び・・・。
しかも最近はもはやエッセイなのかファンタジー小説なのか分からない内容で新たなる一面を見せている!
初めて握手会に行った時の感動は今でも忘れられない。
小柄でどちらかというとぽっちゃりでかわいい体型。
顔は世間では「不細工」の範疇であろうが、俺にはものすごくかわいく感じた。
文章だけでなく体型や顔まで俺好みとは・・・。
これは何かの運命に違いない!!
そう思って俺はそれから毎日、時間さえあれば都留男さんを眺めてすごしているのである。
音が出るので写真を撮らないし、ビデオも回さない。
あくまで肉眼で見るだけで楽しむのである。
でも人間とは欲張りなもので、電柱の影から見るのがだんだん物足りなくなってきてしまい、ついに都留男さんのマンションの向かいのマンションを買ってしまった。
それも都留男さんが住んでいる606号室のちょうど向かいにある部屋だ!
都留男さんの部屋の向かいの部屋が空いているときも、俺は運命を感じた。
やっぱり都留男さんと俺は運命の赤い糸で結ばれてるんだ。
いつかきっと、エッセイに書いてあった同居人の男の人(彼氏という噂がインターネットで広まっている)と別れて俺と暮らす日が来る。
絶対来る!
俺はそう信じて今日もかわいい都留男さんを眺めていた。
きゃー!今日もぽっちゃりしててかわいいわー!
私はそう言いながら彼を見ていた。
私は脂肪柔子。
ぽっちゃり系大好きな普通のOL!
世ではまだまだ筋肉が「かっこいい」とか「男らしい」とかされてるみたいだけど、私から見ると筋肉は気持ち悪いだけでタイプじゃない。
学生時代からいっつも友達に退かれるんだけど、私はぽっちゃり系が好きなのだ。
好きな芸能人も若手でイケメンの俳優じゃなくて、30代以上ぐらいでぽっちゃりしてるお笑いの人だ。
そしてこの間、私はザ・ベスト・オブ・ぽっちゃりを発見してしまった!
いつも通り会社から最寄り駅に帰ってきて、通勤定期を改札に通そうとしたその時!
なんと、私の前がいかにも私好みのサラリーマンだったのだ!
あの太り具合・・・身長もそんなに高い方じゃないし・・・す、素敵!
改札を通った後さりげなく横を通ってちらっと顔を見てみると・・・ビンゴ!
イケメン芸能人のようにオーラを放っているわけでもなく、かといってブサイクすぎる訳でもなく、「ぶちゃいく」という感じのかわいいブサイクだったのだ!
私が家にスキップして帰り、数々のラブソングをかけながら一人舞ったのは言うまでもない。
以来、私は彼のかわいい背中を追いかけている。
彼も誰かを追いかけているのか、よく電柱のそばにいる。
振り向いてこちらに顔を向けた時、バレないようにするのが大変。
壁に張り付いたり、そそくさと立ち去ったり、同一人物と思われないように髪形を変えたり、髪色を変えたり戻したり・・・。
1回友達に声をかけられて、驚いて声を上げたら彼が気づいちゃった事もあったけど、友達としゃべりながら歩くフリをしてなんとかその場を切り抜けた。
名前も知らないぽっちゃりのあなた!
愛は強いのよ!
そう、愛があればどんな事も切り抜けていけるの!
なんか視線を感じるな。
おいらは歩きながらそう思った。
さっきまでウザ晴らしにパチンコに行っててその帰りだ。
むしゃくしゃしてたせいか、大負けだった。
それはともかく、くりたの奴、スパイまで派遣してんのか?
それとも事務所の探偵に尾行させてんのか?
おいらは思い切って振り向いた。
そこには誰もいなかった。
が、よく見ると男が1人、電柱の横の壁に張り付いていた。
その横の電柱のさらに横の壁には女が1人張り付いている。
「おいっ!」
男女はびくっとした。
まさか・・・こいつらがスパイ?
「おいっ!顔を見せろ!」
「は、はい!」
「はい!」
男女は慌ててサングラスをし、おいらに顔を見せた。
慌ててサングラスをした所が怪しい。
「お前達、さてはくりたに派遣されたスパイだな!」
おいらは目を三角にして言った。
「お前「達」?」
男は後ろを見、女の姿を見て驚いた。
「そんな「いや、僕たちは知り合いじゃありません」っていう芝居はいらねえぞ!」
「いや、違うんです!本当に初めて見るんです!今まで後ろに女の人がいる事を知らなかったから!」
「それよりもお前、くりたが派遣したスパイなんだろ?」
「くりた?」
首をかしげる男女。
「とぼけたって無駄だ。」
「いや、本当に知りません!くりたって誰ですか?」
「くりたさんって、どなたですか?」
初めて女がしゃべった。
「とことんとぼける気だな!」
「本当です!本当に知らないんです!」
「わ、わ、私も知りません!」
【そいつらは関係ないわよ。】
どこかからくりたの声が聞こえた。
驚く男女。
「ど、どこだ?!」
おいらが言うと、服から小さなカメラとスピーカーが出てきた。
さらに驚く男女。
【ここよ。】
「貴様ー!そんな所にも機械を付けやがって!」
【ほほほほほ、言ったでしょ。あたしに逆らったら・・・ってちょっと!都留男!】
おいらは服から小型カメラとスピーカーを無理矢理剥ぎ取り、その辺にあったゴミ箱に放り投げた。
【ちょっと都留男!どういうつもりよ!あたしにゴミ箱の映像を見せるなんて!覚えてらっしゃい!】
ゴミ箱から声が聞こえる。
男女はもはや怯えの段階に突入している。
その時、兵吉は思った。
やべえ!きっとそのくりたってのは俺なんかよりももっと強烈なストーカーなんだ!
そんな奴にかてっこない!
その時、柔子は思った。
この人のバックには裏系の人達がたっくさんいて、くりたって人はそのうちの1人なんだわ!
「うわああああああああああああああああああああああああああ!」
「きゃああああああああああああああああああああああああああ!」
男女は叫びながら猛スピードで走り去っていった。
「何だったんだ?」
おいらには訳がまったく分からなかった。
「まあいっか。」
おいらは踵を返して帰宅した。
帰ってくるとドアが開いたままで、中には千亜希がいた。
「千亜希!」
「おかえり都留男。これからあたし達の新生活が始まるわね。」
千亜希は目を輝かせて言った。
何言ってんだ?
最近電波化してるけど・・・ついに妄想癖までついたのか?
「ところで、大己はまだか?」
「ああっ、大己はね」
酒井民之亮かあ・・・。
俺はそう思いながら派出所で仕事を続行していた。
まだあいつの事が頭から離れない。
消そうと思っても消えない。
神様・・・俺はどうすればいいのですか?
「紋次郎さん!」
民之亮が慌てた感じで駆け込んできた。
「お前、仕事じゃなかったのか?」
「大変なんです!来て下さい!」
「何だ?」
俺は民之亮に「大変」な現場まで連れてこられた。
そこでは大己が黒くて巨大な魔物に襲われており、周囲の人々が悲鳴を上げていた。
魔物は黒く巨大な体に巨大な黒い翼、長く黒い尻尾を生やしており、長い爪で大己をわしづかみにしている。
「やめろ!離せ!」
足をばたばたさせて抵抗する大己。
あまりの恐怖に俺は呆然と立ち尽くしていた。
「これは・・・何があったんだ?」
「何か、走ってたら大己の悲鳴が聞こえて、それで見てみたらこんな事に・・・」
「そうか・・・」
こんな巨大な生物がいるなんて・・・信じられない。
その時、魔物が大きな唸り声を上げた。
と、同時に全身が青い光に包まれた。
「な、何?!」
「ぐあっ!」
まぶしくて前が見えない。
「ああっ・・・都留男・・・助け・・・」という大己の声がかすかに聞こえた。
「何て事するんだよ!」
おいらは机をこぶしで叩いて言った。
おいらと大己を別れさせる為に大己に呪いをかけた?
そんなの絶対許さねえ!
「千亜希、お前大己が来てから変だぞ。前はそんなに俺との関係に執着したり、変な事言ったりやったりするような女じゃなかったじゃねえか!・・・あっ、そうか。大己は疫病神なんだな。そう言えばあいつが来てから変な奴が来るようになったり沙由理が変な会社薦めたりするようになったからな。それで千亜希がその疫病神を退治してくれたんだな。ふ〜ん、そうか。」
おいらは前半は強く、後半は嫌味たっぷりに言った。
「・・・・・あんたこそどうなのよ!」
千亜希はこれまで見たこともないほど激怒した表情で言った。
「ある日突然現れた変なおっさんと堂々と同居して、勝手に好きになって、あたしを捨てて、おっさんを「恋人」とか呼んじゃって!よくそれで普通だと思ってられるわね!あんな狂ったおっさんのどこがいいのよ!」
「・・・・・とにかく今日は帰ってくれ!」
「言われなくても帰るわよ!」
千亜希はそう言って荷物を持ってリビングを去った。
「まったく!」
おいらはTVをつけた。
【速報です!今日未明、東京都渋谷区の路上に謎の黒くて巨大な怪物が現れたとの情報が入りました!】
リポーターが現場で、焦ったような信じられないような声で言っていた。
TVに映っている現場は騒然としている。
TVから発された声を聞いた千亜希が飛んでリビングに戻ってきた。
【怪物は黒髪のがっしりした30代ぐらいの男性をわしづかみにして青い光を発し、消えたとの事です!】
黒髪のがっしりした30代ぐらいの男性・・・まさか、まさかな。
他にも黒髪のがっしりした30代ぐらいの男性なんてたくさんいる・・・はず。
画面には紋次郎や民之亮が映っているが、おいらには何も聞こえない。
【あっ、続報が入りました!行方不明になったのは、新宿区在住の山口大己さん、38歳だと分かりました!】
ヤマグチダイキ?38サイ?
そんな・・・そんなバカな・・・。
おいらは呆然とTV画面を眺めていた。
「嫌あ!」
千亜希が手で顔を覆ってしゃがみこんだ。
「「恨めしいあの人が意中のあの人と別れる呪い」をかけただけなのに・・・まさか・・・消えるなんて・・・」
「千亜希・・・お前、かけ方間違えたんじゃねえのか?」
「え?」
「だって別れるだけだったら消える訳ねえだろ?だったら・・・その・・・呪文か何かを間違えちまったんじゃねえのか?」
千亜希は慌ててカバンから本を1冊出し、ページをめくり始めた。
そして青ざめた。
「どうした?」
「都留男の言うとおりだわ。あたし、間違えて「憎憎しいあの人がどこかとても遠いところへ連れ去れる呪い」をかけちゃってる・・・。」
「じゃあ・・・大己はどこだ?」
「分からない・・・」 |