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きょうの社説 2009年7月27日
◎シベリア抑留 「76万人」の解明を早急に
極寒の地で最期を遂げた抑留者の手がかりを探し求める北陸の遺族にとっては、いちる
の望みをつなぐ大きな発見である。シベリアなど旧ソ連に抑留された日本の軍人や民間人に関する約76万人分の新資料がロシア国立軍事公文書館で見つかり、日本政府に提供されることになった。全抑留者を網羅する規模の資料発見は初めてとされ、抑留者の総数を約56万人、死亡者を約5万3千人と推定してきた厚生労働省の実態把握を超え、新たな情報が多数含まれている可能性がある。北陸でも石川県ロシア協会などが遺族を含むシベリア墓参団を派遣してきたが、埋葬地 などが確認できた例は限られ、ロシア側からの資料提供が増えない限り、抑留者の死亡日や墓の場所、収容所の移動歴などは全容がつかめないのが実情である。 石川県では元抑留者の高齢化や死亡で昨年に解散した抑留者組織もある。新資料は年内 にも日本へ順次提供される見通しだが、調査は時間との競争である。戦後最大の悲劇といわれるシベリア抑留の一刻も早い全容解明が待たれる。 今回発見された資料は、氏名、生年月日、収容所の移動歴、死亡記録などをタイプ打ち した十数項目に手書きで記入したカード型で、ロシアからこれまで提供された資料とは形式が異なっている。同一人物の情報が混在している可能性もあり、抑留者団体や遺族らが蓄えてきた情報などとも照合して膨大なデータを精査する必要がある。 シベリア抑留者の資料提供は1991年に日ソ間で政府間協定が締結され、これまでに 計4万1千人の死者名簿が順次提供された。だが、記載内容に不備があり、死亡者の状況把握は十分には進んでいない。93年にエリツィン大統領(当時)がロシア政府として初めて公式謝罪し、シベリア墓参も自由化されたが、前大統領のプーチン首相は抑留問題については発言を避けている。 ロシア側には貴重な資料がまだまだ眠っている可能性がある。抑留の全容解明には日本 政府がロシアに粘り強く資料提供を働きかけるとともに、官民一体となった調査体制の構築も求められている。
◎罪名落とし 裁判員対策なら無用に
裁判員制度の施行から2カ月間に起訴された裁判員裁判の対象事件が半減しているのは
、裁判員裁判を避けるための「罪名落とし」が行われているからだとの指摘がある。検察側が慎重になる理由は分からぬでもないが、事実とすれば、被告に有利には働く半面、被害者は納得しがたい思いだろう。裁判員裁判は初めての制度だけに、さまざまな問題が生じるのは避けられない。対象に なるのは、単純な事件ばかりでなく、複雑怪奇で事実関係がはっきりしない事件も多いとみられるからである。ただ、裁判員裁判を滞りなくスタートさせるために、筋の悪そうな事件を罪名落としで対象外にするようなことがあったとしたら社会正義に反する。過度の裁判員対策は無用にしてほしい。 共同通信社の集計で、裁判員制度の施行から2カ月間に起訴された裁判員裁判の対象事 件は月平均は138件で、過去5年の月平均起訴件数258件を大幅に下回った。数字を見れば、検察は裁判員裁判を避けるために、強盗致傷を対象外の窃盗と傷害罪で起訴するなどの罪名落としをしている可能性は高いと思わざるを得ない。 検察が裁判員制度のために分かりやすさを意識し、できるだけ多くの客観的な証拠をそ ろえたいと思う気持ちは良く分かる。法律の専門家でない一般国民が、基本的に裁判官と同等の権限を持って事実認定と量刑判断に参加するのだから、裁判員が審理の内容を十分に理解できるような事件が対象になれば、理想的だろう。 ただ、そのことを意識するあまり、「事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅 速に適用実現する」(刑訴法第1条)とした刑事裁判の目的が変質してしまうようなことがあっては、何のための裁判員裁判か分からなくなる。適正妥当な事実認定と量刑の実現は刑事裁判の要諦である。検察官は裁判員裁判の対象事件であるなしに関係なく、事件の真相を的確に解明し、適正妥当な事実認定と量刑を実現するという使命感を持って、課せられた責務を忠実に果たしてもらいたい。
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