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社説

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生物多様性―企業も役割を担い始めた

 カイツブリは、「ケレレレ」と笑うように鳴く水鳥だ。琵琶湖ではアイドルのような存在だが、個体数が激減している。

 琵琶湖周辺の経営者ら約300人でつくる滋賀経済同友会が、企業の売り上げの一定割合を、カイツブリのような貴重な種の保護活動に回す仕組みをつくろう、と声を上げた。「琵琶湖いきものイニシアティブ」宣言という。

 社会貢献として植林に助成したり、社員の環境ボランティアを奨励したりする企業は多い。それをもう一歩すすめ、本業に生態系保護を連動させようというのだ。宣言は各社が「最低1種、または1地域の保全に取り組む」としている。

 色々なアイデアがすでに出ている。保全活動をする企業を銀行が融資で優遇したらどうか。ホテルは地産地消、減農薬にこだわったメニューを売り物にしよう、といった具合だ。

 琵琶湖の恵みを受けて発展してきた地域である。鮒寿司(ふなずし)の材料となるニゴロフナをはじめ、湖は食文化の基盤でもある。生態系のバランスが崩れて湖の水質が落ちれば、浄化コストがかかるし、地域のイメージも下がる。

 当然、経営者としての計算もある。「生き物を大事にする滋賀ブランドをつくりたい」。とりまとめ役の建設会社社長、秋村田津夫さんは話す。

 地球上では1日に100種類もの生物種が絶滅しつつあり、速度は過去の1千倍という。その大きな原因は、自然を変えてきた人間の活動だ。

 絶滅した種の再生はできない。影響の広がりも未知数だ。だが、メダカが姿を消したり、世界的にミツバチが減ったりして、野菜や果物の生産に響く。身近でこんな異変が起きている。

 水や食料、木材の供給、防災機能。すべてに自然がかかわっている。生物種の消失による損失額は、50年までに世界の国内総生産(GDP)の7%に達するという予測もある。

 来年10月、名古屋に約190カ国が集まり、生物多様性条約締約国会議(COP10)が開かれる。条約は、気候変動枠組み条約と同じ92年のブラジル地球サミットで採択された。地球環境を守る双子の条約といわれる。

 生態系に多大な影響を与えている企業は、一方で健全な生態系の恩恵も受けている。日本経団連は最近、生物多様性を守ろうと宣言した。環境省も近く企業向けのガイドラインを公表する。まだ抽象的な内容とはいえ、一歩前進だ。政府やNGO任せにはもうできない。

 万物に八百万(やおよろず)の神を見いだす国である。自然を人間が働きかける対象と見がちな西欧に比べ、生き物との共生には親しみがあるはずだ。温暖化ガスばかりでなく、身近な生き物からも地球環境の危機を考えていきたい。

エレベーター事故―総合的な調査の仕組みを

 東京の高校生、市川大輔(ひろすけ)さんが3年前、扉が開いたまま動き出したシンドラー社製エレベーターに挟まれ亡くなった。この事故で東京地検は今月、同社と保守管理会社の社員計5人を業務上過失致死罪で在宅起訴した。ようやく法廷での原因究明が始まる。

 息子はなぜ死んだのか――。そう問うてきた母親・正子さんにとっては、長い長い3年間だった。息子のような犠牲者を二度と出さぬよう早く手を打つ必要がある。だが、母の思いはなかなか届かなかった。

 警察では「原因を究明するところではない」と言われた。エレベーター設置を所管する国土交通省は、「警察が事故機を押収してしまっている」と言葉を濁した。再三の訴えを受けた同省が有識者らの事故対策委員会を設け、保守管理業界の調査に乗り出したのは、今年2月になってからだ。

 正子さんは再発防止の観点から事故調査のあり方を改め、捜査とは別に独立した調査機関をつくるべきだとも訴えてきた。母親仲間に弁護士らが加わり、5月にはシンポジウムを開いた。集めた十数万人分の署名を添えて、近く政府に要望を出す。

 大輔さんの事故の2年前にも同じ不具合が起きていたが、管理会社などに適切な情報が伝えられていなかった。日常の保守点検もずさんだった。そう起訴状は指摘している。

 しかし地検の捜査は、エレベーターの設計・製造の問題にまでは踏み込めなかった。事故は、様々な構造的要因が複雑に絡み合って起きるが、刑事責任の追及を目的とする裁判での原因の解明には限界がある。

 また保守点検態勢が不備な背景にはメーカーと管理会社の利害対立という、業界全体の問題がある。

 家庭用湯沸かし器の事故や、食品への有害物混入など、消費者に深刻な被害をもたらす事故はほかにも相次いでいる。だが、役所間の連絡が悪かったり、予兆となるトラブルが放置されたりして、対策が後手に回ることが繰り返された。

 たとえば航空機や鉄道、船舶の事故の分野では、「運輸安全委員会」が精力的な調査にあたっている。医療事故を巡っても「医療安全調査委員会」を作る検討が続けられている。

 エレベーター事故のように生活空間で起きる事故でも、重大と判断される場合は、所管省庁任せにせず、専門家たちを組織して多角的に原因を調べ、早い段階で業者に必要な措置を命じる機関が必要ではないか。強力な調査権限を持ち、捜査機関とも連携する。被害者側にも速やかに情報を提供する。そんな仕組みだ。

 どんな制度が可能か考えたい。9月にも発足する消費者庁や消費者委員会に、その司令塔の役割を期待する。

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