プレ衆院選として注目された東京都議選は、民主党が圧勝して、自民・公明は過半数割れした。作家で東京都副知事の猪瀬直樹さん(62)に、都議選の影響や今後の石原慎太郎知事について聞いた。【中山裕司】
--民主党が第1党になった東京都議選(12日投票)の争点は、本来、何であるべきでしたか?
猪瀬さん これから先の東京をどうしたら良いか、そんなテーマをもっと深めてほしかった。その一つが、2016年五輪の東京招致だったと思う。国会決議もして、都議会でも民主党の大半は基本的には賛成していた。アジアの五輪は1964年の東京、88年のソウル、2008年の北京といずれも途上国のインフラ整備型だった。しかし、今回の東京は、20年までに二酸化炭素(CO2)排出量を00年比25%削減するなど、日本が環境技術大国として生きることを世界に示すこと。これまで名古屋も大阪も負けたんだから、五輪招致を目指してどんな都市像を描くかが争点になるべきだった。
--新銀行東京と築地市場移転も対立軸だったのでは。
猪瀬さん 築地の移転問題は1934(昭和9)年の建物が老朽化していて、アスベストも使われている。それをどうするか。民主党が移転反対なら、今までの議論を踏まえて再提案してもらわなければならない。移転なら財源は築地の売却益で賄えるけれど、築地で新たに造るとなると、改めて都民負担をお願いすることになる。
--都議選では、石原都政は評価されましたか。
猪瀬さん 石原都政をプラスかマイナスで評価したかは分からない。石原慎太郎知事の支持率は、毎日新聞の調査で初めて5割を切ったけれど45%もある。都議選の投票率は前回から10ポイント以上増えて54・49%だった。無党派層の、国政を担う麻生(太郎首相)さんへの「いいかげんにしてくれ」という気持ちの反映だろう。そのあおりで都議会で民主党が大勝し、自民党が大敗した。
--国政が直接、影響しますね。首都だからですか?
猪瀬さん 静岡知事選で民主党が勝ち、麻生さんへの支持が離れていく時期に都議選がちょうど来た。昨年10月に衆院選があれば、別の結果になったかもしれない。落選した都議は活動や努力への評価ではないから、不満でしょう。当選した民主党の1年生議員には、地方分権について勉強していただきたい。
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--大阪府の橋下徹知事らが目立ちます。全国知事会が各党のマニフェストに点数をつけるという議論もありました。国政と全国知事会との距離感をどう見ていますか。
猪瀬さん 7月中旬、石原知事の代理として三重県であった全国知事会に出席した。政党支持はしないけど、各党のマニフェストは採点する。マニフェストにはきれいごとも多いし、ディテールがなければうそになる。だから、知事会で公開討論して「ここをやるんだな」と細かいところもつめるよう提案した。
--政府の地方分権改革推進委員会の委員として、この地方分権の論議をどう見ていますか。
猪瀬さん 東国原(英夫宮崎県知事)さん騒動や、橋下さんの「ぼったくりバー」発言で、「地方分権」の言葉は広がったけれども、地方分権の中身は十分に伝わっていない。
--地方分権と言っても、自治体の中で東京は独り勝ちという批判があります。
猪瀬さん そこを強調しすぎると、「地方対国」の対立を「地方対地方」にすり替えられてしまう。地方に安定財源が不足していることが問題なのだ。要は霞が関が税財源を独り占めし、さまざまな規制をして、いろいろな権限を持っている。それが自由な企業の活動や、地方自治体の創意工夫を妨げてしまう。
--五輪招致は石原知事、3期の総決算ですね。
猪瀬さん 知事は6月にスイス・ローザンヌでプレゼンテーション、今月上旬はシンガポールでアジア票のとりまとめ、8月は世界陸上選手権でベルリンに行く。結構、必死でやってる。76歳で、もう後期高齢者だよ。なのに、海外に毎月行く。よく働くなと思うぐらい。僕が「よくやりますね」と言ったら、知事は「くたびれるけど、やるよ」って言ってたよ。
--開催地の決定が10月です。仮に招致できなかったら、石原知事はやる気をなくして任期途中で辞めませんか。
猪瀬さん そういうことを言う人はいるけど、そんなことはないですよ。人はいろんなことを言うんだよ。勝つことを前提にやっているわけで、負けたらどうするかと聞かれても困るんだよね。まさに愚問。
--石原知事と口調が似てきましたね。ところで、小泉純一郎元首相と石原知事とはどちらが仕事をしやすいですか。
猪瀬さん 2人が似ているのは直観力。小泉さんが「道路公団はおかしい」と思ったのは直感。それから分析が始まった。つまり、疑問を持つのは感性でしょ。学校秀才は昨日やったことを暗記するだけ。役人も昨日やったことは今日も正しく、明日も正しいと考える。前例の踏襲だけ。あれ、変だね、ずれてきたね、と思わないのはおかしい。民間は朝令暮改、時代とともに変化していく消費者ニーズをつかんで新製品を開発しないと生き残れない。そういう意味で、感性がすべて。小泉さんや石原さんと話していると楽しい。
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--有権者に審判を仰ぐ政治家や知事に転身するつもりはありますか。
猪瀬さん 僕は、どうもしないよ。作家として日本の官僚機構の謎を解明することをフィールドワークとしてきた。たまたま都庁というマンモス官庁、伏魔殿にいることも作家にとって一つの刺激。好奇心が強くなり、脳が活性化する。石原さんもね、知事をやりながら長編7本の構想を考えて、昨年11月には「火の島」(文芸春秋)を出版した。三宅島が舞台の恋愛小説。噴火による災害で三宅島に行き、陣頭指揮を執った。その体験がヒントになったんですね。
--最後に民主党政権になると、霞が関は変わりますか。
猪瀬さん 霞が関には役人が作った法律、政令、省令、内規などがある。ポカンとぶん殴っても壊れるわけではない。イワシの骨を一本一本抜くように地道にやっていかないとね。腕力と分析の両方が必要です。
<石原都知事と主な出来事>
1999年4月 都知事選で石原慎太郎氏が166万票を獲得して初当選
2000年7月 三宅島の雄山が噴火
2001年4月 小泉政権誕生
6月 都議選で自民党が前議席48を上回る53議席を獲得。石原知事は「自民党にも公明党にも小泉大明神じゃないの」
2002年4月 石原知事が2期目出馬について「真意のほどを語るもんじゃない。桶狭間をやるぞと言ってやるバカはいない」
2003年4月 石原知事が308万票の大量得票で再選
2004年7月 参院選東京選挙区(4議席)で民主党が初の2議席を獲得
2005年4月 都が出資する新銀行東京が開業
7月 都議選で民主が35議席を獲得して第2党に躍進
9月 衆院選で都内25小選挙区のうち自民が23議席を獲得して圧勝
9月 石原知事が都議会で2016年夏季五輪の東京招致を表明
2006年8月 日本オリンピック委員会(JOC)が2016年夏季五輪の国内立候補都市を東京都に決定
2007年4月 自民、公明両党の支援を受けた石原知事が281万票を得票し3選。一夜明け「タイトルマッチの防衛に成功したボクサーの気分」と発言
6月 猪瀬直樹氏が副知事に就任
2008年3月 都が経営難の新銀行東京に400億円を出資する補正予算案可決
2009年7月 都議選で民主党が第1党に躍進。石原知事は「コメントしてもしてもしきれないね。ばかばかしくて」と発言
8月 衆院選
10月 2016年夏季五輪の開催地が決定
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■人物略歴
46年、長野県生まれ。02~05年、政府の道路関係4公団民営化推進委員会委員。07年から地方分権改革推進委員会委員。著書「ミカドの肖像」で大宅壮一ノンフィクション賞受賞。近著「霞が関『解体』戦争」(草思社)。
毎日新聞 2009年7月24日 東京夕刊