とにかく書き出しがいい。民主党幹事長代理、野田佳彦の新著「民主の敵--政権交代に大義あり」(新潮新書)である。
同新書からは麻生太郎の「とてつもない日本」(07年6月)、与謝野馨財務相の「堂々たる政治」(08年4月)が刊行され、いずれもベストセラーになったが、野田の著書も話題になりそうだ。
その書き出しだが、のっけに司馬遼太郎、藤沢周平、山本周五郎の3人の名前を並べ、こう続ける。
<どなたも私の大好きな小説家です。この3人の小説には政治家に求められる最低限の資質が凝縮されている>
一つは夢。司馬の「坂の上の雲」「竜馬がゆく」の世界だ。このスピリットを持っていない人は政治家失格。
もう一つは矜持(きょうじ)。「たそがれ清兵衛」のような、藤沢が描く凜(りん)とした侍のたたずまいだ。政治と金の問題は飽きずに繰り返される。江戸時代の市井の下級武士の矜持を持っているかどうか。
政治と金? おたくの新旧代表は大丈夫なの、と問い返したくなるが、それはそれとして。
最後の一つは人情。「赤ひげ診療譚」「さぶ」など、山本は人情の機微を描いた。国民のために働くのであれば、これがわからないと血の通った政治はできない--と。
<現在、民主党は結党以来もっとも政権に近づいているといわれている。これまで何度も政権に近づきながら、自らの失策でチャンスをものにできずにきた。
もしかしたら、それは、私たちに夢・矜持・人情のどれかが欠けていたからかもしれない>
と野田は自省している。組織・人材・政策という旧来の尺度でなく、メンタルな面に着眼しているところが新鮮だ。
一方で、自民党の苦労知らずの世襲政治家、一部の既得権集団の利害ばかり優先するシステムにはこの三つの資質が乏しく、汚れている。これこそが題名の「民主の敵」、主権者である民衆の敵、汚れを丸洗いするもっとも有効な手段が政権交代だ、と野田はみる。
汚れの濃淡は、半世紀以上権力の座にいた自民党と若い民主党との違いでもあり、そのとおりかもしれない。だが、夢・矜持・人情、ことに人情となるとどうだろう。
民主党のほうが人情こまやかか、自民党のほうが薄情か。ここは微妙であり、大切なポイントだ。
さて、政権交代というが、民主党に政権担当の能力がどの程度備わっているか、だれもが不安の目で見ている。当然のことだ。
若手リーダー筆頭格の野田が当選2回で国対委員長に就いた時、自民党の国対委員長はベテランの中川秀直だった。結党以来、すべて背のびしながらの11年である。しかし、と野田は言う。
<民主党では入団即戦力として公式戦に出し、選手を鍛えてきた。若い党ゆえに必然的にそうなったのだが、このことで実際に「化けた」選手がたくさんいる。
彼らは若く、経験も積んでおり、しがらみもない。政界入りした時の青雲の志をまだ失っていない。これは自民党にないものだ。自民党を追い越した部分も相当にあるのではないか>
野田によると、選挙で手応えのある時と、ない時で、目に入るもの、耳に聞こえるものが不思議なくらい違うという。4年前の夏、郵政選挙では、セミの声が「ジージージー」、2年前、参院選逆転の夏は、「ミンミンミン」と聞こえたそうだ。今回も「ミンミン」か。
松下政経塾1期生、当選4回(千葉4区)、親分肌の52歳。保守政治家を自負している。(敬称略)=毎週土曜日掲載
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毎日新聞 2009年7月25日 東京朝刊
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