「あれ? フリングス少将。どうなさったんです? ジェイドの部屋の前で」

「! あ、ガルディオス伯……いえ、あの、歌が聴こえるんです……」

「歌?」

 それはもちろん、大譜歌などという偉大なものではなかった。

 

 

大佐の歌

 

 

 ──が、大譜歌以上に脅威をもたらすものではあった。

『くちぶっえっはな〜ぜ〜♪ とおくっまっで聞こえ・る・の〜♪』

 知らねぇよ。

 ガイは魂の底からそう思った。本能的に回れ右した彼を責めることは、たぶん誰にもできまい。

 だがアスラン=フリングスは仮にも軍人、そのガイの腕をがしりと掴みとったものである。……気持ちは分かる。誰だってこんなときにこんなところで、一人にされたくはない。

「……ガルディオス伯、恥を忍んでお願いいたします。私には、この書類をカーティス大佐に届けるという使命がある。でも怖いから一緒に行って下さい

「いえ、あの……」

 そういや昔、ルークに夜中のトイレに付き合わされたなぁ……、という思い出が胸をよぎる。100%現実逃避である。

 そうこうしているうちに、大怖歌(仮称)は滞りなく続く。

『あのくっもっはな〜ぜ〜♪ タララ♪ 私〜を、待って・る・の〜?』

(待ってねぇよ……)

(タララって……)

 だがガイとアスランの突っ込みは、言葉にはされない。空間ごとすべてボケ殺しである。

 そこで、歌が一度途切れた。

 さすがにおじいさんに高らかに問いかけることに羞恥を覚えたのか、ただ単にその先の歌詞を知らないのか……はたまた飽きただけかは判然としない。

「い、今ですフリングス少将! 突入のチャンスは今をおいてない!」

「は・はいガルディオス伯! 参ります!」

 無駄に盛り上がりつつ、アスランがノブを掴む。

 が、次の瞬間──

『ど・んな♪ ピンチのときも〜ゼッタイ☆あきら・め・な・い♪』

(乙○のポリシー……!!)

(3×歳軍人男が乙女のポ○シー!!)

 ──次の驚愕が彼らを襲ったのだった。

「どどどどうしましょうガルディオス伯……!」

「いえもうガイでいいです! 苦しみを分かち合った貴方は同志です! あああ、すごく逃げたい……俺は悪くないとか言いたい……くっ、すまなかったルーク、お前も苦しんだんだな……!」

「ああ、落ち着いて下さいガルディ……いえガイ殿! 過去のすさまじくシリアスなイベントと、現在進行のおっさんによる乙女宣言を混同するなど貴殿らしくもない!」

「ハ! そ、そうですね。おかげで目が覚めましたフリングス少将。感謝します」

「私もアスランで結構です」

 友情が芽生えつつあるのはともかくとして、ルークとアクゼリュスには土下座して謝ったほうがいい。

 そして、やっぱり歌は続いていた。

『い・つか♪ ホントに出会う〜大事なヒトの、た・め・に〜………ふぅ

 だが、ため息とともに途切れる。

 やめてくれるのだろうか。いややめてくれないだろうか。ガイとアスランが心底そう願いつつ、両の拳を握ったとき。

 ──ユリアがその願いを聞き届けたもうたものか……歌は、ぴたりとやんだ。代わりにどこか寂しげな、ジェイドの独り言が漏れ聞こえる。

『………ちびうさに、会いたいですねぇ……』

 歌のほうがなんぼかマシだった──

「ち、ちびうさってどういうことですかカーティス大佐! 大佐は本物なんですか!? 本物だったんですか大佐のアレコレは!!?」

「お、落ち着いてアスラン殿! まさかジェイドがそんな……ことはない…………といいなと俺は思っています!」

 ガイのジェイドへの信頼は薄かった。

 ジェイドは一度、ガイを軽く問い詰めたほうがいいだろう。

『……私色に、染め上げたい』

 だがそれより、誰かがジェイドを重く厳しく問い詰める必要があった。できることなら法的な措置を込めて。

「やっぱり幼女が好きなんですか!? カーティス大佐はもうどうしようもないほどアレなんですか私には五歳になる姪がいるんですが!」

「気を確かにアスラン殿! とりあえず姪の存在は極秘にすることをお勧めします!」

 二人は完全にパニックに陥った。

 だがパニックの中でもどこか冷静である。それもそのはず、五歳になるジェニファー(仮名)はなんとしても護らねばならぬ。

 そして、事態にとどめをさすのは、やはりジェイド=カーティスその人であった……。

『そういえば、元気ですかねぇ……私のちびうさは

「アニス逃げろーーー!!!」

「ど、どうしたのですかガイ殿! どこへ行かれるのです!?」

「緊急事態です! ダアトへ! 今すぐダアトへ行かせて下さい!!」

「いえ私にそのようなことを言われても……って、ガイ殿! ガイ殿お待ち下さいーー!!」

 

 

「……っ、く、は、ははは!」

「……………………」

 執務机に突っ伏して打ち震える親友を、ピオニーは無言で見下ろす。親友は赤目とはいえ、泣いているのでは全然ない。

「はは、はははははは!」

「…………ジェイド、お前さ……」

「いえすいません陛下……っ! も、もちょっと笑わせて下さい……!!」

 恥ずかしくは、ないか……?

 そう真剣に問いかけようとしていた皇帝は、賢くも口を噤んだ。彼はジェイド=カーティスをよく知っていたので、この天才がちっとも恥じていないのを二秒で看破したのだった。見通す人とはこのことである。

 一方、思う存分笑ったジェイドは、爽やかに面を上げる。

「いや〜♪ からかい甲斐のある人たちですねぇ。見ましたか陛下?」

「ああ……見たけどよ」

「あのですね、陛下」

 ピオニーが言外にそっと含ませた何かを軽くスルーして、ジェイドは朗らかに顔を向けた。顔は笑っているが……目は…………やっぱり笑っている。ぶっちゃけ気持ち悪い。

「仕事を持ってくる人間を追っ払うには、こうするんですよ」

「…………ジェイド」

「なんです?」

「そこまでしたくない」

「そうですか。じゃ、仕事なさい」

 さっくり言い捨てられた皇帝は完敗を認め、軽く肩をすくめる。

 ──目前の親友が、本当の意味で人間らしく朗らかになることを、間違いなく自分は望んでいたのだが。

「……こんなにまで……こうでなくても」

「何をブツブツ言ってるんですか」

 ルークとその仲間たちを、少しだけ、恨みたくなった。

 

 

 

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