「まあ、アッシュ! ベルケントに、何のご用でしたの?」

「ナタリア……なぜここに……」

 言ってからアッシュは、舌を噛みたくなった。ベルケントにナタリアが視察に来るのは、ごく自然なことである。むしろ、なぜアッシュが、と言われて仕方ないところだ。

「あ、お待ちになって! ……どちらに、行かれるのです?」

「……シェリダンだ。ではな」

「まあ、シェリダン? ちょうどルークが行っておりますわ」

「…………」

「……アッシュ、今、『ではやめようかな』と思いましたわね?」

「………………」(図星

「分かり易いこと。……アッシュ、貴方……」

 この後ナタリアが続けた言葉に、思わずアッシュは鋭く振り返った。そんなはずはない、と思ったし……その通りだ、と、心のどこかでは認めていたのだ……。

「貴方ルークを、もう憎もうとしませんのね。……なぜです?」

 王女の瞳は、かつて見たこともないほどに、厳しかった。

 

 

象のパレード 7

 

 

 自分の存在を喰らい、今度は生命を喰らおうとしているルークを憎もうと思わないのは……ただ、激しい苛立ちだけを感じることに甘んじているのは、なぜだ?

 あいつだって生きていて……奪いたいだなんて、ただの一度も思ったことがないと、アッシュにも分かっていて。

 ……だから?

「それが、貴方の誇りなんですの?」

「……ナタリア……?」

「貴方は、憎んでいる相手と行き合うことを、避けるような方ではありませんわ………アッシュ、貴方は今、こう感じようとしているのではありませんか? ……『ルークは悪くない』と」

「……何が言いたい」

「ルークはたった七歳で……誰かの都合で貴方の位置に填められ……街を滅そうとする世界の意志に逆らえず……それゆえ、ルークに罪は無い、と。そのように本心から考えていた者が、ただ一人だけおりましたわね」

「オレはレプリカの自己弁護になぞ興味は……」

 そこまで言い差してから、アッシュはハタと言葉をとめた。

 ルークではない。だってあいつは最初から、自分の罪に怯えていたではないか。

 怪訝な表情を浮かべるアッシュを静かに見守りながら、ナタリアは静かに、言葉を継ぐ。

「ヴァンですわ」

「……!」

「ですがアッシュ、それではまるで……」

「……黙れ」

「アッシュ……」

「黙れ!!」

 そのまま振り返りもせずに、アッシュは立ち去る。彼の苛立ちは、余計に募ったようだ。

「なぜ、今になって……」

 ナタリアは哀しげに、首を傾げる。

「……ルークが憎むに値する存在である、と認めようとすることを……なぜ今になって、やめようとしているのです? アッシュ、それではまるで……」

 そして、先ほど遮られた台詞を、そっと一人、呟く。

「……まるで、ルークがそこにいないのと、同じことではありませんか……」

 そこに存在したことで生じた、何もかもがすり抜ける。

 諦念とともに、一つのところへ行き着く。

 ──人形に、罪は無い……。

 

 

「あの屑は生きていて、これからも生きていく! お前はそれで満足なはずだろうが! そこをどけ!!」

「アッシュ……?」

 今日は厄日だ、とアッシュは思った。

 シェリダンに行くのをやめ、ギンジを蹴飛ばすようにしてグランコクマに来てみれば……ナタリアの次は、ガイときた。なんだこいつら、テレパシーでも使えるのか。使えるように改造でもされたのか。さてはあのネクロマンサーの仕業か(濡れ衣)。

「お前に用はねぇっ! あのネクロ……じゃなかった、ディストはどこだ!?」

「ディスト? 奴なら、今日は軍本部でドタバタやってたようだが。……それはともかく、アッシュお前、なんか変だぞ?」

「オレはいつも通りだ!」

「いや、確かにいつも変だが……今日はいつになく。何に、そんなに腹を立ててるんだ? 落ち着けよ」

「ハッ! ……っ落ち着けと言う、苛立つなと言う、それでいて憎むのをやめるなと、罪の在り処を見ろと、そして最後には………認めろと言う!! なんでオレが! っあのレプリカが気分よく生きていくために、なんでオレが、自分の気持ちまで都合してやらねばならない!? いい加減にしろ!!」

「……俺はまだ何も言ってないんだが……ふぅん、罪の在り処、ときたか」

 ガイは少し、奇妙な表情を浮かべる。

 憤っているような……戸惑っているような。

「レプリカは、何をした? オレの代わりにあそこにいただけだろうが、違うのか!?」

「……そうだな」

「じゃあ、そのことの何を責める? オレは……何を責めていた?」

「本当に混乱しているな、アッシュ。……お前が何を責めていたのかは知らないがな、俺がルークを責めたのは……他者の罪をあげつらうことで、自分の罪が減じると思ったことだ。……ま、後で七歳だと知ったとき……どうしていいか分からなくなったのも事実だがな」

「……理不尽だ。あいつはただ……そこにいただけじゃないのか」

「以前のお前なら、そうは言わなかったと思うが」

「なんだと……?」

「……アッシュ、罪は罪だ。ルークが罪の在り処に立っていたのならば……それは、ルークの負うべきものだ」

 眉をひそめるアッシュに、ガイは続ける。

「罪は時として、あまりにも簡単に降りかかる。……失われたものから、遡及するようにして」

 簡単に、その在り処を定める。伝播する。

 それは、この世で最も恐ろしいことの一つだ……。

「アッシュ。ルークとお前の罪は、容易く互いに伝染するぞ。そうだな……」

 言おうか言うまいか、一瞬ガイは言葉をとめた。

 だが、アッシュが先ほどより少しだけ冷静に聞いていることを見て取ると、ゆっくりと口を開く……。

「……親の罪が子に祟るよりも、容易くだ」

 

 

「うぎゃあ!!」

 ガイの計らいで軍本部の一室に入ると、アッシュは遠慮なくディストを蹴り上げた。

「な、何をするんです……ってアッシュ!? ひどいじゃないですかっ! 私は、ジェイド以外に蹴られる趣味はありませんよ!!

 アッシュはもう一度、今度は壁までディストを蹴り飛ばした。

 当然の処置であった。

「……おいディスト、てめぇに聞きたいことがある」

 周囲に自分とディストしかいないことを確認して、アッシュは口を開く。

 ベルケントでスピノザから聞いたことは……ディストに聞くのが一番いいだろう。

 アッシュにおける心の選択肢に、ジェイド・カーティスの名は気持ちがいいほど存在しなかった。

「大爆発について、だ」

「……おやアッシュ、それをどこで? まさかアナタがジェイドの論文を読んで……ってことはないですよねぇ」

「んなことはどうでもいい! ……オレは、大爆発なんぞ御免だ。回避する方法はないのか」

「……そんなに必死になって回避したい、とはまた。アナタがあのレプリカのために、そこまで思うとは。意外な一面ですね」

「レプリカのことなんざ、どうでもいいっ! オレは……死にたくない! それだけだ」

「…………ああ、変だと思いました。そういうことでしたか。……と、蹴る準備はやめて下さい! 快感に変わらない蹴りは、痛いんですよ!?

 殴った。

 当然であった。

「あたた……まったく、なんて乱暴な! ああ分かりましたから! 振りかぶらないで!! ……細かい説明は省きますがね、アッシュ。アナタは死にませんよ。大爆発とは、アナタの考えているようなものではありません。杞憂はおよしなさい」

「……! なんだと……? だが、スピノザが……」

「なるほど、スピノザでしたか。そんな不十分極まりない説明をしたのは。……いいですか、アッシュ」

 ディストは目を細め、静かに言い放つ。

「死ぬのはレプリカです。オリジナルじゃない……結論はいつだって、そうなんですよ」

 奪われたものを、取り戻せますね。

 何を考えているのか分からない表情で、ディストは付け加える。

 そして、これ以上遅れたらほんとに殺されますから、と呟くと、部屋から出て行った。

 ……アッシュはなす術もなく、呆然と立ち尽くす。

「そんな、馬鹿な……」

 

 ──ルークとお前の罪は、容易く互いに伝染するぞ。

 

「オレが、そこにいるという、だけで……?」

 

 ──罪は時として、簡単に降りかかる。……失われたものから、遡及するようにして。

 

「失われるのは、オレでなく……だが、オレは……」

 

 ──それが、貴方の誇りなんですの?

 

 アッシュは拳を握り締めた。

 オレの立っている場所に降りかかるものならば……逃げることなく、負ってみせる。真正面から向き合ってみせる。……オレの生命と存在の誇りは、そこにこそ、ある。

 レプリカが──ルークがそうだったように。

 アッシュは踵を返すと、郊外に停めてあったアルビオールに戻る。

 ギンジに短く、「シェリダン」とだけ告げると、それきり一言も発せず、機体に身を任せた。

 

 

「レプリカぁあああ!!」

「え、ちょ、アッシュさぁあああん!?」

「え、アッシュ? ……て、うおおおおおお!!?」

 シェリダンの空に、母音の多すぎる響きが三つ、重なった。

 上空からルークを発見して勢いあまって飛び降りたアッシュと、その瞬間を目撃して、以後飛行にトラウマを生じるほど驚いたギンジ、そして自分に向かって降下してくるアッシュを見て、たまげたルークの上げたものである。

 ……ッザシャァアア……!

 なんだかかっこよく着地したアッシュを目の前に、ルークは心底がっかりした。

 アッシュとガイが幼馴染だということを、心から納得した瞬間であった。@華麗にタルタロス

「アッシュさんですの! すごいですの! ガイさんばりですの!

「……黙ってろブタザル、殺されるぞ」

 ミュウを諌めると、ルークはなんだか膝にきた衝撃に耐えているらしいアッシュを見下ろす。そういえばコイツに、言ってやりたいことがあったのだった。

「おいアッシュ! なんでローレライ解放をサボりやがったんだよ! ギリッギリだったんだぜオレじゃあ!」

「……フン。てめぇの惰弱さを、オレのせいにするんじゃねぇ。どのみち、成功はしたんだろうが」

「ああ、解放はできた。ジェイドに言われてた通り、ティアの瘴気をローレライに引き取って貰うことを交換条件に

「な……(んという図々しい……)。よくそれで、ローレライが文句も言わず……」

「文句? 別に、全然? ちょっとびっくりしてたけどな。『我に交換条件を持ちかけるとは……驚嘆に、値するとか言って」

「よりによって!!?」

 アッシュこそ驚嘆した。それは決して、そんなところで使っていい台詞ではない。

 じゃなくって。

 アッシュは意識を切り替える。そうじゃなくて。というか、こうじゃなくて。

「……おい屑、オレの話を聞け」

「聞いてんじゃん」

「揚げ足をとるんじゃねぇ!!」

「? ……あげ?」

「……(不憫になった)……もういい。いいから聞け」

 アッシュが意外に感じたことに、ルークは「人の話をひたすら黙って聞く」という稀有な才能を身につけていた。正直、アッシュにはないスキルである。

 氏より育ちか……と一瞬でも思ったアッシュは暗鬱とした気持ちになった。が、この場合「氏」だろうか……むしろ遺伝子とか音素振動数とかでは……?(激しく脱線)

 嫌ですの! ダメですの! ご主人さまが死ぬなんて、絶対ダメですの! と騒ぐミュウの頭をぎゅうう、と押し付けたまま、ルークはしばし考え込む。強く息を呑んだのを皮切りに、その表情はくるくると変わり、最終的には思案するようなそれに落ち着く。

 そして、未だ考え込んだまま、ゆっくりと口を開いた。

「……なあアッシュ、その……大爆発って、オレが今、死ねばやむのか? 考えたんだけど……」

「っふざけたこと抜かすんじゃねぇ! その卑屈な根性、いい加減に……」

「ちげーよ! 最後まで聞けって!!」

 繰り返そう。アッシュには、人の話を最後まで聞くスキルはない。

「……オレだって死にたくねぇよ、アッシュ。でも、えーっと、つまり……オレたちじゃどうにもならないだろ? オレが考えたのは例えば、オレが死ぬ……でなく仮死状態にでもなれば、その大爆発ってのは一時的にでも止むのかってことだ。……それも、聞いてみないと分からねぇけどさ。でも、もしそうだったら、時間だけは稼げる。違うか?」

「時間を……稼ぐ、だと?」

「ああ。解決策を考えてもらう時間を、だ。まあ、専門家でないと結論は出せねぇんだろうけど」

「……とりあえず、ディストがグランコクマにいた。乗れ、レプリカ。ギンジが運転する」

「ディスト? 『いた』って……会ったのか?」

「ああ。なんだかドタバタとしてやがった。構わん。ひっ捕まえるぞ」

「…………ドタバタ?」

 ルークはそれを聞くと、進みかけていた足をとめて、立ち止まる。

 そして、ちょっと意外そうに眉をひそめると……泣きそうな、でも嬉しそうな、奇妙な笑いを浮かべた。

「なぁアッシュ……行き先、変更してもらっていいか? ケテルブルクに」

「はァ? ケテルブルクだと?」

「うん。ジェイドがそこにいる」

「ジェ……ネクロマンサーが? ヤツはグランコクマじゃないのか?」

「ううん。ケテルブルクの旧実家に籠もってるって、ガイが言ってた。オレもそう聞いたときは、何しにンなとこへ、って思ったんだけどさ……ディストがドタバタやってたんだよな? アッシュ」

「ああ」

「てことはディスト、監禁されてないんだよな」

「だろうな。むしろ、働かされていたようだが」

「ディストを従順に動かせるのなんて、ジェイドくらいだよな?」

「……知らん。と言いたいところだが……だな」

「……ジェイドとディストが共同で動くことなんて、一つしかないじゃないか」

「!!」

「……行こう、アッシュ。アイツらが……アイツが、気づかないわけなかったんだ。もう、動いてくれてるよ。職務放棄してまで。だから、まず、オレたちは行かないと」

「…………」

 アッシュはしばらく黙っていた。

 だが至近距離で、行くですの! 行くですの! と飛び跳ねているミュウを、ごくナチュラルに踏みつけた後(同遺伝子の奇跡)、そのまま静かに身を翻す。

 そしてさっき、誰かさんのせいで「当分は飛びたくないなぁ」とか思っていたギンジに、無情にも別大陸まで飛べ、と命じたのだった。

 

 

 ──白銀の世界、ケテルブルク。

 旧バルフォア邸から出てきたネフリーは、正面に二つの赤を認めると、少し驚いて……それから、ほころぶように微笑う。

「ネフリーさん、お久しぶりです。……ジェイドは?」

「久しぶりね、ルーク君。……お兄さんなら、中です。ここに籠もって考案しては……その思いつきを片っ端からサフィールに譜業化させているわ。ふふ、まるで、昔のようね」

 どんな昔だよそれ……、とアッシュは思ったが、賢明にも口には出さなかった。

 だがネフリーの言葉を聞くと、ルークは少々困ったように頭を掻く。

「あー……それって、研究中ってことですよね? 邪魔したら、マズいかなぁ」

「いいえ、ルーク君。……それから、アッシュ君」

 ネフリーは順に二人に視線をやると、そっと道をあける。

「行ってらっしゃいな。……あなたたちには、行ってもらわなくては。お兄さんに、必要ですから」

「え……? でも……」

「それにお兄さんが万が一……『最終的には人造人間しかありませんね!』とかいったたわけた結論に達した場合、犠牲になるのはあなたたちですし……」

「ネフリーさんありがとう! 行ってきます!」

 ルークは健やかに歩き出した。アッシュは断固無言で、その後に続く。

 ネフリーはそんな二人の後姿を微笑んで見送ると、ゆっくりと、邸宅を見上げる。

「もしもこの、逆行なんて現象に意味があるとしたなら……、お兄さん」

 意味など、誰に問いようがなくっても、それでも。

「それが、お兄さんのためであればいい。私は、そう望みます……」

 そしてそのまま、彼女は静かに立ち去る。

 雪の上には、交わるようにして入れ替わった、三人の足跡が残された。

 二人の足跡は迷いなく邸宅へと続き、一人の足跡はひっそりと、もと来た道を辿っている……。

 

 

 カチャ……

「ネフリー! 邪魔はするなと言ったはずですよ」

 白衣に試験管に光る眼鏡、といったルークの予想とは異なり、ジェイドは薄暗い部屋に紙とペンだけ準備して、ただ座っていた。

 だが腐っても軍人、背後の気配を察知すると、鋭く振り向く。そして視界に赤毛を収めると、あっけにとられたようだった。

「ルーク? 何の用です」

「や、あの……えと…………オレ、ジェイドにその……言わなきゃいけないことが………ええっと……」

 まずオレが行くから! とルークが威勢よく請け合ったため、アッシュはドアの外で待っていた。

 が、自分と同じ顔のヤツが目前でやらかしている醜態に、思わず頭を抱えてしまう。

 そして、どうやらジェイドも、この状況の微妙さに気づいたようだ。

「……ルーク、私は忙しいんです。告白なら後にして下さい

何の自信だよ! ちげーよ!」

 ああ、うん……、とアッシュは思った。

 いいボケだ。いいツッコミだ。確かにこいつらは仲間だったらしい。

「ですがルーク、あなた、なんとお友だち連れじゃないですか。ドアの外にいるのは誰です? ガイですか? ……万が一陛下だった場合、殺しますよ二人まとめて

「ちがっ……陛下なわけねーだろ! つか、友だち連れなら告白なのかよ! どんな偏見だよ!」

「だってよくあるんですよ。軍部の裏に呼び出されたりとか……」

「それお礼参りだろ!?」

「屈強なお友だちを何人も連れて、ね。まぁ返り討ちにしたわけですが

「やっぱお礼参りじゃん! 寸分の違いもないよ!!」

 アッシュは、もう帰ろっかな、と思った。無理もない。

「ああもうジェイド、そうでなく! 今ジェイドが研究してんのって、大爆発についてだろ?」

 しびれを切らしたルークは、剛速球で直球を投げつける。

 投げつけられたジェイドは、ほんの一瞬、身をこわばらせた。

「……誰からその言葉を聞きました? ルーク」

「え……えと……」

「……オレだ」

 ため息をつきながら、扉からアッシュが現れる。

 それを見たジェイドは、ほう……、と小さく呟いた。

「貴方でしたか、アッシュ。ルークと連れ立つなど、珍しいこともあるものですねぇ」

「茶化すなよ、ジェイド。お前が、よりによって『今』ここに籠もってんのは、オレの……オレたちのためだろう? ……自惚れなんかじゃないって、思ってる」

「…………それで? ルーク」

「え、う……えっと、オレ、思ったんだけど……仮死状態になる、とかで大爆発とめられねぇのかな、って。ほら、一時的にでも!」

「ああそれなら、もう譜業化しました(ディストが)。いざ・マジヤバって時は、貴方とアッシュ、ジャンケンで負けたほうが凍眠してください。……用はそれだけですか? ならば邪魔です、帰りなさい」

「……その時はオレが眠る。だがネクロマンサー、こいつもオレも、そんなことを言いに来たんじゃない」

「え、アッシュ、そんな……! お前がそんなことしなくっても……」

「これ以上脱線させるな屑が! 告白と凍眠志願なら後でやりやがれっ!!」

 いえ凍眠志願は貴方が……、とジェイドは思ったが、賢明にも黙っていた。この空間には素ボケが多すぎる。

 ……時間が惜しい、追い返そう。そう結論して立ち上がったジェイドは、ふと動きをとめる。

 翠の瞳が二対、こちらを真剣に見つめていた。

「……ジェイド、オレは死にたくない。言ってみても、仕方がないけど」

「オレだって御免だ、ネクロマンサー。足掻けるだけ、足掻きたい」

 

 ──この光景を、知っている。

 見たことはない。だが、見たいと願っていた……

 

『? どうした旦那、浮かない顔だな。ルークもアッシュも帰ってきたってのに』

『……いえ、ただ……今でもやはり、思ってしまうのですよ。ローレライの奇跡などではなく、人の力の及ぶところで、彼らに施す術があったなら。………せめて、時間があったなら、と。そうしたら……』

 

 ……そうしたら、言えたのではないだろうか?

 あの子たちが……声を殺していたあの子たちが、自分の意志で、自分の口で。

「……ジェイド」

「ネクロマンサー」

 ジェイドは静かに、二人を見返した。

 時間が……望みが、収束しようとしている……

 

「「オレたちを、助けてくれ」」

 

 その言葉を受け止めると、ジェイドは柔らかく微笑んだ。

 そう、ただ、それだけの……

「……お安い御用です」

 ──そんな世界に、焦がれていた。

 

 

 

象のパレード、完結です。最後まで読んで下さって、ありがとうございました!

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